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サウザンド ローズ ~転生侍女は、推しカプの尊さを語りたい~【番外編16「『時のはざま書店』にようこそ」完結☆】  作者: 壱邑なお


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広間の肖像画

「奥様――こちらとそちらが客用寝室、あちらが『ギャラリー』となっております」

 兎穴ことヘア・ホール、その二階の奥手にある、まるで美術館のようなギャラリー。


 ずらりと飾られた、伯爵家代々の肖像画の前を、そぞろ歩きながら

「こちらは先代の姉君ご夫妻。ウィルフレッド様の伯父上様と伯母上様です。伯母上は何年も前に、病で亡くなられましたが、伯父上のゴート卿には――結婚式で奥様も、お会いになれますよ?」

 兎穴の家政婦、ミセス・ジョーンズは、顔の下半分が真っ白なヒゲでおおわれた、老紳士の絵に右手を向けて、丁寧に説明してくれる。


「……ミセス・ジョーンズ」

 シャーロットが、ためらいがちに、声をかけた相手は――眼鏡をかけ、グレイの髪をきりりと結い上げた――いかにも仕事が出来そうな、年配の女性。

「こちらは、5代前の……どうかなさいましたか、奥様?」

 てきぱきと説明していた、生真面目な顔が、振り返る。


「お話をさえぎって、ごめんなさい。その……『奥様』は、やめて頂けません?」

 ほんわり、頬を染めてお願いする姿に

「――分かりました。シャーロット様」

 家政婦は、それまでの無表情から一転、ほほえましそうに、にっこりうなずいた。



 ガゼボでのお茶会から数日後、今日こそ『屋敷内の探索たんさく』に!……と、ユナと二人で、意気込んでいたら

「そうそう――お嬢様が、こちらのお屋敷に、たいそう興味がおありだと話しましたら、ミセス・ジョーンズから、『ぜひご案内したい』と申し出が。早速今日の午前中、お願いしておきましたから!」

 見事ばあやに、先手を打たれてしまった。


 絵画の由来ゆらいを聞きながら、ふと思い出す。

「そういえば、1階の広間にも、大きな肖像画がありましたね?」

 サンドイッチをぱくつきながら、ジェル兄様が見上げていた。

 確か、年配のご夫婦が描かれた……

「まぁ……もう、ご覧になりましたか?」

 いたまし気に、眉を寄せるミセス・ジョーンズ。

 ――まさか。

「あちらは、ひょっとして……」

「はい……ウィルフレッド様のお母様と、療養中のお父様。先代の領主ご夫妻の、肖像画です」



「シャーロット様――元気を、お出しになってください」

「うん……」

「あの時はまだ、こちらの絵が、ウィルフレッド様のご両親とは、知らなかった訳ですし」

「そうよね……」

「その真下で、ジェラルド様と楽しそうに、パンをぱくぱくしてても、仕方ないですよ!」

「あぁーっ……!」

 ユナの『なぐさめ』と言う名の追い打ちに、頭を抱える、シャーロット。


 客間やダイニングルーム、書斎や図書室など、一通りの案内が終わり、ミセス・ジョーンズと別れてから改めて、足を向けた広間。


 舞踏会や演奏会の会場になる、広々とした部屋の奥。

 大きな暖炉だんろの上で、先代の領主夫妻は、微笑んでいた。



「お父様は、とっても穏やかなお顔。お母様も優しそうな方ね?」

「はい。お父様は確か、旅先でおケガを?」

「ええ。強盗に襲われて、一時はお命があやぶまれるほど――幸い持ち直されたけど、まだ記憶が混乱されていて。今は南のポートリアで、療養なさっているそうよ」


 再び、肖像画を見上げて

「意志の強そうな眉と、口元が……似てらっしゃるわね?」

「はい。灰色がかった青い瞳の色も、そっくりです」

 こくこくとうなずく侍女に、微笑んでから、

 ふわりと広がった、ドレスのスカートを軽く押さえ、片足を引いて、頭を下げる。


「はじめまして、ウルフ公爵家のシャーロットにございます。先日は知らぬこととはいえ、大変失礼いたしました」

 十分じゅうぶんな礼を取り、身体を起こした所で

 ぱちぱち……扉から聞こえて来た、拍手の音。

「ウィルフレッド様……!」

 伯爵家現当主が、父親そっくりの瞳に、穏やかな笑みを浮かべ、手を叩いていた。



 黒いスーツにベスト。白いシャツ以外は今日も、黒一色のよそおい。

 こちらに到着した時に、従僕と見間違えた程の。


 いきなりヘア家を襲った不幸を、ひとりで背負っているような、その姿に、きゅっと、唇をみしめたとき

「シャーロット……そんなに自分を、責めないで?」

 両肩にそっと、温かな手が添えられた。


「ウィルフレッド様……?」

「この前は、その――嫉妬したんだ」

「嫉妬?」

「うん。あんまりジェラルドと、仲良さげだったから」

 少し照れた顔で、領主が告白する。


「シャーロットだって、度々(たびたび)、優しい見舞いの手紙を、くれたよね?」

「あれは……」

 婚約者として、半ば形式的に書いた、手紙だったのに。


「嬉しかった」

「え?」

「今までシャーロットがくれた手紙、全部嬉しかったよ? 少しずつ、好きな花や好きな色を、教えてくれて――少しずつ知るたびに、どんどん、好きになっていった」



 しょんぼりと落としていた肩を、ウィルフレッドの両手が、ぽんっとたたき、

「父上母上、こちらがシャーロット・ウルフ公爵令嬢――わたしの、妻になる人です」

 はっきりと、よく通る声が、絵の中の両親に紹介する。


『妻……』

 自分も続けて、挨拶あいさつしなければと思いながら……真っ赤になった顔は、しばらく、上げられそうになかった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] こうやってはっきりと自分の好きな相手を誇れる方、好感が持てますわฅ^◝ﻌ◜^ฅ
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