【番外編9】ハッピー・ライラック1
今回は全4話。(3話で終わりませんでした)
時期的には、『番外編2 悪役令嬢って何で出来てる』から1ヶ月後。
アナベラとソフィー先生がメインのお話です。
毎日更新します。
首都ストランドの中心地から南西に、馬車で30分程の距離にある、王立植物園。
通称、『トラベルガーデン』。
まさに『世界一周の旅』気分が味わえるように、広大な敷地にはいくつもの温室や庭が、それぞれのテーマごとに設置され、そこには3万種類以上の植物が……
「さんまん種類……!?」
ギボン子爵家の紋章が入った馬車の中で、アナベラは思わず、驚きの声を上げた。
「そうよ、本当に広い植物園なの」
ガイドブックを読み上げていた、家庭教師のソフィー先生が、にっこり答える。
「あっ、ほら……見えてきましたよ、アナベラ様!」
メイドのベティの弾んだ声に誘われて、馬車の窓から顔を出せば
「うわぁ……すっごーい!」
広大な植物園の入口にそびえる、巨大なエントランスゲートが、元悪役令嬢の瞳に飛び込んで来た。
アナベラが夢の中で(?)ナツやトムおじいさん、それにお父様と、不思議な冒険をした夜から、1ヶ月程が過ぎた。
夏物のドレスを誂えるために、お母様とお姉様がストランドの屋敷、タウンハウスに、数週間滞在することに。
それを聞いたお父様が、
「今年はアナベラも、一緒に連れて来たらどうだ?」
と助言してくれたおかげで、生まれて初めて首都に行くことになった、アナベラ・ギボン子爵令嬢(11歳)。
行きの馬車の中は、最初少し気まずかったけど、お母様が子供服の、ファッション雑誌を取り出して。
「これとかこれが、今年の流行らしいけど。アナベラはどちらが好きかしら?」
って、話しかけてくれた。
『わざわざ、用意してくれたの? 私の意見なんて今まで、聞いた事なかったのに!』
最初はただ、びっくりしたけど、
「わたしは……こんな感じが好きかな?」
恐る恐る返事をすると、
「そうね、似合いそうだわ」
と頷いてくれて。
『何色がいいか』とか『襟のデザイン』とか、『お母様が子供の頃に来ていたドレス』とか。
会話がどんどん広がって……何だかくすぐったくて、嬉しかった。
お姉様も先日のハウスパーティーで、とある紳士と良い雰囲気になったらしく、『背が高くて男らしくて、それは素敵な方なの!』と、楽しそうに話を聞かせてくれた。
繰り返し、何十回も。
お姉様のノロケで、耳にタコができ始める頃、ストランドに到着。
人や馬車やお店であふれている、まるでお祭りのように賑やかで楽しい街に、アナベラは大興奮!
ドレスメーカーで新しいドレスを仕立ててもらったり、それに合わせた帽子を買ったり。
議会のお仕事で、こちらに滞在中のお父様と、レストランでお食事したり。
ふわふわと、まるで天国にいるような楽しい日々の、さらに今日はハイライト。
従僕が開けた馬車の扉から、駆け下りたアナベラは、
「ひっろーーーいっ!」
エントランスから、どこまでも広がる植物園に、目をまん丸くした。
大型の馬車が楽々すれ違えるくらい、広い道が伸びた先には、巨大なガラス張りの建物が、陽の光を反射してキラキラと輝いている。
「先生! あれはなぁに?」
「『パームハウス』、熱帯植物の温室よ。中には大きなヤシの木、パームツリーがたくさん生えているの!」
ソフィー先生の弾む声を聞いて、アナベラの瞳も、温室のガラスと同じくらい輝き始めた。
「わぁっ、早く行きましょ……!」
今日のアナベラの装いは、仕立てたばかりの、大きな襟とレース飾りの付いた、アイボリーがかった白いドレスとお揃いの白い帽子。
ポイントとして、紐で締める幅広の、ダークブラウンのベルト(『この夏流行の『コルセットベルト』ですわ! お嬢様のように、きりっとしたお顔の方には、特におすすめです!!』ドレスメーカーのマダム談)、袖飾りとつばの広い帽子にも、同じ色のリボンが巻かれている。
そして昨日、ランチをご一緒したお父様が
「遅くなったけど、誕生日おめでとう……アナベラ」
と少し照れたお顔で、初めて直接渡してくれたプレゼント。
(今まではお母様経由で、本とかお人形とか……贈り物が届くだけ。それでも、嬉しかったけど!)
襟元に留めた、可愛いウサギが彫られた、丸い金のブローチ。
「これは、東洋で作られたアンティークだ。あちらでは、ご婦人の帯飾りに使われていたらしい」
「東洋の?」
「そう……『さくら』の国だよ」
ブローチから目を上げると、お父様が悪戯っぽいお顔で、笑っていた。
あの『不思議な冒険』の事は、お父様とは『偶然、同じ夢を見た』事になっている。
でも……
「お父様も本当は、『夢じゃない』って、思ってらっしゃる気がするわ」
ぽつりと呟きながらブローチを、大切そうに撫でるアナベラ。
毎晩ベティが良い香りのヘアオイルを付けて、丁寧にブラッシングしてくれるおかげで。
以前はきつく縛るしか、まとめようがなかった、真っ黒なくせ毛も、今日は柔らかな巻き毛となって、肩に揺れている。
「まぁ、可愛いらしいレディですこと!」
「あれは、『ギボン子爵家』の馬車だな」
「あぁ、オリヴィア嬢の妹君か……」
「これはこれは、姉君より美人になりそうじゃないか?」
エントランス脇のオープンカフェで、無遠慮な視線と声で、品定めをする大人たち。
「おや……あちらが姉君か!?」
「いや、オリヴィアも金髪だが、あそこまで美人では」
「あぁ――あれは確か『家庭教師』だよ」
「なーんだ。それではせいぜい、束の間の遊び相手にしか――痛っ!」
今度はソフィー先生に目を付け、『ご令嬢』ではないと分かった途端、下卑た口調になった青年が、急に頭を押さえた。
「どうした?」
「いや今、小石が頭に!」
「小石? あぁ……これじゃないか? どこからか落ちて来たんだろ?」
隣にいた友人が拾い上げたのは、一粒のエンドウ豆。
「豆? そんな訳あるか!? めちゃめちゃ痛かったんだぞ!」
ぎゃいぎゃい騒ぐ無礼な青年たちの後方で、静かに佇む、背の高い紳士。
カチカチに乾燥したエンドウ豆が、数粒入っている上着の内ポケットから、さりげなく右手を離す。
その黒い目と、アナベラの灰色の瞳が、かちりと合う。
お互いこっそり、にんまり微笑んでから。
「さぁ、競争よ、ベティ……!」
『将来が楽しみなギボン嬢』は、白いドレスの裾を揺らし、巨大な温室に向かって、子ウサギのようにかけて行った。
『トラベルガーデン』のモデルは、イギリスの『キューガーデン』です。
パームハウスやウォーターリリーハウスは、実在の温室。
いつか行ってみたいです♪




