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冬の旅立ち  作者: 貴神
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冬の旅立ち(後編)

翡翠の貴公子と金の貴公子は、果たして間に合うのか?


御別れの御話のラストです。

太陽の館を出てから一刻半後、翡翠の貴公子は南部のシェパード家に到着した。


シェパード家の門は開門されており、親族であろう貴族の馬車と商業馬車が何台も入っていた。


其処へ単身で訪れた翡翠の貴公子の下に、直ぐに使用人のメイドが駆け寄って来た。


「翡翠の貴公子様!! どうぞ此方へ!!」


馬は任せて、翡翠の貴公子は荒く呼吸をし乍らメイドについて行く。


案内された場所は、シェパード家の本館の奥に在るしろの館だ。


此の館が快の貴婦人の棲む館で在る事を、翡翠の貴公子は知っていた。


そして長い回廊を歩いて辿り着いた扉は、快の貴婦人の寝室だった。


「どうぞ」とメイドが扉を開くと、翡翠の貴公子は呼吸を落ち着かせて中へ入った。


其処には金の貴公子を除く同族全員が集まっていた。


「翡翠の貴公子・・・・」


白銀の貴公子が静かに笑って迎えた。


「母様は・・・・」


翡翠の貴公子が部屋の奥へ行くと、夏風の貴婦人以外の女たちが皆、顔を覆って泣いていた。


翡翠の貴公子は寝台に歩み寄る。


寝台には、よく知っている女性が横になっていた。


自分たち異種にとって母親代わりの様だった、優しく美しい貴婦人だ。


いつも澄んだターコイズブルーの瞳で、子を見守る母の様に見てくれていた其の瞳は・・・・


無かった。


胸の上に組まれた手は、閉ざされた白い瞼が、


もう二度と開かない事を翡翠の貴公子に教えていた。


「・・・・・」


快の貴婦人を見下ろした儘、翡翠の貴公子は其の場に固まった。


間に合わなかったのだ・・・・。


死に目に・・・・逢えなかった・・・・。


呆然と立ち尽くす翡翠の貴公子を気遣う様に、夏風の貴婦人が言った。


「私とらんの貴婦人も間に合わなかった」


其の言葉に一層、蘭の貴婦人が泣く。


「あたし達も間に合わなかったよ」


拳で涙を拭い乍ら、あかの貴婦人が言った。


其の隣には固く口を閉ざしたあかの貴公子が立っている。


「太陽が十を過ぎた頃、母上は眠る様に逝かれた」


白銀の貴公子が落ち着いた口調で告げた。


太陽の十の刻・・・・其れは南部の空を中心に空が一気に晴れ渡った時だ。


「あの時・・・・逝かれたのか」


円状に晴れ渡る空の光景を思い出し乍ら、翡翠の貴公子は呟いた。


かつて空を支配する主神で在った快の貴婦人・・・・。


翡翠の貴公子は床に片膝を着き、頭を垂れると、敬礼した。


そして、ゆっくりと立ち上がってシーツに手を着くと、快の貴婦人の白い額に口付ける。


其の様に女たちが一層、嗚咽を漏らして泣く。


普段、毒舌ばかり吐くしろの貴公子の目にも泣き痕が残っている。


誰もが快の貴婦人の死を憂いていた。


快の貴婦人とは短い間しか接する事のなかったあかの兄妹も、


彼女の母親の様な優しさに愛情を感じていた。


故に赤の兄妹も又、憂いを隠せなかった。


寝室は哀しみに暮れる嗚咽が暫く響いていたが、


蘭の貴婦人がぼろぼろと涙を零し乍ら夏風の貴婦人を振り向いて言った。


「夏風の貴婦人は・・・・知ってたんでしょ?!


