果てしなく遠回りな?プロポーズ3
初めて彼、ジェラルド・ウルフと会ったのは、わたし、ヴァイオレット・シープが17歳の時。
両親が亡くなり、伯爵家を継いだ親戚に、最悪な相手と無理やり、結婚させられそうになって。
母の親友、ウルフ公爵夫人を頼り、ひとり狼城まで逃げて来た。
9歳の愛らしい公爵令嬢、シャーロットの家庭教師として。
楽しく充実した日々を、過ごしている間に、季節は冬に。
12月のクリスマス休暇。
寄宿学校から、シャーロットの兄と従兄弟が、そろって帰省して来た。
「あっ――すみません! どうぞ、レディ」
きっかけは、居間の入口でぶつかり、取り落とした本を、拾ってくれた事。
「いえっ! わたしも、ぼんやりしていたから――ありがとう、ジェラルド?」
「えっ……? 俺の名前?」
その時から、10㎝は上にあった、茶色の瞳を見上げて、お礼を言うと。
驚いたように目を見開いた、まだ14歳の少年。
「もちろん、知っているわ。シャーロットの従兄弟でしょう? 特徴を、公爵夫人から伺っていたの。
それから、レディはノーグッドよ!
わたしは家庭教師。『先生』と、呼んでちょうだい?」
『ぼんやり』していた理由。
居間の暖炉の上に並べられた、いくつものクリスマスカードに、背を向けて。
世間がイメージする『意地悪な家庭教師』らしく、わざと厳しい顔で、指を振ってみせた。
「はい……ヴァイオレット先生」
神妙な顔で、返事を返した、黒髪の少年。
濃いお茶色の瞳を、何か言いたげに、向けながら。
そして、クリスマスの朝。
今年からは、誰からも来ないと思っていた、クリスマスカードが、
シャーロットと、悪戯っ子な兄のイーサン、そしてジェラルドの連名で、部屋に届けられた。
『大好きな先生に、ステキなクリスマスを! シャーロット』
『メリークリスマス! クリスマスくらいは、お小言なしで! イーサン』
『これからは毎年、俺が言います。「メリークリスマス」 ジェラルド』
それぞれのメッセージを、一文字ずつ、大切に読んで。
最後の一行、
『これからは毎年』の所で、何とか我慢していた涙が、ぶわっとあふれ出た。
毎年……言ってくれるの?
「メリークリスマス」って?
だったらもう、
『ひとりぼっちのクリスマス』は、怖くなんかない。
急いで用意したカードを、三人に贈り返して。
ジェラルドもまた、両親を亡くしている事と、わたしにカードを贈ろうと、言い出した事を知った。
それから10年。
未だにカードのやり取りをしているのは、元教え子の他は、ジェラルドだけ。
そして彼が19歳で、海軍士官学校に入った年から、年に一回だったカードのやり取りが、二回に増えた。
◇◆◇◆◇
「これが最初の、バレンタインカードと一緒に、届いた子」
ことりと、ヴァイオレットが置いたのは、高さ5cm程。
ぴんと大きな耳を立てた、可愛いネコの女の子。
膝までのドレスも、木彫りで表現して、細い針金で作ったメガネをかけて。
瞳だけ濃い紫色に、ちょんと塗ってある。
「えっ――これって」
「先生そっくりだわ」
「それからこれと、これ。次がこれ……」
次々と並ぶ、木彫りの人形。
「この二つは、少し大きいですね。ネコのお父さんとお母さん――でしょうか?」
「こちらは、双子の赤ちゃんね? なんて愛らしい!」
目を細めて眺める、侍女と奥方の前に、
「そして、これが――今年のよ?」
ヴァイオレット先生の、飾り気の無い指が、最初に見せた人形を、ネコの女の子の、隣に置いた。
「あらっ、これだけお顔が――ネコじゃないわ!」
「耳も丸いですし、口の周りに円が……クマですね!」
隣の女の子より、すこしだけ大きいサイズの、クマの男の子。
目は濃い茶色に塗られ、身体には、軍服ぽい服が、刻まれている。
「これは――明らかに」
「『ジェル兄様』よね?」
「最初の子が、先生。それから――」
「先生のご家族……ですよね?」
シャーロットに問われて、こくりと頷く。
亡くなった両親と、まだ幼い時に病気で逝ってしまった、双子の弟たち。
失った家族を、一人ずつ再生して、届けてくれた――色々と不器用な、でも手先は器用な、優しいひと。
3年前、社交界デビューに備えて、シャーロットが仕上げ学校に入った時に、家庭教師は卒業。
ウルフ公爵の紹介で、ストランドの寄宿学校の、教師になった。
慣れない仕事を、夢中でこなす日々。
辛い事、くじけそうになる事があっても、この人形達を手に取ると。
楽しそうにナイフを動かす、穏やかな顔が、目の前に浮かんで。
それだけで、心の奥から、ほっこりと癒された。
「あっ! という事は、このクマさんは……『先生の家族に、俺を加えてください』という、意味では⁉」
ユナが、はっと、声をあげて。
「まぁっ……何て、ジェル兄様らしい。
『果てしなく、遠回りなプロポーズ』――ですこと!」
シャーロットが、楽しそうに、小さなクマの、頭を撫でた。
「それで、先生は――何てお返事、されたんですか⁉」
「『グッド』? まさかの『ノーグッド』……⁉」
目をキラキラさせて詰め寄る、元教え子と侍女に。
「それは……」
ヴァイオレット先生は、ゆっくりと口を開いた。
読んでくださって、ありがとうございます!
『木彫りの人形』は、シル〇ニアファミリーを、イメージして頂くと、分かりやすいかと。
残り2回、先生とジェラルドの恋を、見守ってあげてください。




