第40話「7対40の大空戦」
”クーリルの戦いは、少数による島嶼防衛の成功例として教本に載るべき事例である。
このような作戦計画を、一介の中尉が即席で考えた事実には驚嘆を禁じ得ない”
ゾンム帝国クロア方面軍司令官 ジョージ・パットン中将著『箱舟戦争回顧録』より
Starring:南部隼人
最初に生贄となったのは、上空を警戒していた〔コルセア〕だった。
菅野直の〔紫電改〕が放った20mm砲弾に防弾ガラスを貫通され、キャノピーを真っ赤に染めて墜落してゆく。
もし中空域に戦闘機を待機させていれば、こうは上手くはいかなかっただろう。期待通り通り敵は、7機の戦闘機を認識していない。
意固地になったアンドレイ・ナイフ司令が、ジョセフ・ミラン参謀長による偵察の具申を却下し続けたことも原因。だが攻撃に夢中になって接近してくる戦闘機を見落としたのは、初陣故の油断であった。
戦場の上空を飛び回る敵はざっと40機といったところ。
うち10機は爆撃機なので、空戦では新鋭機の脅威ではない。こちらは戦闘機を引き付けておけばいい。
1人で4機落とせばいいのだ。
「各機、〔コルセア〕との空戦はあとで好きなだけさせてやる。まずは編隊を引っ掻き回して敵を拘束しろ!」
南部隼人は念押しで指示を出すが、6人の勇士たちは百も承知だった。戦闘は入り乱れての乱戦となる。
そしてそれは、重量級の〔コルセア〕にとって、最も相性が悪い戦場だった。
重量級の戦闘機は、概ね加速性能に劣る。
直線機動で最大スピードまで加速されれば、〔疾風〕や〔紫電改〕であろうと〔コルセア〕に追いつく事は叶わなかっただろう。だが身軽な敵との乱戦は、ガタイの大きな〔コルセア〕にとって遠慮したい局面であった。
〔コルセア〕は「ダイブアンドズーム」と言う得意の戦法を持っているのだが、それは自機が敵より上空に居ないと使用できない。この戦闘は低空域。彼らにとってもっとも有効な戦術が封じられた状態でゴングは鳴った。
そしてこちらには、魔導式の耐Gスーツと言う武器がある。
的確に機動する限り、そうそう遅れをとるものではない。ただし、物量差を何とか出来たならば。
最初に後ろに付かれたのは、経験で劣るミズキの〔疾風〕だった。
『ミズキ! シザーズだ!』
『了解』
隼人の声を受けて、ミズキの〔疾風〕がジグザグ機動を行う。
〔コルセア〕はある程度の小回りこそ利くものの、あまり低高度ではエンジン性能が低下する。セオリーならばいったん離脱して上昇、高度を稼ぐ。敵がそれを待っていてくれた場合だが。
後方から滑り込んできた僚機の沙織が、〔コルセア〕の尾翼を粉砕し撃墜する。
『恩に着ます!』
『当然です! 新手が来ますよ!』
沙織機が再加速を行うタイミングを突いて、後方から〔コルセア〕が突っ込んでくる。
彼女は動揺することなく、慎重に風の魔法を発動させた。
前方より範囲数メートルの空間に突風が吹き荒れ、沙織機のスピードが急速に低下する。
オーバーシュートした〔コルセア〕に向け再々加速。照準を合わせ射撃、撃墜する。
しかし敵戦闘機もさるもの、指揮を執っているのが隼人機だと気づき、次々と向かってくる。
もっとも、こちらはそれに応じるつもりはない。急上昇と急旋回を駆使して逃げ回り、1機でも多くの敵を引き付ける。
その間に、菅野とグレッグ、沙織とミズキのコンビが、次々と〔コルセア〕を星に変えていった。
『爆撃隊! 攻撃を!』
