野ウサギ森の精霊姫2
合唱に独唱、詩の朗読。
音楽会は順調に進み、最後の劇の前に、15分間の休憩が入った。
ざわざわと話しながら、席を立つ村人達を見て。
「休憩時間にロビーで、マルドワインとホットチョコレートを、配るそうですよ!」
そういえばと、ミックが告げる。
マルドワインは、スパイスと果物が入ったホットワイン。
今日は子供たちの催しなので、ノンアルコール限定らしい。
「ロッティ、どちらがいい?」
「じゃあ、マルドワインをお願いします。ユナも同じでいいかしら?」
「はい!」
「俺は、ホットチョコレートを頼む!」
皆の注文を聞いて、ウィルフレッドとミックがロビーに向かう。
二人を見送って、留守番三人が談笑している所に
「シャーロット……! ちょっといいかしら!?」
ヴァイオレット先生が、息せき切ってやって来た。
「あれっ――ロッティは?」
「ユナもいない」
両手にカップを持って、戻って来た主従に
「どうやら、『緊急事態』らしい。俺もちょっと行ってくる」
ホットチョコレートを飲み干して、右手の親指で口元をぐいと拭ってから、ジェラルドが席を立った。
「緊急事態……ってなんだ!?」
「とりあえず座りましょう! すぐに戻られますよ」
後を追いたそうなウィルフレッドだったが、ミックに促されて、しぶしぶ席に着く。
その直後、
「それでは、次が最後の演目です。ヘア村に伝わる昔話を題材にした劇、『野ウサギ森の精霊姫』」
ヴァイオレット先生の紹介が終わると同時に、幕が開いた。
昔々、ヘア村に住む幼い兄と妹が、『野ウサギ森』に、木苺を摘みに出かけた。
茂みをたどって、いつの間にか森の奥深くに……気が付けば、帰り道が分からない。
日が暮れて、辺りはどんどん暗くなっていく。
「お兄ちゃん、おうちはどこ?」
「あっち! いや、こっちかな?」
「えーん……!」
「泣くなよ、すぐに見つかるから!」
ついには泣き出した妹を、兄がなだめていると――ぴょんっ!
茂みの奥から白と黒、二匹の子ウサギが現れた。
『こっちだよ』
『おいで、おいで』
ふわふわの手で手招きされ、たどり着いた小さな小屋。
小屋の中の丸いテーブルに、二匹が真っ白なテーブルクロスを広げると、ぽわんっ……温かな湯気を出すスープにパン、ホットミルクにキャロットケーキが現れた。
美味しいご飯をお腹いっぱい食べて、子ウサギたちと一緒に、ふかふかのベッドで眠る子供たち。
翌朝、目が覚めた二人と二匹が小屋から出ると――そこには見たこともない、美しいお姫様が。
「だあれ?」
目を丸くした兄と妹に、優しく微笑んで告げる。
「わたくしは、この森に住む、精霊たちの姫です」
「ちょっと待てっ……!」
がたんっ! と思わず貴賓席を立ったのは、ウィルフレッド・テレンス・ヘア伯爵。
呆然と見つめる舞台の上では、最愛の奥方が、『精霊姫』を演じていた。




