悪役令嬢って何で出来てる?4
「トムおじいさんって――『魔法使い』だったの⁉」
驚いてあんぐりと、目と口を開いた、アナベラに
「『魔法使い』と『庭師』は、仮の姿。本当はオブザーバー――『観察者』じゃ」
庭師で魔法使いで観察者のトム・エバンズは、片目をつぶって答えた。
「いわゆる『神様』に派遣されて、この世界を観察するのが『観察者』。もしも『歪み』が生じたとき、すみやかに取り除くのが、わしの仕事じゃ……話は長い、お座りアナベラ、ナツも」
『神様って言った……⁉』
スケールの大き過ぎる話にくらくらしながら、ぽふんっと、パッチワークの可愛いクッションが乗った、木の長椅子に腰かけて、尋ねる。
「『歪み』って、なに?」
「そうさな、たとえば……『悪役令嬢』」
「えっ!」
どくんっと、アナベラの心臓が、大きく鳴った。
「わたし……? 取り除くって――わたし、死んじゃうの⁉ そんなのイヤッ! そもそも『悪役令嬢』って、何なのっ⁉」
動揺と混乱で、ぐらぐらする心を、冷たい両手で押さえながら、アナベラが叫ぶ。
「大丈夫だよ、アナベラ! 魔法使いは、そんな事しないから!」
隣に座ったナツが、ぽんぽんっと、わななく肩を、優しく叩いた。
ふんわり、掌と声から伝わる温もりに、アナベラのこわばった心が、じんわりと解けて行く。
『ふーっ』と、深呼吸した、アナベラを見て
「では、説明しよう……アレックサ!」
にこりと笑った魔法使いが、右手を棚の方に、差し出した。
「ぴーっ!」
パタパタッ――小さな羽根音と一緒に、雪玉のような小鳥が、その掌に降りて来た。
「えっ、なにこれ? 可愛い……っ!」
羽根の先と長い尾だけ、黒と茶色。その他は全身ふわっふわで、真っ白な毛に包まれた、小さな身体。つぶらな黒い瞳と三角のくちばし。
ことりと首を傾げて、見上げてくる愛らしさに、アナベラのハートは、たちまち撃ち抜かれた。
「こやつは『アレックス・サンダー・シマエナガ』、愛称は『アレックサ』じゃ。可愛いだけじゃなくて、とっても賢いぞ。さぁ――何でも、聞いてごらん?」
「えっ? えぇっと、それじゃあ……そもそも、『悪役令嬢』って、なんなの?」
アナベラの質問を、
「アレックサ、『悪役令嬢』とは?」
はっきりとした口調で、魔法使いが小鳥に伝えると、瞬時に、小さなくちばしが開いた。
「ピーッ!……『悪役令嬢』とは、小説など虚構の世界で『女主人公』と対立し、身分や家柄等を盾に、恋路を邪魔し攻撃するも、最後は敗北。孤独の中、破滅する役柄です。特徴は……
ワガママとひとりぼっち、縦ロールに高笑い、そんなモノで出来てるよ♪」
単調な甲高い声が、よどみなく答え、最後は歌で締めくくる。
『しゃべった……! さっきの歌声も、この子だったんだ⁉』と、びっくりしながら
「えっと……『きょこうの世界』って? あと『ヒロイン』って、誰のこと?」
気になったキーワードについて、尋ねると
「『ヒロイン』は、『シャーロット・ウルフ』――いやもう、『シャーロット・ヘア』じゃな」
魔法使いはさりげなく、二番目の質問にだけ答えた。
『やっぱり……「ヒロイン」って、キレイじゃないと、なれないんだ。わたしなんて、せいぜい「悪役令嬢」が、お似合いってこと?』と、むっと眉根を寄せるアナベラ。
「じゃあ、『破滅』って?」
むかむかする気持ちを押さえて、何気なく問いかけた質問。
「ピーッ! 婚約破棄、国外追放。最悪は――『死刑』!」
愛らしい小鳥の口から、何とも物騒な答えが飛び出した。
「死刑――わたしが⁉ それが、『取り除く』ってこと⁉」
あまりのショックに、すうっと目の前が暗くなる。
「どうしよう……」
両手で口元を覆い、ぶるぶる震え始めたアナベラの肩を、温かなナツの両手が、今度はふんわりと、抱きしめた。
「大丈夫……。ぼくはいつでも、アナベラの味方だし、友達だよ? 初めて会った時、『わたしの髪と、同じ色だね?』って、笑ってくれた時から、ずっと!」
「ほんと……?」
「うんっ! だからアナベラは……」
「わたしは……」
「「『ひとりぼっち』じゃないっ‼」」
「死刑になるのは、悪役令嬢」
でも……
「わたしは、『「元」悪役令嬢』よ‼」
「その通り……!」
「ぴーっ!」
ぐんっと立ち上がって、勢いよく叫んだ、元悪役令嬢に、魔法使いとアレックサは、揃って賛同の声を上げた。
「お前さんは、自分で気が付いた。『ひとりぼっちじゃない』――とな? だから『元悪役令嬢』に、クラスチェンジしたんじゃ!」
『まあ、ベティと心が通った、去年の事件の折に――クラスチェンジは、済んでおったがな?』と小声で付け足した、魔法使いに
「ぴーっ!」
アレックサも嬉しそうに、声を上げる。
「何だか、よく分からないけど……とにかく死刑には、ならないのねっ⁉」
「やったね、アナベラ!」
嬉しくて嬉しくて、ぴょんっと飛び跳ねた、アナベラの両手を取って、ナツがぐるぐる小屋中を回る。
「なにこれっ!」
「お祝いのダンスだよ!」
「ダンス……」
笑顔で回っていた、元悪役令嬢の顔から、すんっと表情が消えた。




