【番外編5】Be my Valentine 1
今回も短めの、全2話。
タイトル通り、バレンタインデーのお話です。
よろしかったら、お立ち寄りください。
後編は明日、更新します。
2月14日は、『バレンタインデー』。
世界中の恋人たちが、愛を伝え合う日。
サウザンド王国でも、それは例外でなく……
兎穴(ヘア伯爵邸)で、新婚の領主夫妻から全使用人まで、その胃袋をがっちり掴んでいる、料理長が仕切る厨房。
奥手にある、小さめのサブ厨房は、晩餐用のデザートや、ティータイム用の茶菓が作られる場所。
ほんわり温かみのある、ベージュ系でまとめられた、その部屋に、今日は若い女子たちの、楽しそうな声が響いていた。
「皆さん、準備はよろしいですかー⁉」
デザート担当のキッチンメイド、マイラの問いかけに
「はーい!」
「OKでーす!」
口々に答える数人の、ハウスメイドの横で
「よろしくてよ……!」
エプロン姿の領主夫人、シャーロット・ヘア(旧姓 ウルフ)が、胸の前で両手を、ぐーに握りしめた。
ヘア伯爵ウィルフレッドと結婚して、初めてのバレンタイン。
「何をプレゼントしたら、喜んで頂けるかしら?」
いつになく、真剣に悩む主に
「お嬢――いえ、奥様! 実は明後日、バレンタイン当日のお昼過ぎに、メイド向けの『ケーキ教室』が、ありまして」
侍女のユナが、こっそりと伝えた。
「ケーキ教室?」
「はい! デザート作りが得意な、マイラが先生になって、希望者に『チョコレートケーキの作り方』を、教えてくれるんです」
「あら、ステキね!」
「よろしかったら、シャーロット様も、ご一緒にいかがですか? 『手作りケーキ』をプレゼントされたら、ウィルフレッド様も、絶対喜ばれるかと」
「それだわ……!」
という訳で、銀の髪を、きりりとまとめて、家政婦のミセス・ジョーンズが、急いで用意してくれたエプロンを付け、張り切ってのぞんだ『ケーキ教室』だったのだが。
「あらっ、ユナ! どうして、チョコから油が?」
「お嬢、いえ奥様の愛らしさに、チョコも照れて、汗をかいてるのでは?」
「シャーロット様、チョコを溶かす時は『湯せん』で! 直接火に掛けたら、分離してしまいます‼」
「はいっ――生クリーム、泡立てたわ!」
「お見事です! こんな立派な、かたまりが!」
「あーっ……これは、泡立て過ぎですね」
「ユナ、生地にお砂糖を入れたら、よく混ざらないの」
「大丈夫です、無理くりかき回せば!」
「数回に分けて入れると、『だま』にならずに、滑らかな生地が出来ますよ~」
ケーキ作りの過程が進むにつれ、マイラ先生の顔が、何かを達観した、笑みで固まり。
それに比例して、領主夫人の顔は、油が切れたランプのように、どんどん暗くなっていく。
「ユナ……わたくし、『お菓子作り』の才能が、全くないのかしら?」
どんよりと、うな垂れるシャーロットに
「そんなこと事ありません! お嬢、いえ奥様は、才能のかたまりです!」
『推しは正義!』がモットーのユナが、高らかに宣言し、
「そっ、そうですよ! さっきの生クリームみたいに――あわわっ!」
『フォローせねば!』と、あわてたマイラが、思い切り失言して、
「仕方ありませんわ! 初めから上手に出来る方は、いらっしゃいませんから!」
「そうそう! わたしも最初は、失敗の連続でした!」
メイド仲間の、エマとジェインが、全力で励ます。
うつむいていた、銀の前髪の間から、くすりと、笑い声がもれた。
「うふっ……わたくしったら、『泡立て過ぎた生クリームみたい』に、才能のかたまりなのね?」
顔を上げて、紫色に輝く瞳を、楽しそうに細めて、にっこり。
「みんな、ありがとう」
ほんわりと頬を染めて、お礼を言う領主夫人に
『尊い!』
『可愛い!』
『はわわ~!』
『一生付いていきます……!』
侍女とメイド達は、それぞれ思い切り、心の中でウチワを振った。




