Holy day2
Holy day2
「ミック……! 何でいるの⁉ 実家に帰ったんじゃ?」
びっくりして、矢継ぎ早に問いただすと
「夕べいきなり『弟が帰って来た』って、母親から連絡が来て。それでちょっと、顔出して来たんだ」
「弟さん、いるんだ?」
「うん、今大学生。お互いもう、散々見飽きた顔だし、一晩で十分。それで――確かユナが、今日の馬車で帰るって、言ってたなって……」
それで、来てくれたんだ。
わざわざ、わたしを見送りに。
さっきと変わらない、今にも雪が降り出しそうな、凍えた空の下。
でもたった今、胸の奥にほっこりと、嬉しいぬくもりが産まれた。
「ありがと、来てくれて」
「ん……」
少し照れた顔で頷いてから、傍の掲示板に貼ってある、馬車の発車時刻表に、顔を向ける。
「『ウルフ村行』は、11番の馬車か……御者のおじさん達、まだ腹ごしらえの最中だから、馬車の中で、待たせてもらおう。そのバッグ、持つよ?」
旅行バッグ片手に、さりげなく、風上に立ったミックが、庭の隅に停められた、小型の4人乗り馬車を指さす。
「あれだ」
飾り文字で『11』と書かれた扉を押さえて、ステップを上がるのに、手を貸してくれる。
「ちょっと、座って待ってて」
「あっ、ミック……!」
マフラーを渡したくて、呼び止めようとした、黒いコートの背中は、ダッシュで宿屋の裏口に、消えて行った。
「はい、お待たせ」
すぐに両手に、湯気の立つカップを二つ持って、戻って来た従者。
渡されたカップを覗き込むと、フルーツの浮かんだ赤い飲み物が、ほかほか温かそうな湯気と、スパイシーな香りを、漂わせていた。
「ありがと……これって、ワイン?」
「『マルドワイン』。スパイスと柑橘系の果物が入った、温かいワイン。日本だと――『ホットワイン』かな? あっ、これはアルコール、飛ばしてある方だから!」
「良かったー! 酔っぱらって、実家帰ったりしたら、お母さんのお説教大会、始まるとこだった」
ミックの気配りに感謝しながら、カップを持ち上げ、こくりと一口。
「美味しい……!」
喉を通った液体から、じんわりと温かさが、指先にまで広がって行く。
馬車の座席に二人並んで、ノンアルコールワインを、飲んでいる最中も
「あとこれ、厚手のひざ掛け、借りて来た。それから出発間際に、宿屋の奥さんが『熱々のジャガイモ』、持って来てくれるから」
「えっ――色々ありがと。ジャガイモって、おやつ?」
「少し冷めて来たら、おやつにしていいけど――最初はポケットに入れて、手を温めるといいよ。こっちにはほら、『使い捨てカイロ』とか無いから」
てきぱきと気配りしてくれる、万能従者。
『イケメンで仕事が出来て、至れり尽くせり……はっ! これが前世でウワサの「スパダリ」⁉』
手袋をしたまま、カップで両手を温めながら、ユナがまじまじと、ミックの顔を見上げると、
「あっ、ごめん――俺、うざかった?」
『やっちまった』の顔で、恐る恐る、尋ねて来た。
「ほら、ウィルフレッド様のお世話が、日常だから。弟にもつい、昔の調子で世話焼いたら、『子供扱いすんな!』って、怒られたばっかで……」
「全然、うざくなんてないよ……! わたしもいつも、お世話する側だし。大切にされてるみたいで、すっごく嬉しい――ありがと、ミック!」
叱られた子犬みたいな顔に、にっこり、感謝を込めた、笑顔を向けると
「良かった……」
スパダリ従者は、ほっとした笑顔を返した。
世話してあげて、怒られるって――かわいそう。
あっ! でもわたしも、実家で兄さんに、からかわれる度に、文句言ってたっけ。
「そっか……お兄ちゃんも大変だね?」
マルドワインをすすりながら、何気なく口にしたら
「……ちょ、今のもう一回!」
真剣な顔で、人差し指を、突き付けて来た。
「今の? って――『お兄ちゃん』?」
「……おっし!」
何故か、感極まった様子で、ガッツポーズしているミック。
そういえば前世の、学生時代の話題になると、急に口が重くなったっけ。
ひょっとして――わたしより、年下だった? それを密かに、気にしてるとか?
これは、スパダリというより……
「『わんチュール』、あげたいな」
「え?」
くすりと呟いたら、振り返ったミックの頭に、ぴんっと立つ、黒柴の耳が見えた気がした。




