【番外編8】野ウサギ森の精霊姫1
今回は全3話。
時期的には、ウィルフレッドとシャーロットの結婚式直後。
ラブラブ?な新婚夫婦がメインのお話です。
毎日更新します。
領主夫妻の結婚式から、1週間程経ったある日。
兎穴(ヘア伯爵邸)の客間では、若奥様――シャーロット・ヘア伯爵夫人が、来客を迎えていた。
「それで、明後日の予定はどう? 音楽会、来てもらえる?」
時候の挨拶の後、意気込んで尋ねたのは、シャーロットの元家庭教師、ヴァイオレット・シープ。
「『音楽会』、ですか?」
ティーカップを差し出した元教え子は、ぱちりと紫の瞳を瞬いた。
「そうよ。うちの生徒達が、歌や劇を披露するの! 村の公会堂で、明後日の午後3時から。
皆が『領主様と奥方様を、お祝いしたい!』って、張り切っちゃって。
実は結婚式の前から、こっそり練習してたのよ!」
今はヘア村の学校教師を務める、ヴァイオレット先生が、楽しそうに説明した。
「まぁ……生徒さん達が?」
感激で瞳を潤ませた、シャーロットに手渡される、二つ折りのプログラム。
「合唱に独唱、詩の朗読。それに劇まで――すごい、本格的ですね!?」
後ろからのぞき込んだ侍女のユナが、驚いて声を上げる。
「劇は今回の目玉よ! 小さな生徒たちが森の子ウサギに扮して、それは可愛いの!
予定を開けて頂けるって、ウィルフレッド様は仰ってたけど……大丈夫かしら?」
少し心配顔の先生に
「もちろんです! 喜んで伺いますわ!」
若奥様は、にっこり頷いた。
音楽会当日。
普段は音楽家や、旅の劇団を招いて公演を行う、こぢんまりとした公会堂に、村人たちが詰めかけていた。
「孫のメアリが、独唱するんだよ! 緊張して朝から何も、食べられなくてさ」
「あらま、すごいね! うちのフレッドは劇だけど、セリフを間違えないか心配で」
「あっ――ほら、到着されたよ!」
さんざめく客席の後ろには、一段高くなった貴賓席。
そこに領主夫妻が、案内されて来た。
黒いスーツの襟に小さな白い薔薇を挿した、ウィルフレッド。
エスコートされるのは、淡い菫色のドレスと揃いの小さな帽子を身に着けたシャーロット。
銀の髪は既婚者のレディらしく編んでまとめ、小さな髪飾りとリボンを付けている。
「よっ、ウィルフレッド様!」
「シャーロット様! 今日もお綺麗……!」
口々に声をかける村人たちに、嬉しそうに手を振ってから席に着く二人。
「シャーロット様、お寒い様でしたら、ショールを」
「大丈夫よ。熱気があって、暑いくらい」
侍女のユナに、にっこり答えるシャーロット。
その耳元にウィルフレッドが、悪戯っぽくささやいた。
「きみへの愛で燃える、わたしの想いが、会場中に伝わったのかな?」
「まぁ……ウィルったら」
ぽっと頬を染めて笑う愛しい奥方を、さらにかき口説こうとしたとき、
「遅かったな」
背の高い軍人が、シャーロットを挟んで反対側に、どさりと座った。
「ジェル兄様……!」
「もっとゆっくり、来ればいいのに……何だそれ?」
嬉しそうに声をかける奥方と、二人きりの時間を邪魔されて、恨めしそうに尋ねる領主。
「パスティだ。欲しかったら、表の屋台で売ってるぞ」
中に挽肉や細かく刻んだ野菜の入った、大きな半月形のパイをかじりながら、ジェラルドはにやりと笑った。
「そういえば……ジェル兄様とは明日、お別れなのね?」
しょんぼりと、シャーロットがつぶやく。
長期休暇を消化し終えた従兄弟は、海軍に戻る為に明朝、兎穴を発つ予定だ。
「もっと、ずっといて欲しいわ」
「ロッティ……」
何よりも大切な奥方を慰めたくて、ほっそりとした左手に、そっと右手を重ねるウィルフレッド。
その反対側から、パスティの残りを口に放り込んだジェラルドが、妹同然の従姉妹の頭を、ぽんぽんと叩く。
「また、休みには戻ってくる。それに」
「それに?」
「お前には、『ベタ惚れの領主様』がいるだろ?」
「まぁ……ジェル兄様ったら」
からかう様に言われて、ぽわんとまた染めた頬を、恥ずかしそうに右手で押さえる、シャーロットの向こうから、
「ちょっと待て! その『ベタ惚れ』は、『わたしがロッティ』に? それともまさか、『わたしにロッティが』――なのか!?」
真剣な顔で、ウィルフレッドが問いかけた。
「はいはい、もうすぐ始まりますよー!」
いつの間にか後ろに立った従者のミックが、立ち上がりかけた領主の肩を、笑顔でぐっと押さえて。
「わ~っ! 楽しみですね、シャーロット様!」
ジェラルドの隣に座った、侍女のユナがいそいそと、プログラムを広げる。
「ユナ、最初は何だったかしら?」
「えーっと、『生徒全員による合唱』ですね! 最後が劇で」
「その劇の、小屋とか森の『書き割り』作るの、俺も手伝ったんだぞ?」
「えっ、ほんとですか、ジェラルド様!?」
「それは、背景を見るのも楽しみね……!」
わくわくと、侍女と従兄弟に笑いかける、シャーロット。
その横で、
「『わたしにロッティが、ベタ惚れ』?……いや、過剰な期待は良くないな。やっぱり『ロッティにわたしが』か?」
ひじ掛けの上で組んだ両手で口元を隠し、ぶつぶつとつぶやくウィルフレッドの姿に、
「うーわっ、前世のアニメで見たポーズ……」
転生者の従者が、哀れみを含んだ眼差しを、こっそり向けていた。




