悪役令嬢って何で出来てる?5
ここ最近の、アナベラの悩みの元――『困った騒ぎ』の始まりは、『ダンス』だった。
ことの起こりは、昨年の10月……ウィルフレッドとシャーロットの結婚式の後に開かれた、披露宴を兼ねた舞踏会。
「まあっ、お久しぶりですわ、イーサン・ウルフ様! せっかくのお祝いの席――よろしかったらうちの娘と、踊っていただけません⁉」
花嫁の兄、次期ウルフ公爵を捕まえて、千載一遇のチャンス!とばかりに――ピンクのドレスと宝石で飾り立てた、長女との縁談を、ぐいぐい押し進めようとした、ギボン子爵夫人。
「お母様、まだ諦めてなかったんだ。『今はどなたとも、お付き合いするつもりは、ありません』って、きっぱり断られたのに……でも今回はさすがに、逃げられないわね?」
「そうね――皆が面白そうに、注目してらっしゃるし」
「イーサン様が、ホントのお兄様になったら、それは最高だけど……あの意地悪お姉様となんて、やっぱりかわいそう!」
奥の部屋で、軽食やケーキを、ぱくぱく頂きながら、家庭教師のソフィー先生と、呑気に見物していたら
「わかりました。『ギボン子爵家のご令嬢』に、ダンスの申し込みを、させて頂きます!」
目を泳がせていたイーサン様が、急に高らかに宣言して、つかつかと、わたしの目の前にやって来て
「アナベラ・ギボン子爵令嬢、わたしと踊っていただけますか?」
悪戯っぽく目を細めて、ダンスを申し込んだの!
「はっはっはっ――それは愉快! 見事に子爵夫人は、してやられたの!」
楽しそうに大笑いする、魔法使いと
「それで? イーサン様と、ダンスしたの⁉」
目をキラキラさせて、尋ねるナツ。
「ええ。ただ――わたしまだ、ダンスを習ってなくて。ステップが、全然分からなかったの」
そしたら
「『大丈夫! 向かい合って、わたしの足に、乗ってごらん?』って。ひょいって、両足にそれぞれ、わたしのつま先を乗せて、そのまま優雅に――ワルツを1曲、踊り切ったの!」
最初は、少しだけ怖かったけど、右手を大きな左手で握られ、腰をしっかりホールドされて。
「懐かしいな。シャーロットが小さい頃、よくこうして踊ったよ」
慣れた様子で、ゆったり軽々とステップを踏む、パートナーの様子に安心したら、すぐにわくわくして来た。
それでも、足元ばかり気にしてたら
「ワン、ツー、スリー、ターン。ほらっ、顔を上げて!」
思わず見上げたら、にかっと楽しそうに、笑いかけられて。
「そのドレス、よく似合ってる。すごく可愛いよ、アナベラ!」
って、ホントのレディみたいに、褒めてもらった。
ターンするたびに、ふわりと、オーガンジーを重ねた、水色のスカートがふくらむ――初めての、ピンクじゃないドレス。
髪は広がらないよう、ベティがキレイに編み込みして、白いリボンで、まとめてくれた。
会場中から注目されて、「なんて、可愛いらしい!」「あらっ、ギボン家のアナベラ?」「まぁっ、すっかりキレイになって!」って、皆に褒められて、拍手してもらって。
「すっごく楽しかったし、痛快だったわ!」
「ほほう……やりおるな、次期公爵」
「かっこいいね! 僕も見たかったなーっ!」
「でしょでしょ⁉ でも、それからなの……お母様が、おかしくなっちゃったのは」
それまで、『ギボン姉妹の可愛くない方』って呼ばれてた、わたしの事なんか、気にも留めてなかったのに
「『アナベラがこんなに、人気物だったなんて――なるべく早く、社交界デビューさせなくちゃ!』って言いだして」
「『なるべく早く』って、何歳で?」
首を傾げた、ナツの質問に
「『15歳』ですって……わたしまだ、今年で11歳なのに。『来年すぐに「仕上げ学校」に入ってみっちり3年間、完璧なレディに仕上げてもらって、デビュー! イーサン様が、まだ未婚でいらしたら――もちろん他の、高位貴族の令息方にも――いち早く、アプローチ出来るわ!』って。普通デビューするのは、18歳頃なのに」
げんなりと、アナベラが答えた。
「えっ! 15歳で、結婚しちゃうの⁉」
「『とりあえず婚約さえすれば、結婚は2、3年後でも』って言われたけど。仕上げ学校は寄宿学校だから、もう兎穴にも来られないし、ソフィー先生ともお別れしなくちゃだし……まだまだ勉強したい事も、やりたい事だってあるのに」
「そんなのひどいよ。アナベラ、かわいそう……」
うるっと瞳を潤ませたナツを見て、しょんぼり落としていた肩が、しゃんっと戻る。
「ありがと、ナツ。わたしだって、お母様の言いなりになって、そんな早くから必死で、結婚相手を探すなんて……そんなの、絶対に嫌っ‼」
『友達』にパワーを貰った元悪役令嬢は、拳を握って、力強く叫んだ。