母様が・・・・母様が、こうなるって・・・・!!」


知っていたからこそ、慰安旅行で皆で快の貴婦人の昔話を聞く事を設けたり、


最後の日に一人一人に快の貴婦人に挨拶をする事を、夏風の貴婦人は提案したのだろう。


「知っていたわ。復活祭の前日、此の館に来た時、判ったの。


私と白銀の貴公子と翡翠の貴公子は、母様の死期に気付いてた」


静かな口調で答える夏風の貴婦人に、蘭の貴婦人は声を荒げた。


「どうして?! どうして教えてくれなかったのっ?! 私・・・・私・・・・


何も知らなかった・・・・また御話聞いて下さいねって・・・・私、母様に・・・・」


最後の夜に快の貴婦人と交わした言葉が蘇る。


「次逢った時に・・・・母様から貸して貰ったハンカチ返そうって・・・・私・・・・


私・・・っ」


こんなの、あんまりだわ!!


蘭の貴婦人は大声で泣きじゃくった。


夏風の貴婦人は黙って立っていたが、静かな口調で言った。


「母様に死期が訪れている事を先に知ってたら、あんた、あんなに自然に楽しく笑えた??」


「・・・・・」


其の言葉に返せる者は居なかった。


皆が自然に楽しむ姿を、何より嬉しそうに微笑んで眺めていた快の貴婦人の姿を、


誰もが覚えている・・・・。


もし先に快の貴婦人の死期が来ていた事を知っていたのなら・・・・きっと、


ぎこちない笑みしか浮かべられなかった事だろう。


其れが蘭の貴婦人にも悔しい程に判った。


そして快の貴婦人の死期を知り乍らも、あんなに皆を盛り上げてくれた夏風の貴婦人を、


普段と全く変わらない様子だった白銀の貴公子と翡翠の貴公子を、心底凄いと思った・・・・。


しゃがみ込んで泣きじゃくる蘭の貴婦人に、白銀の貴公子が傍に来ると腰を屈める。


「蘭の貴婦人。母上のハンカチを・・・・貰ってくれるだろうか??」


「・・・・・」


蘭の貴婦人が吃驚した顔で白銀の貴公子を見上げると、彼は柔らかく微笑んだ。


「君が貰って大切にしてくれたら、母上は、さぞ喜ぶだろうから」


「・・・・・」


蘭の貴婦人は声を出す事が出来なかった。


ただ必死に何度も何度も頷いた。









夕暮れには、まだ少し早い刻、シェパード家で葬儀の準備が行われる中、金の貴公子が到着した。


金の貴公子が案内された部屋は快の貴婦人の寝室ではなく、白の館のサロンだった。


「遅くなりました・・・・」


気不味そうに金の貴公子が部屋に入って来ると、皆、椅子に座って茶を飲んでいた。


「母様は・・・・」


そう言い掛けて、台の上の棺桶に気が付く。


そっと近付いてみると、白く豪華な棺桶の中には敷き詰められた花と彼の知る顔が在った。


「・・・・・」


金の貴公子はぽろぽろと涙を零すと、歯を食い縛って泣いた。


自分は間に合わなかったのだ・・・・。


そんな金の貴公子の背中を、白の貴公子がポンポンと軽く叩いてくる。


普段ならば目の前に居るだけで、いがみ合う二人だったが、


今ばかりは互いに目を交わして手で涙を拭った。


金の貴公子が落ち着いてサロンを見渡すと、皆、厚着だったり毛布を着込んでいた。


暖炉には火が点いておらず、快の貴婦人の遺体を腐らせない様にしているのが判った。


「ほら。茶でも飲みなさいよ」


夏風の貴婦人に勧められ、金の貴公子が席に着き、温かい茶を啜っていると、


白銀の貴公子と春風はるかぜの貴婦人が居ない事に漸く気が付いた。


おそらく葬儀の事で色々と忙しいのだろう。


そう思ったのも僅かの間、二人が部屋に入って来た。


「金の貴公子、来てくれて有り難う」


柔和に微笑む白銀の貴公子に、金の貴公子はぶるぶると首を横に振った。


一番遅く来てしまった事を気にしている金の貴公子に、あくまで笑顔で返して、


白銀の貴公子が改まった声で言った。


「皆、来てくれて有り難う。きっと母上も喜ばれている事だろう。


実は母上から遺言を預かっていたんだ」


