【番外編7】くまのジェラルド1
今回は短めの全2話。
時期的には、4章前半頃。
ちびっこジェル兄さんとロッティの、可愛いお話です。
後編は明日、更新します。
とある日の、兎穴(ヘア伯爵邸)の昼下がり。
ランチとティータイムの隙間時間。
ちょっと小腹のすいた、ジェラルド・ウルフ海軍大尉は、料理長特製の『コロネーション(カレー風味)チキンのサンドイッチ』をぱくつきながら、裏庭を歩いていた。
「美味いっ! けど辛っ……」
ちょうど見かけたハウスメイドに、声をかけようかと思ったが、忙しそうに、両手に荷物を抱えている。
「たかが水一杯、頼むのも悪いな――そうだ! 確か温室の中に、水道が通ってたっけ」
菜園やハーブ園を足早に抜けて、たどり着いた温室。
ガラス越しに、従姉妹や侍女達が早々と、お茶の準備をしている様子が見える。
「グッドタイミング!」
にんまりと扉を開けた、海軍大尉の耳に
「そうなの――こちらのクマさんが、『ジェル兄様』なのよ!」
妹同然の従姉妹、シャーロットの声が、飛び込んで来た。
「『クマさん』が、俺……?」
思わず、サンドイッチの欠片を持つ、左手を見下ろす。
大丈夫だ、もふもふの毛も、肉球も無い!
「いや、確認しなくても、クマじゃないだろ……」
自分に突っ込みを入れながら、温室の奥をのぞき込む。
白薔薇に囲まれた、ガゼボの中にいるのは、シャーロット(ロッティ)と侍女のユナ、それに乳母の3人。
そして、シャーロットの膝の上には、淡い茶色のテディベアが、ちょこんと座っている。
『あのクマ、どこかで?』
首を傾げてガラスの壁を、右手でコンッ――叩きながら
「がぉーっ……!」
クマの鳴き声らしき物を、上げてみた。
「まぁっ……ジェル兄様!?」
「びっ――くりしました!」
「もーっ、年寄りを、驚かさないでくださいよ!」
狼城の3人に責められて、
「すまん」
にやりと笑った口元を隠しながら、頭を下げる。
「ほらほら、サンドイッチから、具が落ちそうですよ!」
「お茶もどうぞ、ジェラルド様!」
椅子に座り、お皿やカップを渡して貰い、サンドイッチの残りを、ぐいっとお茶で流し込んでから、
「それで、ロッティ? 何でそのクマが、俺なんだ?」
従姉妹に問いかけると、
「ジェル兄様ったら……覚えてらっしゃらないの?」
拗ねた顔でぷくっと、頬を膨らませる。
幼い頃に戻った様な、その愛らしい顔を見て、
「あぁ――あの時のか!?」
記憶の扉が、一気に開かれた。
◇◆◇◆◇
あれは、11年前。
俺が13歳で、ロッティが8歳の時。
パブリックスクール(上流寄宿学校)への入学を控えて、同い年の従兄弟のイーサンと、制服等を誂えに、首都ストランドに出かけた時。
「入学したら、クリケット部に入るんだ! ジェルも一緒にやろうぜ」
「いや、俺はボート部って、決めてる」
「えっ! お前、泳げたっけ!?」
「うん。こっち来る前に――父様に教わったから」
「……そっか」
10歳で死に別れた、父と母を思い出し、俯きそうになるのをこらえて、ぐっと前を向く。
と、ばんっ!と背中を、強く叩かれ、
「とりあえず、新しいクリケットバット、見に行こうぜ!」
兄弟同然の従兄弟が、早口に告げて来た。
「見たら、ほら――お前の気持ちも、変わるかもだし?」
「うん……かもな?」
元気付けようとする、従兄弟の気持ちが嬉しくて、少し口角を上げた俺の顔を見て、
「だろ?」
ほっとした様にイーサンが、にやりと笑った。




