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サウザンド ローズ ~転生侍女は、推しカプの尊さを語りたい~【番外編16「『時のはざま書店』にようこそ」完結☆】  作者: 壱邑なお


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Holy day2

 Holy day2


「ミック……! 何でいるの⁉ 実家に帰ったんじゃ?」

 びっくりして、矢継やつぎ早に問いただすと

「夕べいきなり『弟が帰って来た』って、母親から連絡が来て。それでちょっと、顔出して来たんだ」

「弟さん、いるんだ?」

「うん、今大学生。お互いもう、散々見飽きた顔だし、一晩で十分。それで――確かユナが、今日の馬車で帰るって、言ってたなって……」


 それで、来てくれたんだ。

 わざわざ、わたしを見送りに。

 さっきと変わらない、今にも雪が降り出しそうな、凍えた空の下。

 でもたった今、胸の奥にほっこりと、嬉しいぬくもりが産まれた。



「ありがと、来てくれて」

「ん……」

 少し照れた顔でうなずいてから、傍の掲示板に貼ってある、馬車の発車時刻表に、顔を向ける。

「『ウルフ村行』は、11番の馬車か……御者のおじさん達、まだ腹ごしらえの最中だから、馬車の中で、待たせてもらおう。そのバッグ、持つよ?」


 旅行バッグ片手に、さりげなく、風上に立ったミックが、庭の隅に停められた、小型の4人乗り馬車を指さす。

「あれだ」

 飾り文字で『11』と書かれた扉を押さえて、ステップを上がるのに、手を貸してくれる。

「ちょっと、座って待ってて」

「あっ、ミック……!」

 マフラーを渡したくて、呼び止めようとした、黒いコートの背中は、ダッシュで宿屋の裏口に、消えて行った。



「はい、お待たせ」

 すぐに両手に、湯気の立つカップを二つ持って、戻って来た従者。

 渡されたカップをのぞき込むと、フルーツの浮かんだ赤い飲み物が、ほかほか温かそうな湯気と、スパイシーな香りを、ただよわせていた。


「ありがと……これって、ワイン?」

「『マルドワイン』。スパイスと柑橘系の果物が入った、温かいワイン。日本だと――『ホットワイン』かな? あっ、これはアルコール、飛ばしてある方だから!」

「良かったー! 酔っぱらって、実家帰ったりしたら、お母さんのお説教大会、始まるとこだった」

 ミックの気配りに感謝しながら、カップを持ち上げ、こくりと一口。

「美味しい……!」

 喉を通った液体から、じんわりと温かさが、指先にまで広がって行く。


 馬車の座席に二人並んで、ノンアルコールワインを、飲んでいる最中も

「あとこれ、厚手のひざ掛け、借りて来た。それから出発間際に、宿屋の奥さんが『熱々のジャガイモ』、持って来てくれるから」

「えっ――色々ありがと。ジャガイモって、おやつ?」

「少し冷めて来たら、おやつにしていいけど――最初はポケットに入れて、手を温めるといいよ。こっちにはほら、『使い捨てカイロ』とか無いから」

 てきぱきと気配りしてくれる、万能従者。


『イケメンで仕事が出来て、いたれりくせり……はっ! これが前世でウワサの「スパダリ」⁉』

 手袋をしたまま、カップで両手を温めながら、ユナがまじまじと、ミックの顔を見上げると、

「あっ、ごめん――俺、うざかった?」

『やっちまった』の顔で、恐る恐る、たずねて来た。


「ほら、ウィルフレッド様のお世話が、日常だから。弟にもつい、昔の調子で世話焼いたら、『子供扱いすんな!』って、怒られたばっかで……」

「全然、うざくなんてないよ……! わたしもいつも、お世話する側だし。大切にされてるみたいで、すっごく嬉しい――ありがと、ミック!」

 しかられた子犬みたいな顔に、にっこり、感謝を込めた、笑顔を向けると

「良かった……」

 スパダリ従者は、ほっとした笑顔を返した。



 世話してあげて、怒られるって――かわいそう。

 あっ! でもわたしも、実家で兄さんに、からかわれる度に、文句言ってたっけ。

「そっか……お兄ちゃんも大変だね?」

 マルドワインをすすりながら、何気なく口にしたら

「……ちょ、今のもう一回!」

 真剣な顔で、人差し指を、突き付けて来た。

「今の? って――『お兄ちゃん』?」

「……おっし!」


 何故か、感極かんきわまった様子で、ガッツポーズしているミック。

 そういえば前世の、学生時代の話題になると、急に口が重くなったっけ。

 ひょっとして――わたしより、年下だった? それを密かに、気にしてるとか?



 これは、スパダリというより……

「『わんチュール』、あげたいな」

「え?」

 くすりとつぶやいたら、振り返ったミックの頭に、ぴんっと立つ、黒柴の耳が見えた気がした。


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