それは社内懇親会での事だった3
吉さんは俺に自身の営業活動について来て感想を求めた。
ええ? 何で答えたらいいのだろう。
「さっきの二件、初めのテレビ会議は吉さんはずっとお話を聞いているだけでした。そして、品川のお客さんは逆に吉さんがお話を進めていました。すごいなと思いました」
アイスコーヒーを飲んでいた吉さんが吹き出した。
「すごい? え、それだけ? 他に気づくことはなかったか?」
え? なんだろう。思い出せ! 思い出せ! トメルよ!
「あ、品川のお客さんのところで出したデータ。あれって、権藤さんが作った資料だけではないですよね? 吉さんのお手製のものですか?」
吉さんは俺の質問に対してニヤリと笑った。
「そう。俺の手製の資料。品川のお客さんと同業他社、いわゆる同じセクターのお客さんのデータを集めて、比較したの」
「え? でもアーム型ロボ売るためにそこまでやるんですか? それに……」
「それに何?」
俺は本当に疑問に思っていた事をぶつけた。
「話を聞いているだけで、また他社の比較資料を見せて、結局は売れるんですか」
カラン、吉さんのアイスコーヒーのグラスの氷が溶けた音だった。
ヤバい気まずい事言ったかもしれない!
一瞬の沈黙……。あぁ、俺は怒られせるような事言ったかなぁ。
吉さんは微笑みながら俺に言った。
「売れないよ。今のままでは」
「え? そうなんですか。だったらなぜ」
なぜの『ぜ』を言い終わる前に吉さんの言葉が被さる。
「最初のテレビ会議のお客さんは、まずお客さんの言い分を全て聞く事が大事なんだよね。外資系のメーカーからもセールスが来ている。もし、ここでダメですよ外資は。とか、相手が選ぼうとしているものを否定したら、もうお客さんはどれだけ良い提案も聞いてくれない。」
吉さんは熱を帯びたように話し出す。
「だからこそ、ひたすらに話しを聞く。そして価格をコストを抑えるだけで、果たしてお客さんは業務が遂行できるのか、自問自答をしていく」
「なるほど! でも今日は吉さん、あのお客さんには商品の提案をしませんでしたよね?」
吉さんはコップの水を一杯飲み、話し続けた。
「時代くん、会社や企業が商品を買おうとするにはね、最終的には誰の許可がいると思う?」
「え? それは会社の社長、もしくはその部署の責任者では?」
「その通り。だからといって初めから社長に提案は?」
「できません。アポは取れないし、そもそも商品の提案は聞かないかもしれない」
「そう。仮に社長などのトップに会って、いきなり提案したら……。または専門的に部署の責任者としてやっている人をそっちのけで提案したら面目が潰れるか、ヘソを曲げて、もう提案を聞いてくれないかもしれない」
俺は吉さんの話に聞き入った。
「はじめのテレビ会議では、とにかく話を聞いたのは、この人は、機動社の吉って人は外資系のメーカーのセールスよりも俺の話をよく聞いてくれる人だと、認識してもらうためだよ。これを続けないとね、買ってはくれない、それどころか話は聞いてくれない」
なるほど、この人は商品を売る前に自分を売り込んでいるんだ。テレビ会議とはいえ、オンラインとはいえ、人と人は話す事で分かり合える。
「今日、明日で結論は出ないけれど、地道に見えるかもしれないけれど、人間関係を作っていかないと、アーム型ロボどころかカタログすらも受け取ってくれない」
ロボの開発、怪獣災害の事しか頭になかった俺にとっては、吉さんの話は営業マンとしての基本中の基本を教わっている気がした。
「そういや、明日は社内懇親会だったっけ? 時代くんの歓迎会も兼ねた」
「そうです。 まだ会社の人とちゃんと話せてないし、それに……」
「それに何?」
「まだ社長の十田さんとお話もできてませんから」
「あぁ、そうか。社長も忙しいからなぁ、でも時代くんさぁ」
「はい!」
「あんまり焦って、なぜ僕はロボの開発やりたかったのに、どうして営業なんですかとか社長に言わない方がいいかもね」
「え?」
吉さんはタバコをカバンにしまい、伝票を手にして立ち上がった。
「俺は営業しか出来ないし、知らないけれども、どの仕事にも何かを売り込む事はあると思っている。だから営業しか教えられないけれど、いつか時代くんの役に立つ時が来ると思う」
営業しか……『しか』ではない。営業が、『が』である。
なるほど、人間関係を作る事が出来なくては、やりたい事もできないのかもしれない。
俺たちは会社に戻るため駅に向かった。
「あ、品川のお客さんはデータが大好きだから、それが理由ね」
「え? それだけですか!」
「それだけとは何だ! 相手の大好きな物から会話の糸口をだな……」
夕闇の迫る品川駅は退社の人でごった返していた。