白銀の貴公子の其の言葉に、皆が大きく目を見開いた。


すると春風の貴婦人が一歩前へ出て、澄んだ声で遺言を述べ始める。


「母様からの遺言です。


『わたくしの愛しい子供たち。わたくしは貴方方に出逢えて、本当に幸福でした。


 沢山の幸福を有り難う。わたくしは己の死を知り、其れを視ました。


 わたくしは一代目ではなかったのです。わたくしの愛する子供たち。


 共に逃げ、来世で逢いましょう・・・・』」


誰もが不思議そうに顔を見合わせた。


「一代目・・・・??」


「共に逃げるって・・・・??」


「どう云う意味??」


快の貴婦人が何を伝えんとしたのか、誰一人として判らなかった。


だが夏風の貴婦人は顎に手を遣ると、思い付く事を言ってみた。


「何故かは判らないけど、私は母様の死期が判ったし、母様も自分の死期を知っていた。


もしかしたら自分の死期を感じる事で、母様は何かが視えて判ったのかも知れない」


「って事は、あたし達が自分の死期を感じたら、母様の言う意味が判るって事??」


赤の貴婦人が問うと、夏風の貴婦人を始め皆、難しい表情になる。


若い異種で在る彼等が其の遺言の意味を知るのは、まだ、ずっと先の未来だったのだ・・・・。









快の貴婦人の葬儀は盛大なものではなかったものの、多くの参列者が訪れた。


彼女の棺は百年も前に他界した彼女の最後の夫、


カーク=レィランド=シェパードの墓の隣に埋められた。


喪服を着た人々が絶え間なく列を作り、墓に花を捧げていく。


其の一人一人に丁寧に挨拶をする、白銀の貴公子と春風の貴婦人。


既に葬儀に参加し終わった異種たちは、少し離れた処で其の光景を見ていた。


しろの夫妻も大変だわね」


喪服姿の夏風の貴婦人が笑うと、皆も頷いた。


異種で在り、又、指折りの上流貴族の総帥夫妻の彼等は、本当によく遣っている。


「今日一日、あの二人は解放されないだろうし、私たちは私たちで酒でも飲み乍ら、


追悼会でも遣りますか」


ウィンクしてみせる夏風の貴婦人に、皆が微笑み乍ら頷いた。


まだ少し冷たい春の風が吹き抜けて行く。


空は雲一つなく晴れ渡っていて眩しい。


「蘭の貴婦人」


蒼花あおはなの貴婦人が小声で蘭の貴婦人に声を掛けてきた。


「貴女の神力を、わたくしに貸して」


「え??」


蘭の貴婦人は吃驚した顔で喪服姿の蒼花の貴婦人を見る。


「手を・・・・」


蒼花の貴婦人が手を伸ばしてきて、蘭の貴婦人は首を傾げ乍らも其の手を握った。


すると・・・・。


真っ白な蘭の花びらが、まるで雪の様に空から降り始めたではないか。


挿絵(By みてみん)


「おお!! 雪が・・・・いや、花だ!!」


「まぁ・・・・綺麗・・・・!!」


喪服を着た人々が空を見上げて歓喜の声を上げる。


其れを遠目に見乍ら、


「私は蒼い花びらしか降らせられないから」


微笑する蒼花の貴婦人に、蘭の貴婦人は漸く目の前の光景を理解した。


かぜ系統の自分には、花を降らす事は出来ない。


そして蒼花の貴婦人は花を降らす事は出来るが、其れは蒼い花びらのみ。


けれど二人で神力を融合させれば・・・・


空からは絶え間なく真っ白な蘭の花びらが舞い降ちるのだ・・・・。


芳しい皓い花びらが宙を舞う・・・・。


春風に乗って、はらはらはらはらと綿雪の様に舞い落ちる・・・・。


其れは同族の母で在った快の貴婦人の旅立ちを祝うかの如し・・・・。


空は雲一つない快晴。


冬は終わり・・・・春が訪れたのだ。

この御話は、これで終わりです。


快の貴婦人の言葉は伏線ですので、その内、意味が判ります。


そして、これで、彼女の長い人生は終わりました。


少しでも楽しんで戴けましたら、コメント下さると励みになります☆

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