果てしなく遠回りな?プロポーズ4
半年ほど前、久しぶりに、ストランドで会って。
シャーロット達への、お土産選びを手伝った後、ここ、兎穴で再会して。
元教え子の結婚式が、終わってからも。
休暇の度に、ヘア村の下宿先に、顔を見せてくれたのは、
ずっと『弟みたい』と思っていた、優しいひと。
家主で、ここでの後見人、ターナー先生の許可を貰って、釣りを教えてくれたり、ボートに乗ったり。
池が凍ったら、スケートしたり。
授業の準備等で、休日も部屋に籠りがちなわたしを、あちこち、連れ出してくれた。
いつもは無口なジェラルドが、二人きりになると、思いの外よくしゃべって。
明るい笑顔を、見せてくれる。
船上であった、不思議な話――『その近海には、霧の夜に必ず現れる、幽霊船のウワサがあって。ある夜、1時を過ぎた頃。不思議と目が冴えて、甲板に出てみると……』
立ち寄った港での、わくわくする話――『まるで迷路のような市場で、出口を見失った時、たまたま道案内してくれた男が、東洋に伝わる、武術の達人で……』
よく通る低い声で、次々と披露してくれる『お話』。
まるで、小さな子供の様に、「それで? それで?」と、続きをねだっていた。
そんなわたしを見て、嬉しそうに目を細めて、くしゃりと笑う顔。
「立ったり、歩きながら食べるのは、船乗りのクセなんだ。
ナイフとフォークを用意して、まずはスープから――なんて食事、船の上じゃ、奇跡に近いから」
辛い体験ほど、おどけて語る。
唇の端に少しだけ、苦い笑みを乗せて。
短めの黒髪をかき上げる、がっしりと長い指。
ボートから降りる時、揺れに足を取られて、ぐらりと、よろけたとき、
「大丈夫かっ……⁉」
がっと、両腕を掴まれて。
怖いくらい真剣な目で、尋ねてくれた。
家族を亡くしてから、初めて。
こんな目で、わたしの事を、心配してくれる人がいる。
そのことが、泣きたい位、嬉しくて。
思わず潤んだ、わたしの目を見て
「あっ――失礼! 決して、怒ったわけでは……えっと、『大丈夫ですか? レディ・シープ』」
あわてて言い直す、生真面目なその顔が、
何よりも愛しいと、思った。
でも
「結婚してください」
二人だけの、下宿先の客間。
片膝を付いて、見上げてくるジェラルドに、きっぱりと答えた。
「……無理です」
答えは、一択。
それ以外は、あり得なかった。
「無理って、何がです?」
立ち上がって、静かに問いかける、ジェラルド。
「何もかも――まず、わたしはあなたより、三歳も年上です!」
貴族社会で、女性が年上の夫婦は、ほとんど存在しない。
暗黙のルールをやぶれば、たちまち、爪弾きされてしまう世界。
「わたしにはもう、関係ない世界ですけど。あなたは、ウルフ公爵家の一員でしょう?
いずれ社交界にも……」
「いえっ! 俺は生涯、軍人一筋と決めています。
そんな面倒な世界に、関わるつもりは、一切ありません!」
きっぱりと、言い切るジェラルド。
『……ほらね?』
予想通りの答えに、すかさずヴァイオレットは、次の手を打つ。
「軍人一筋……?
実はわたしも、『教師』が、天職だと思っているの」
まっすぐに、今は20㎝上にある、濃い茶色の瞳を見上げて、
「ジェラルド、あなたにも少し、話したでしょう?
『いらない子』の事」
3年前の出来事を、ヴァイオレットは、語り始めた。