〔疾風〕及び〔紫電改〕に敵の意識が集中している間に、低空飛行で突っ込んできたリームの〔Fw-190〕が60キロ爆弾を次々投下した。
『ガミノ兵共! 永遠にグッドナイトよ!』
工作班が徹夜で作った手製の懸架装置だったが、見事に機能した。小型爆弾が戦場ににばらまかれてゆく。
浜辺に荷揚げされたばかりの重装備が次々に瓦礫と化す。
攻撃を終えた〔Fw-190〕は急上昇に入る。
機体の重いフォッケウルフだが、強力なエンジンパワーで上昇力は良好。追撃してきた〔コルセア〕が襲い掛かってくるが、最適な攻撃位置に着けなかった。
〔Fw-190〕を追いかける〔コルセア〕の背後にサミュエルの〔ゼロ戦43型〕が現れる。
欧州大戦仕込みの射撃は、現用型の光学照準器を通しても変わらず発揮された。〔コルセア〕のフラップがはじけ飛び、ガソリンの尾を引きながら海面に吸い込まれてゆく。
もう機がリームの尻尾に付くが、彼女が操る〔Fw-190〕は機体を横倒しにして螺旋状にくるくると回る。
「バレルロール」と言う機動だ。螺旋を描いて飛ぶ事で減速し、追撃機をオーバーシュートさせる。旋回性能に劣る〔Fw-190〕が格闘戦で勝ち抜くための技術であり、リームの得意技だ。
重火力を誇る〔Fw-190〕の一斉射撃に、さしもの〔コルセア〕も耐えられない。
懸案だったサミュエルのブランクも全く問題にならない様子。あとは、格闘戦の苦手な〔Fw-190〕と、初陣のミズキのフォローを考えていればいい。
『沙織、もう少し上昇しろ。大尉、右後方に敵機です』
敵の圧力が減ったところで、隼人は高度を上げて各機に指示を出す。
南部隼人の得意分野は編隊での組織戦だ。
最終的に勝つことが出来れば、撃墜数などは拘らない。それが彼のスタイルだ。
だが、今回ばかりは少々敵の数が多すぎた。
隼人機に殺到してきた〔コルセア〕に囲まれ、上後方と下後方から挟み撃ちを受けてしまう。
機体を横に滑らせ、フェイントを織り交ぜながら攻撃を回避する。
こんな時、隼人は大技に頼らない。
ただ、セオリー通りに対応する。それだけだ。
高速で飛ぶ飛行機の操縦は、ちょっとした誤操作で大きく機動を狂わせる。
そして極度の緊張と疲労に晒される戦闘時は、このミスが頻発するのだ。
逆に言えばこちらが正確な機動を続けていれば、敵は必ずボロを出す。
案の定、こちらを追撃していた1機の〔コルセア〕が、旋回の輪を大きく外れて飛び出した。
だが敢えて追わない。もう1機を片付けてからだ。
右方からこちらを狙っていた〔コルセア〕は、突然連携を断たれて攻撃続行か回避機動か、一瞬だけ決断が遅れた。
空戦では単調な機動は死に繋がる。たとえ一瞬であってもだ。
操縦桿を倒す。
耐Gスーツが両足を締め付け、|頭に血が足りなくなり失神することを防ぐ。
隼人は体内の魔力器官を少しずつ開放し、身体強化の魔法を発動する。
10秒しか使えないが、空戦のGを防ぐ事が出来る。センスに劣る彼の数少ない武器だ。
〔コルセア〕の尾翼がどんどん近づいてくる。
トリガーを引いた。
曳光弾を吸い込んだ尾翼は弾け飛び、戦鳥は落伍する。
すぐさま機首を転じて、オーバーシュートした2機目に照準を合わせ、ガソリンタンクを吹き飛ばした。
たちまちのうちに、なんの大技も使わずに2機の最新鋭機を葬る。
これが資質を持たない南部隼人が会得しえた、”答え”であった。
そして乱戦は、7機の戦闘機による狩場となった。