果てしなく遠回りな?プロポーズ5
ストランドの寄宿学校で、最初に担当した、13歳の少女『ルビー』。
裕福な地主階級の令嬢なのに、母親を亡くした幼い頃から、父親の虐待を受けていた。
それは、暴力的な物では無く。
「えっ? 字が読めないし、書けない? 自分の名前も……⁉」
「はい。父から、『女に読み書きは、必要ない』と、言われて来ましたので」
淡々と話す少女は、『学校では、社交界で必要な、礼儀作法とダンスだけ、習えばいい!』という、父親の指示に従うだけの、あやつり人形のようだった。
ベテランの先生方や、成績優秀な上級生が、いくら手を尽くしても、勉強にも学友にも、全く興味を示さない。
授業中も自由時間も、ただうつろな目で、座っているだけのルビー。
いつの間にか、からかい交じりに、『いらない子』と、呼ばれていた。
そんなある日、ヴァイオレットは、彼女を中庭に、連れ出した。
枯れ葉を積んだ、小さな山の前で
「さぁ、ルビー! ここに火を、付けてごらんなさい!」
おかしな事を、言い放つ教師に
「そんなの――メイドにやらせれば?」
無表情のまま、少女は、ぽつりと返した。
「ノーグッド!――ここは『無人島』。メイドはいないわ!」
「は……?」
初めて、きょとんと、目を見開いたルビーに、
「そういう『つもり』で、考えるゲームよ?」
にっこりと、ヴァイオレットは告げた。
「じゃあ……マッチ?」
「あーっ、残念! 海水で濡れて、使えません!」
やっと考えた答えを、即座に否定されて、むっとした顔の少女に
「もう、降参?」
からかう様に、先生が尋ねると
「……まだよ!」
きっ!と、
悔しそうに、顔を上げた。
「覚えてますよ……?」
にっこり、ジェラルドが頷く。
「木を擦ったり、石を打ちつけたり――先生のヒントに、助けられながら――最後はメガネのレンズで、日光を集めて、ついに火を、付けたんですよね⁉」
「そう! 成功した時の、あの子の顔……忘れられないわ!」
『先生! 世界には……わたしの知らない事が、たくさんある!!』
初めて、目が開いた赤ん坊のような、驚きと、かすかな不安。
そして、喜びに満ちた――ルビーという名前通りに、美しく紅潮した笑顔。
「きっと二度と、忘れない」
教師になって、良かったと。
これからも、たくさんの『ルビー』を育てたいと、心から思った。
だから。
「ジェラルド――あなたの無事を、心配しながら、屋敷を切り盛りして。傷病兵の支援や、慈善活動に当たったり。
赴任先に同行して、そちらの社交界で、あなたをサポートする事は――教師の片手間に、出来る事では、ありません」
何度も、幾夜も考えて、出した結論を、淡々と伝える。
少しだけ、語尾が震えたのには、気付かれていないはず。
『あなたにはきっと、わたしよりずっと、相応しい方がいる』
「そうか……分かった」
ぽつりと答えて、ゆっくりと立ち去る、大好きなネイビーブルーの、大きな背中。
追いかけたい自分を、引き止めるのに、必死だった。
それが、1月の初め。
もう二人きりで、会う事もない。
今年から、バレンタインカードも、来るはずない。
そう思っていたのに。
バレンタイン当日に届いたのは、
いつもの木彫りの……ジェラルドに似たクマの人形と、小さな長方形の『ジュエリーボックス』。
中に入っていたのは、ダイヤがはめ込まれた、菫の花を模ったブローチ。
中央から、小さなエナメルの時計が、下がっている。
同封された手紙には
『たとえ、どんな困難があっても、俺が倒して、乗り越えます。
ヴァイオレット……これからの人生、一緒に時を、刻んでください』
春になったら船を降りて――以前からの希望だった、後輩の育成にあたる、指導教官になる――とも書いてあった。
海軍士官学校は、ヘア村から、そう遠くはない。
首都は今、空前の『鉄道ブーム』。
路線がここまで伸びたら、ほんの数時間の距離だとも。
『ヘア村近郊に、小さな屋敷を買って、コックとメイドを雇って。週末にはゆっくり、一緒に過ごそう。
結婚の事、ウルフ公爵夫妻は、喜んでくれている。』
色々な障害を、ひとつずつ乗り越えて。
二人にとってベストな、今後の道筋を立ててから、再度伝えてくれたプロポーズ。
◇◆◇◆◇
『少しだけ、遠回りだったけど。そんなに、果てしなくでも、なかったのよ?』
急いで用意して送った、お返しのプレゼントは、『懐中時計』。
カードには
『わたしも、同じ気持ちです。グッドよ……!』
そろそろ、港に戻った、ジェラルドの手元に、届いた頃かしら?
カードを見た時の、笑顔を思い浮かべながら
「その質問は、ノーグッド! いくらあなた達にでも、秘密です」
ジェラルド本人より先に、答えを教えるなんて……!
ヴァイオレット先生は、胸に飾ったブローチを撫でながら。
元教え子と侍女に向かって、それは綺麗に、笑ってみせた。
『果てしなく遠回りな?プロポーズ』完結しました。
拙いお話ですが、先生とジェラルドの、遠回りなゴールインを、楽しんで頂けたら嬉しいです。
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『いらない子』ルビーのその後は……母方の祖父母に、『手紙』で現状を訴え、驚いたおじい様がすぐに、孫娘を引き取る事に。
大学進学を目指しながら、幸せな日々を送っています。
次回はGW頃、シャーロット目線のお話を、予定しています。
また読んで頂けるように、頑張ります。




