人形送り
当時付き合っていた彼女と一緒に体験した出来事。
大学の課外活動で、山奥の小さな村へ行った。村の伝統を体験したり、郷土料理をご馳走になったり…とても有意義な1日だった。
「今日の活動はこれで終わりです。全員車で帰るか、近くにある電車に乗って帰ってください。お疲れさまでした」
課外活動は夕方の5時に終了した。自家用車かタクシーを利用して帰る生徒が大半であったが、俺と彼女は免許を持っておらず、村の近くにあったローカル線を使うことにした。
「来る時は車に乗せてくれたのに、帰りは乗せてくれないとか…あの先生ケチだよねぇ~」
「仕方ないだろ。まだ仕事が残っているみたいだし…」
俺と彼女は何気ない話に花を咲かせながら、村の近くにある駅に向かって歩いた。村の出入口から歩いて15分。俺たちはローカル線の小さな無人駅に到着した。
「ねぇ見てよ!改札口に誰もいないよ!切符は…あの箱に入れるのかな?」
彼女は初めて見た無人駅に興味津々だった。
「たぶんね。次の電車は…1時間は待つな…」
田舎の電車ではよくあることだ。俺と彼女は切符を買うと、ホームに1つしか置かれていないベンチに座りながら、次の電車を待つことにした。
「セミの声はうるさいし、蚊もたくさん飛んでる…田舎の駅って大変だね…」
足をバタバタとさせながら、退屈そうに周りを見渡す彼女だったが、ここで不思議なことが起きた。
「ねぇ、あれ電車じゃない?」
彼女が線路の先を指さした。
「えっ?…あっ!」
線路の先から小さな明かりが見える。次の電車が来るまでまだ時間があるはずだが…
「回送電車かな…」
無人駅に入ってきた電車は、2両編成の小さな電車だった。ローカル線で2両編成は、特に珍しいことではない。ただ、乗客の様子が少し変だった。
「みんな『喪服』だ…」
乗客が全員喪服なのだ。前の車両も後ろの車両も、喪服を着た人たちが会話することなく、静かに座っている。
「お葬式の帰りかなぁ?」
2人で電車の車内を見つめていると、目の前にある電車の自動ドアが静かに開いた。
「ねぇ、乗ろうよ!」
彼女が俺の手を引っ張りながら、電車の中へ乗り込もうとした。しかし…
「次の電車にしない?なんかさぁ…俺…乗りたくないや…」
俺は電車に乗ることを拒んだ。なんというか…とにかく乗りたくなかった…
「えぇ~!せっかく電車来たのに?次待つのめんどくさいし、これに乗って帰ろうよぉ!」
彼女は電車の中へ乗り込むと、俺に向かって手招きをした。
「いや、本当にやめといた方がいいぞ?次待とうよ!なっ?」
「まだ明日の課題終わってないの!ユミたちと一緒に飲む約束してるし、今日は早く帰り…あっ!」
俺は彼女を説得しようとしたが、無情にも電車のドアが閉まってしまった。彼女はスマートフォンを持ちながら、俺に向かって手を振っている。後で連絡するという意味だったのかもしれない。
「…大丈夫かなぁ」
しばらくして、時刻表に書かれていた時間通りの電車が無人駅の中に入ってきた。先程の電車が気になった俺は、乗っていた車掌さんに不思議な電車が来たことを伝えてみた。
「んんっ?この時間帯で乗車できる電車は、この電車だけですよ。貸し切りの電車も通ってないし…」
「えっ?」
その日をきっかけに、彼女は姿を消してしまった。
いや、行方不明になったのではない。
「○○ちゃん?誰それ?」
「ウチの学科にそんな子いたっけ?」
「課外活動に参加している生徒の名前に〇〇さんという人はいませんねぇ…」
彼女はみんなの「記憶」から消えてしまった。大学の友達や先生、アルバイト先の先輩や店長。そして彼女の両親や兄妹も…みんな彼女のことを忘れてしまった。
スマートフォンに保存されていた彼女の写真やSNSの会話はすべて消去されており、彼女の存在を証明するものは、すべてこの世から消えてしまった。
…これは課外活動中に村のおじいさんから聞いた話なのだが、かつてこの地域には奇妙な風習が存在したらしい。
村の罪人を処刑する方法で「人形送り」と呼ばれるものがあった。人形送りとは、疫病や災厄を防ぐために人形を川へ流すという儀式なのだが…
この村で行われる「人形送り」は、罪人を生きたままの状態で小さな船にくくりつけて、そのまま川へ流すという恐ろしい儀式だった。罪人は船が転覆して溺れ死ぬか、獣の餌になって食い殺されてしまう。
この「人形送り」で処刑された罪人は『最初から存在しなかった』ことにされるらしい。処刑なんかされていない、そんな奴は最初から存在しなかったのだと…
彼女は一体どこへ消えてしまったのか。それとも彼女は最初から存在しなかったのか。もう何もわからない。本当に何も…
「ねぇねぇ!木下くんは彼女とかいるの?」
「うん、いたよ。名前忘れちゃったけど」