ハッピー・ライラック4
「えっ、採用……本当ですか!?」
「もちろん。セロウという珍しい苗字……父上は、植物学博士でもいらした、セロウ卿ですね?」
優しく尋ねたイーサンに、候補者は大きく頷いた。
「はいっ! 父をご存じでしたの?」
「大学で、講義を拝聴した事があります。とてもユニークで楽しい授業でした。事故で亡くなられたのが、本当に残念です」
「おそれいります……」
ふっと涙ぐむレディに、そっとハンカチを渡して
「確か伯父上のセロウ伯爵が、ご家族の後見人だと伺いました。なのに、なぜあなたが、家庭教師や学校教師に?」
不思議そうに、イーサンは問いかけた。
「母や幼い弟への援助は、有難くお受けしています。
でもわたしはもう18歳、独り立ち出来る年齢ですわ」
18歳……普通なら社交界デビューをして、舞踏会やお茶会やピクニック、ふわふわと夢の様に、楽しい日々が待つ年頃なのに。
「それに、わたし――教える事が好きなんです」
にっこりと誇らしげな、その笑顔に見惚れたとき、
「イーサン様、お探ししましたよ! こんな所に!」
そこで、案内人に見つかって、
「それでは、これで……父上に負けない、良い先生になってください!」
後ろ髪を引かれる思いで、面接会場を後にした。
「あの時は、きちんとお礼も言えなくて……本当にありがとうございました」
頭を下げる先生に
「いや、こちらこそ申し訳ない――何ですぐに、思い出せなかったのか!」
断腸の思いで謝罪する、次代公爵。
「あらっ、実は――わたしが思い出したのも、つい先ほどですわ」
「先ほど……?」
「エントランスで。わたしの品定めをしていた方を――またこれで、黙らせてくださったでしょう?」
ソフィー先生はにっこり、手のひらを開いて、カチカチのエンドウ豆を差し出した。
「まさか……見えて、いた?」
「えぇ、わたし目がいいんです。植物の緑は、目に優しいんですよ」
そこへ
「ソフィー先生! すごいわ……!」
「その『エンドウ豆』、一体どこから!?」
アナベラとベティが、茂みから飛び出して来た。
「アナベラのポケットから、さっき落ちたのよ。ジェラルド様に『豆弾き』教わってから、いつも数粒入れてるでしょ?」
にっこり答える先生の横で、イーサンが目を丸くする。
「2人共――どこから現れたんだ!?」
「正面の茂みからよね? ちらちら、白とグリーンのドレスが、見えてたわ」
「先生すごーい!」
「ソフィー先生に分からないことって、あるんですか!?」
真面目な顔で、ベティに問われて
「そうね、例えば――このライラックがイーサン様に、どんな幸運をもたらすのか――それはさすがに、分からないわ」
すました顔で答えた。
「ライラックといえば……ウルフ家の庭に、ハッピーライラックが何十個も付いた房ばかり、生る木があるんですよ」
何気なくさり気なく、イーサンが口にした途端、
「なんですって……!」
勢いよく、ソフィー先生が向き直る。
「シャーロットが小さい頃発見して、『不思議だなぁ』って、ジェルと三人でよく眺めてました」
「そのライラックの木、まだあるんですか!?」
勢いよく尋ねる先生に
「はい。興味がおありでしたら、見に来られますか?」
にっこりと、イーサンが答えた。
「アナベラとベティも一緒に、花が散る前に――ストランドから戻ったらなるべく早く、ご招待しましょう」
「ありがとうございます! 必ず伺いますわ!」
まだ見ぬ『貴重なライラック』に思いを馳せ、瞳を輝かせるソフィー先生。
「ねぇベティ、これってもしや――ライラック目当てで伺ったら、ご両親に『未来の花嫁』として紹介されました――って事になったりして?」
「しっ、アナベラ様! その可能性は、大いにあると思います」
「『珍しい植物』で釣るなんて……イーサンお兄様、やるわね」
「そういえば、ユナさんが言ってました。
『ウルフ家の男性は、慎重に外堀から埋めるタイプ』ですって!」
ベティとアナベラが、こっそり見つめる先には、
『ウルフ家のライラック』について、夢中で質問責めをするソフィー先生と、丁寧に答えながら、右手でこっそりガッツポーズを取る、イーサン・ウルフ次代公爵。
『先生の金の髪に、ちらちら落ちる木漏れ日が、まるで花嫁のベールみたい……』
アナベラ・ギボン子爵令嬢は、嬉しそうに、大好きなベティの手をぎゅっと握った。
『ハッピー・ライラック』完結しました。(3話の予定が4話に)
植物オタクの天然ソフィー先生と、惚れっぽいくせに、本命には外堀から埋めるタイプのイーサン。
拙いお話ですが、二人の恋と、元悪役令嬢を取り巻く変化を、楽しんで頂けたら嬉しいです。
ブックマークや評価(ページ下部の☆☆☆☆☆)も、よろしくお願いいたします。
次回はこのお話の続きを、予定しています。
また読んで頂けるように、頑張ります!




