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サウザンド ローズ ~転生侍女は、推しカプの尊さを語りたい~【番外編16「『時のはざま書店』にようこそ」完結☆】  作者: 壱邑なお


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あの日の野原

 かちゃりと、『奥方の間』の扉が、細く開いた。

 中に入るのをためらっている、廊下からの気配に、

「ずいぶんと、ごゆっくりの『偵察ていさつ』でしたね――お嬢様? ユナも」

 すっかりご機嫌のかたむいた、乳母の声が、かけられる。


 そっと足を踏み入れた、部屋のあるじと侍女は

「ばあや……こっそり消えて。お手伝いもしなくて、ごめんなさい」

「ごめんなさい、おばあちゃん」

 そろってしょんぼりと、頭を下げた。


 その、雨にぬれた子猫達のような姿に、たちまち陥落した乳母は

「いいんですよ! こちらのメイド達が、手伝ってくれましたし。

 まぁ最初は――『この際しっかり、しつけ直してやろう!』と、待ち構えていたんですけどね。皆てきぱきと、思いのほか手際も良く……中でもエマという娘が、気働きの出来るしっかり者でしたよ」

 何も謝ることはないと、優しく銀の髪をなでながら、孫娘にもうなずいてみせる。


 くるりと部屋に、視線をめぐらせたシャーロットが

「そうなの? すっかり綺麗に片付いて――見違えたわ! さすが、『狼城の乳母様』ね?」

 嬉しそうに、にっこりと、花が咲くように笑う。

「まぁまぁ――そんなに喜んで頂けると、ばあやも嬉しゅうございます!」

 ほこらしげに乳母は、胸を張った。



「お嬢様の方こそ、大丈夫でしたか? 領主様と、お茶を召し上がったんですよね?」

 そういえばと、眉をひそめての問いかけに

「心配するような事は、何もなかったわよ? ユナもジェル兄様も、いてくれたし。お茶とケーキをごちそうになって、子ウサギを、抱かせてもらっただけ」

 シャーロットはことさら、明るい口調で返す。


「子ウサギ、でございますか?」

「こちらでは代々、白と黒のウサギを守り神として、大切に育てているそうよ。 白ウサギがハルで、黒ウサギがナツ――東洋の言葉で、『春と夏』という名前なんですって」

「おやまぁ、さすが兎穴……これ、お嬢様!」


 ベッドに腰掛けた、部屋のあるじが、そのままポスンと上体を倒したのを見とがめて

「ここは、狼城ではないんですよ?」

 たしなめた、乳母の声が

「ごめんなさい――今朝は早くに、目が覚めてしまったから」

 眠そうに目をこする幼い仕草に、たちまち甘くなる。

「来て早々で、気を張ってらしたんでしょう? 少し、お昼寝なさいますか?」

「うん」


「では、コルセットだけ、ゆるめましょうか?」

「うん、お願い」

 ころりと、うつぶせになった背中に連なる、ドレスのボタンを外した乳母の指が、ウエストをしぼっていたヒモを、順番にゆるめて行く。

 ふう……っと、楽になった息を吐きながら、


「ねぇ、ばあや?」

「何ですか?」

「10年位前、お父様が、こちらの先代の領主をご招待して、『狐狩り』をしたの――覚えてる?」

 何気なくたずねると

「10年前……あぁ! お嬢様が、『迷子』になられた時ですね!?」

『狼城の生き字引じびき』は、即座に記憶を探し当てた。


「……迷子じゃないもの」

 シャーロットのすねた口調に、祖母を手伝っていたユナが、くすりと笑う。

「あの頃いきなり、お嬢様がお転婆になられて。お留守番をしていたはずが、昼食を運ぶ馬車に隠れて、狩場に行かれたなんて――今思い出しても、気が遠くなりそうですよ!」

「本当に大騒ぎだったって、おばあちゃん達から、聞いてます」

「だって――兄様とジェル兄様の、初めての狩りを、応援したかったんですもの」


「あげく、『ここで、待っていて』と言われた、天幕てんまくまで抜け出して」

「広い野原を思い切り、走ってみたかったの」

「どちらかのご子息に、連れて戻られるまで、行方知ゆくえしれずだったなんて……ばあやは、生きた心地がしませんでしたよ!」


「――ごめんなさい。二度としません」

 当時の様子を思い返しただけで、声をふるわせた乳母に、素直に頭を下げる。


「それで? あの狩りが、どうかなさったんですか?」

「ううん……ちょっと思い出しただけ」

 首を傾げながら、乳母は、ベッド周りのカーテンを引いた。


「おや、キレイな刺繍だこと――そういえば、エマが言ってましたっけ。

『ウィルフレッド様が、細々とご配慮はいりょして、このお部屋の模様替えを、なさったんですよ』って」

「……そうなの?」

「はい。敵ながら趣味はまぁ――悪くない様ですね。お嬢様、昼食は後で、召しあがりますか?」

「ううん――もぉ、お腹いっぱい」

「では、そのむね、厨房ちゅうぼうに伝えて参ります」


 扉を閉めた乳母が、立ち去る足音を聞きながら

「『どちらかのご子息』が、ウィルフレッド様だった……なんて」

 そっとつぶやいて、ころりと上を向けば、天蓋てんがいに広がる、ビロードの青空。



『初めてお会いするのを、楽しみにしていたのに、シャーロット嬢は、来られないと聞いて……でも樫の木に、帽子を取られて泣いていた、小さなレディのお顔が、狼城から送られた、絵姿そっくりだった』

 寝台を取り囲むカーテンは、まるで森のような、樹々の模様。


『あの日たまたま、親を亡くした子ウサギを、見つけた後で……確かこいつの、三代前かな?』

 そして、ふわりと広がる、草花が一面に刺繍された、掛布団。


『いつもウサギを、連れてる訳じゃないよ?』

 鼻をくしゃりとさせて、照れたように笑った、先程のお顔が――10年前と重なって



 まるで

「あの日の野原に、いるみたい……」

 シャーロットは、うっとりと、眠りに落ちて行った。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 相変わらず、お嬢様の可愛さには誰も勝てない模様……笑 狐狩り……(´・_・`)
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