第46話「ぎりぎりの終局」【挿絵】
”あの時ほど竜神の加護に感謝した時はありませんでした。
颯爽と駆け付けてくれた彼らは、神話の英雄のようでしたよ”
南部隼人のインタビューより
Starring:南部隼人
『南部中尉! 約束の件は果たしてもらうぞ!』
ワルゲス・ゾンバルト見参!
無線越しに聞こえてきただみ声は、まさしくあのワルゲス中佐だった。
『南部、良く持ちこたえた! 突っ込むのは俺達に任せて、お前はお前の戦い方をしろ!』
「了解です! こちらはお任せを!」
隼人は元気よく答える。生きていた菅野直は、銀翼をはためかせて突入してゆく。
旧式機と言えど、〔96艦戦〕は翼面荷重の低い。つまり旋回性能に優れるので、狭い空間で戦う限り勝利の目はある。
ただし、それなりの腕があることは必須である。
隙を突いて一矢報いる事もできるかも知れない。何しろパイロットはあの菅野直なのだ。
『ミズキ中尉を救出に行く! 中佐! ついてきてくれ!』
『応とも!』
急降下してゆく2機の旧式機を見送る。
「あれ、本当にワルゲス中佐か?」
南部隼人は、不遜な事を呟いてしまう。飛び交う飛行機の爆音で事なきを得たが。
すぐぐに頭を切り替え、左後方から襲ってきた〔FM-2〕に対処する。
あとはもう、ここに留まる理由はない。菅野たちと呼応して、ただちに戦場を離れるべきだ。隼人の判断は早かった。
「戦闘止め、各個に離脱せよ!」
爆撃を終えた早瀬沙織機が離脱を開始すると、引き上げの指示を出して沙織のバックアップに専念する。リーム・ガトロンやグレッグ・ニールは心配だが、まずはリィル・ガミノを優先せねばならない。
脱出は困難を極めた。
速力を出そうと機体を上昇コースに乗せた瞬間、横合いから新手が襲ってくるのだ。砲弾もほぼ撃ち尽くし、燃料もかなり危ない。
被弾覚悟の強行突破を決断しかけた時……。
”それ”は現れた。
はるか北方に、黒い砂をばらまいたような点が一面に広がっていった。
敵機はこちらを無視し、泡を食ったように高度を上げてゆく。
だが、間に合わない。
駆けつけた〔隼鷹〕〔飛鷹〕所属の艦上戦闘機〔海燕〕は上方からガミノ軍機と格闘戦に入る事になった。つまり優位戦である。
〔海燕〕は陸軍の〔飛燕改〕を艦上化した戦闘機だ。
既存の機体に空冷エンジンを繋げただけの手堅い飛行機でありながら、使い勝手の良い万能機として重宝されていた。
格上のハイテク戦闘機と言えど、上方からの攻撃を受ければ、結果など見えている。高度の落ちきった〔コルセア〕に急降下急上昇戦法は使えない。
この時参戦したパイロットは語る。
「入れ食い状態だった」と。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
〔海燕〕に続き現れた〔瑞山〕艦上攻撃機が防空網を突破。爆弾と魚雷を投下してゆく。
攻撃隊は空母を最優先目標とした為〔アラスカ〕に被害は無かったが、〔ワスプ〕級2隻はそうはいかなかった。
〔瑞山〕が投弾した二五番が旗艦〔ワスプ〕の飛行甲板を貫通、格納庫内で炸裂した。
〔ワスプ〕級は開放型格納庫の持ち、爆風をある程度逃すような構造をしているが、航空母艦としては過渡期のフネに過ぎない。
後の〔エセックス〕級大型空母のように第一甲板に装甲は張られていないのだ。構造の脆さはいかんともし難かった。
彼女はただ一発の爆弾で空母としての機能を喪失してしまう。
旗艦の〔エルスト・ガミノⅠ世〕も無事では済まなかった。
爆撃機は直掩の〔FM-2〕が必死に追い払ったが、彼らの目が上空に向いた瞬間、海面スレスレで突っ込んできた〔瑞山〕の反跳爆撃が横腹で炸裂する。巨大な火球と共に、大量の海水が流れ込んだ。
飛行甲板こそ無事だったが、優速を誇っていた船足は、見る影もなく落ち込んだ。
ガミノ艦隊にとって救いだったのは、ダバート海軍機が遠距離からの攻撃だったために、十分な攻撃時間が取れなかったことだ。
それでも、空母2隻をほぼ使用不能にされ、艦隊としては死に体であると言って良い。
中型とは言え、戦闘用に設計された正規空母が、商船改造の戦時急造空母に一方的に叩きのめされたのだった。
原因は明白だ。僅か7機の戦闘機に翻弄されて周囲の警戒を怠り、偵察機の増派を具申する参謀長を遠ざけた司令官に責がある。アンドレイ・ナイフ中将は、その責任を最後まで自覚することは無かったが。
また、ガミノ艦隊は運にも見放されていた。
このクラスの艦隊になるとレーダー装備のピケット艦を艦隊外周に配備し、攻撃を察知する戦術をとる。そのピケット艦は海底にその身を横たえていた。
クーリル諸島に艦隊来襲を警告した〔伊-6〕潜水艦が、単艦で行動するピケット艦を発見し、これ幸いと魚雷の一撃を見舞ったのだ。そして、ナイフは代替の駆逐艦の配置を命じたが、条約軍の攻撃隊が上空を通過した後だった。
南部隼人は後に艦隊の不運を下記のように評した。
「前世のミッドウェイを上回る間の悪さ」と
もはやガミノ軍の構えたナイフは、ケーキを切り分ける立場にはなかった。
第一撃の戦果を見て、救援艦隊では第二次攻撃隊の編成が行われた。
しかし、護衛艦隊を指揮する海上護衛総隊の牟田口中将は断固として主張した。
「それでは間に合わん!」と。
「第二次攻撃隊は簡易空母の〔大鷹〕〔沖鷹〕から出す! 主力部隊は帰還する第一次攻撃隊を拾いながら敵艦隊との距離を詰めて頂きたい! そうすれば第二次攻撃隊は〔隼鷹〕〔飛鷹〕で収容できる!」
外様である海上護衛総隊からねじ込まれた作戦に、なんてとんでもない提案をするのだと艦隊司令部は皆頭を抱えた。
牟田口と言う男、中東の治安維持任務で性根を叩きなおされても、陸軍仕込みの敢闘精神だけは治らなかったようだ。
だが実際問題、敵空母を仕留めるかどうかの瀬戸際である。
それに同じ護衛空母でも、〔大鷹〕〔沖鷹〕はより船体が大きい。米国や後発の急造型護衛空母と比べ、ある程度の艦隊戦にも対応できる設計だった。
艦載機も〔海燕〕及び〔瑞山〕と、少数ながら〔隼鷹〕型2隻と同じ機体を揃えている。
艦隊司令は、この提案に乗る事にした。
こうして、ガミノ海軍第3艦隊の運命は決した。