くまのジェラルド2
「ぼっちゃま方、スポーツ用品の店までは、馬車で行かれますか?」
付添の従僕に聞かれて、
「いや。他の店も見たいし、歩いていくよ」
答えるイーサンの横で頷きながら、ふと何気なく傍の店を眺める。
ショーウィンドウに並ぶ、いかにも高価そうな人形が、ジェラルドの目に飛び込んで来た。
『ロッティに、似てるな……』
長い睫毛を伏せた人形の、どこか寂しそうな表情が、見送りの時の、従姉妹の顔に重なった。
『行ってらっしゃいませ……イーサン兄様、ジェル兄様』
しょんぼりと告げて来た、小さな妹。
パブリックスクールの話が出る度に、悲しそうな目で、唇をきゅっと結ぶ事に、気が付いていた。
今までずっと一緒だった俺たちに、置いて行かれるのが――寂しくてたまらないんだろう。
『二人が入学したらシャーロットにも、女性家庭教師を付けましょう』
と叔母上が言ってたな。
良い人が来てくれるといいけど、離れ離れになるのは変わらない。
それでも、『寂しい』とか『行かないで』とか、ひと言も言わずに我慢しているのが、いじらしくて可愛い。
『せめて、なにか土産を……』
じっと、おもちゃ屋のウィンドウを見つめるジェラルドの横で、
「どした、ジェル? 何か欲しい物でも――ぷっ!」
つられて目を向けた従兄弟が、急に吹き出した。
「何、笑ってんだ?」
「だって……」
不思議そうな問いかけに、笑いの収まらないイーサンが、震える指で、ショーウィンドウを指す。
「あのクマ……お前そっくり!」
指の先をたどれば、淡い茶色のテディベアが、どこかのんびりした表情で、こちらを見つめていた。
◇◆◇◆◇
「まぁ――それがこの、クマさんだったんですか?」
ユナの問いかけに、
「そうなの、ストランドから帰ったジェル兄様が『お土産だ』って、渡してくださって。
『俺の代わりに、こいつがいつも、ロッティのそばにいるから』って」
11年前と同じ表情で、幸せそうにきゅっと、テディベアを抱き締めるシャーロット。
「ヴァイオレット先生とアナベラさんにも見せたくて、連れて来たのよ」
「何てお優しい……!」
「ジェラルド様は昔っから、それはそれはお嬢様を、可愛がってらっしゃいますから!」
目を潤ませた、侍女と乳母の賛辞に、
「いや、妹を可愛がるのは当然だろ? そうか――俺はクマに似てるのか」
海軍大尉はつぶやきながら、照れたように前髪をかき上げた。
「……ミック、聞いたな?」
「はい。兄妹愛、素晴らしいですね!」
温室の、少し開いた扉の陰で、こそこそと話す、領主と従者。
「そこじゃない……! いいか? すぐにヘア村と、近郊のおもちゃ屋を当たれ!」
「『おもちゃ屋』? 何でまた……」
「決まってるだろ――わたしの顔にそっくりの、『ウサギのぬいぐるみ』を探すんだ!」
ぴしっと言い放った、ウィルフレッド。
しばし呆然とした後、ふーっ……深いため息の後に、ミックは顔を上げる。
「ウィルフレッド様……東洋には『二番煎じ』と言う、言葉がございます」
「うん? どういう意味だ?」
「『一度煮出したお茶を、また煮出す事』で――要するに、『ただ真似するのは、芸がない。つまらない』事の例え」
すっと細めた、ハシバミ色の目で、青灰色の瞳を見据えて。
「つまり、ユナ流に言うと……『尊くない』という事です!」
ぐっさり、ウィルフレッド・テレンス・ヘア伯爵に、とどめを刺した。
『くまのジェラルド』完結しました。
「俺はクマに似てるのか」というジェラルドのつぶやきは、番外編6のバレンタインプレゼントに繋がっています。
拙いお話ですが、ちびっこ達の可愛さを、楽しんで頂けたら嬉しいです。
ブックマークや評価(ページ下部の☆☆☆☆☆)も、よろしくお願いいたします。
次回はウィルとロッティ、甘々新婚さんのお話を予定しています。
また読んで頂けるように、頑張ります!




