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サウザンド ローズ ~転生侍女は、推しカプの尊さを語りたい~【番外編16「『時のはざま書店』にようこそ」完結☆】  作者: 壱邑なお


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【番外編9】ハッピー・ライラック1

今回は全4話。(3話で終わりませんでした)

時期的には、『番外編2 悪役令嬢って何で出来てる』から1ヶ月後。

アナベラとソフィー先生がメインのお話です。

毎日更新します。


 首都ストランドの中心地から南西に、馬車で30分程の距離にある、王立植物園。

 通称、『トラベルガーデン』。

 まさに『世界一周の旅』気分が味わえるように、広大な敷地にはいくつもの温室や庭が、それぞれのテーマごとに設置され、そこには3万種類以上の植物が……


「さんまん種類……!?」

 ギボン子爵家の紋章が入った馬車の中で、アナベラは思わず、驚きの声を上げた。

「そうよ、本当に広い植物園なの」

 ガイドブックを読み上げていた、家庭教師のソフィー先生が、にっこり答える。

「あっ、ほら……見えてきましたよ、アナベラ様!」

 メイドのベティの弾んだ声に誘われて、馬車の窓から顔を出せば

「うわぁ……すっごーい!」

 広大な植物園の入口にそびえる、巨大なエントランスゲートが、元悪役令嬢の瞳に飛び込んで来た。



 アナベラが夢の中で(?)ナツやトムおじいさん、それにお父様と、不思議な冒険をした夜から、1ヶ月程が過ぎた。

 夏物のドレスを(あつらえるために、お母様とお姉様がストランドの屋敷、タウンハウスに、数週間滞在することに。

 それを聞いたお父様が、

「今年はアナベラも、一緒に連れて来たらどうだ?」

 と助言してくれたおかげで、生まれて初めて首都に行くことになった、アナベラ・ギボン子爵令嬢(11歳)。


 行きの馬車の中は、最初少し気まずかったけど、お母様が子供服の、ファッション雑誌を取り出して。

「これとかこれが、今年の流行らしいけど。アナベラはどちらが好きかしら?」

 って、話しかけてくれた。


『わざわざ、用意してくれたの? 私の意見なんて今まで、聞いた事なかったのに!』

 最初はただ、びっくりしたけど、

「わたしは……こんな感じが好きかな?」

 恐る恐る返事をすると、

「そうね、似合いそうだわ」

 とうなずいてくれて。

 『何色がいいか』とか『襟のデザイン』とか、『お母様が子供の頃に来ていたドレス』とか。

 会話がどんどん広がって……何だかくすぐったくて、嬉しかった。


 お姉様も先日のハウスパーティーで、とある紳士と良い雰囲気になったらしく、『背が高くて男らしくて、それは素敵な方なの!』と、楽しそうに話を聞かせてくれた。

 繰り返し、何十回も。


 お姉様のノロケで、耳にタコができ始める頃、ストランドに到着。

 人や馬車やお店であふれている、まるでお祭りのように賑やかで楽しい街に、アナベラは大興奮!

 ドレスメーカーで新しいドレスを仕立ててもらったり、それに合わせた帽子を買ったり。

 議会のお仕事で、こちらに滞在中のお父様と、レストランでお食事したり。

 ふわふわと、まるで天国にいるような楽しい日々の、さらに今日はハイライト。


 従僕が開けた馬車の扉から、駆け下りたアナベラは、

「ひっろーーーいっ!」

 エントランスから、どこまでも広がる植物園に、目をまん丸くした。



 大型の馬車が楽々すれ違えるくらい、広い道が伸びた先には、巨大なガラス張りの建物が、陽の光を反射してキラキラと輝いている。

「先生! あれはなぁに?」

「『パームハウス』、熱帯植物の温室よ。中には大きなヤシの木、パームツリーがたくさん生えているの!」

 ソフィー先生の弾む声を聞いて、アナベラの瞳も、温室のガラスと同じくらい輝き始めた。

「わぁっ、早く行きましょ……!」


 今日のアナベラの装いは、仕立てたばかりの、大きな襟とレース飾りの付いた、アイボリーがかった白いドレスとお揃いの白い帽子。

 ポイントとして、紐で締める幅広の、ダークブラウンのベルト(『この夏流行の『コルセットベルト』ですわ! お嬢様のように、きりっとしたお顔の方には、特におすすめです!!』ドレスメーカーのマダム談)、袖飾りとつばの広い帽子にも、同じ色のリボンが巻かれている。


 そして昨日、ランチをご一緒したお父様が

「遅くなったけど、誕生日おめでとう……アナベラ」

 と少し照れたお顔で、初めて直接渡してくれたプレゼント。

(今まではお母様経由で、本とかお人形とか……贈り物が届くだけ。それでも、嬉しかったけど!)

 襟元に留めた、可愛いウサギが彫られた、丸い金のブローチ。


「これは、東洋で作られたアンティークだ。あちらでは、ご婦人の帯飾りに使われていたらしい」

「東洋の?」

「そう……『さくら』の国だよ」

 ブローチから目を上げると、お父様が悪戯っぽいお顔で、笑っていた。


 あの『不思議な冒険』の事は、お父様とは『偶然、同じ夢を見た』事になっている。

 でも……

「お父様も本当は、『夢じゃない』って、思ってらっしゃる気がするわ」

 ぽつりと呟きながらブローチを、大切そうに撫でるアナベラ。


 毎晩ベティが良い香りのヘアオイルを付けて、丁寧にブラッシングしてくれるおかげで。

 以前はきつく縛るしか、まとめようがなかった、真っ黒なくせ毛も、今日は柔らかな巻き毛となって、肩に揺れている。



「まぁ、可愛いらしいレディですこと!」

「あれは、『ギボン子爵家』の馬車だな」

「あぁ、オリヴィア嬢の妹君か……」

「これはこれは、姉君より美人になりそうじゃないか?」

 エントランス脇のオープンカフェで、無遠慮な視線と声で、品定めをする大人たち。


「おや……あちらが姉君か!?」

「いや、オリヴィアも金髪だが、あそこまで美人では」

「あぁ――あれは確か『家庭教師』だよ」

「なーんだ。それではせいぜい、束の間の遊び相手にしか――痛っ!」

 今度はソフィー先生に目を付け、『ご令嬢』ではないと分かった途端、下卑げびた口調になった青年が、急に頭を押さえた。


「どうした?」

「いや今、小石が頭に!」

「小石? あぁ……これじゃないか? どこからか落ちて来たんだろ?」

 隣にいた友人が拾い上げたのは、一粒のエンドウ豆。

「豆? そんな訳あるか!? めちゃめちゃ痛かったんだぞ!」



 ぎゃいぎゃい騒ぐ無礼な青年たちの後方で、静かにたたずむ、背の高い紳士。

 カチカチに乾燥したエンドウ豆が、数粒入っている上着の内ポケットから、さりげなく右手を離す。


 その黒い目と、アナベラの灰色の瞳が、かちりと合う。

 お互いこっそり、にんまり微笑んでから。


「さぁ、競争よ、ベティ……!」

『将来が楽しみなギボン嬢』は、白いドレスの裾を揺らし、巨大な温室に向かって、子ウサギのようにかけて行った。



『トラベルガーデン』のモデルは、イギリスの『キューガーデン』です。

パームハウスやウォーターリリーハウスは、実在の温室。

いつか行ってみたいです♪


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