それは八年前の日曜の夕方だった
お気に入りリストに入ったアニソンを聴きながら、俺は机の上で戦っていた!
やっと手に入れた、アニメに出てくるロボのプラモを作っているのだ。
宿題を終えて、やっとプラモとはいえロボを作ることができる今、最高の時間を過ごしている。
「ああ、100分の1のサイズだと、パーツも一つひとつが大きく感じるなぁ」
まだ、上半身の組み立ての最中で、今まさに頭部を作るところだった。
「お兄ちゃーん! ごはんだよ!」
妹の大きな声で、手元が狂った。
ガシャーン!床に組み立てた頭部を落としてしまった。
「あーあ、ツノなくしちゃったよ、どこだ」
椅子から降りて、俺は自分の部屋の床を背屈ばるようにして、なくしたパーツを探した。
「もう、お兄ちゃん、何やってんのよ! ごはん!さっきから言ってるでしょ」
妹が部屋に入ってきた。
「うるさいな、メグル。ノックぐらいしろよ。お前のデカい声でびっくりして、お兄ちゃんパーツなくしたじゃないか。あれ?ないなぁ」
「ええ? 私のせい? 私、普通にごはんだよ!て呼んだだけなのに」
妹のメグルは小学五年生。最近はませてきて何かと俺に口うるさい。
「だいたい中学生にもなって、ロボのプラモてさぁ。なんだかなぁ。友達のお兄ちゃんなんて、バンドやろうとか、自分で会社起こそうて人もいるのに。ずっと今日も部屋でやってたんでしょ?」
「うるさいなぁ、ちゃんと宿題はやったよ。それにバンドとか人それぞれだし。会社作るだぁ? 俺はまだ中学生だぞ! それになロボ作ってるのは、今はプラモだけど、そのうち本物の戦闘ロボ作るんだよ!」
「はぁ? 本物のロボ? 作る? いる? それ?戦闘て、何と戦うのよ」
「それは未知なる外敵とか、来るかもしれないし」
「え? それって本気で言ってるの?いつ来るのよ。小五の私でも分かるわ、アホくさ」
メグルは声がデカいのに合わせて態度もデカい。
メグルは俺の部屋から一階に向かって叫ぶように言った。
「ねぇお母さん! お兄ちゃん。ごはんて呼んでるのに、プラモ作ってるよ! 未知なる外敵とかと戦うためなんだってー!」
やっぱり声がデカい!
二階の部屋から階段を通り越して、一階にまでその声は伝わっている。
その声に反応したのか、母さんが階下から
呼びかけてきた。
「トメル! ごはんだから、下りてきて!」
「はいはい! 今行くよ!」
俺は片手にロボのプラモを持ちながら部屋を出た。
すると、かすかに部屋が、いや家全体が揺れはじめた。
「地震?」
「きゃあ、揺れてる」
ふと部屋を見ると棚の本が数冊倒れた。積んでいるプラモの箱が崩れた。
「あ、俺のプラモ!」
「てか、妹心配しなよ! バカ!」
振動がおさまらない。地響きがかすかに聞こえる。
天井から吊り下げられた電灯は大きく揺れて、携帯電話の緊急速報の音が鳴り響いている。
「お兄ちゃん! 怖い」
「地震だ! トメル!メグル! すぐ下りてこい!!」父さんの声だった。
「ト、トメル! 下りてきて!」
母さんの声だった。
鳴り止まない携帯電話の緊急速報。
「わ、分かった!! メグル!」
「うん!」
地の底から何かが起き上がるように家の床が大きく畝るように感じる。
「おおおおおお!」
俺は思わず声を上げた。
メグルは揺れの続く中でゆっくりと一階に降りていく。
「父さん、メグルを頼む」
父さんはメグルを抱きかかえた。
母さんは心配そうに俺を見ている。
揺れがおさまった。
「あ、あぁ」
なぜだか涙が出てきた。俺は揺れがない事を確認してから階段を下りた。
廊下にかかる額縁は傾いていた。
「ごめん! 父さん、母さん。食事の時なのに」
居間に用意されていた食事は大きな揺れでお膳から落ちて、ひっくり返っていた。
棚に飾ってある父さんのお気に入りの博多人形も倒れていた。
「二階で模型に熱中するのは分からないではないが、いや、まあ命が大事だからな」
父さんは優しく、俺の頭を撫でた。
「あーあー、せっかくの夕飯が。みんな無事で良かったわ。どうしましょうかね」
母さんも平静を取り戻して、お膳からこぼれ落ちたごはんをかたづけようとした。
「お母さん、私も手伝うよ」
「メグル、ありがとう。じゃあ割れていない食器だけお膳に置いてね」
「肉じゃがだったのか、ごめん母さん」
「そうよ、トメル大好きでしょう? ねぇ夕飯、どうしますかね、お父さん」
「そうだな、残ったご飯をおにぎりにして食べるか」
母さんは炊飯器に残ったご飯をおにぎりに、俺と父さんとメグルで居間の倒れた物や夕飯を片づけはじめた。
「父さん、あの地震、震度どれくらいだったんだろう」
「さぁなぁ。あとでテレビのニュースで見てみるかしかし、あの地震」
「何、父さん」
「いや、さっきの地震、本当に地震なんだろうか」
「え? どういう事」
「あの地響き、なんか大きな生き物が動いてるように感じた。地面が畝るような」
「それ、たしかに感じた。大きな生き物!何か地底にいるのかも」
父さんが倒れた博多人形を棚に戻そうとした、その時。
再び揺れが起こった。
「また、地震だ! 父さん!!」
「お父さん、お兄ちゃん! 怖い!」
地の底から何かが起き上がるような大きな揺れだ。
地面が大きく盛り上がっていくように一階の居間が大きな音を立てながら、どんどん壊れていく。地面が盛り上がってきている。
「おおおおおおおおお!」
父さんとの間を裂くように居間が、地面が裂けはじめた!
お膳が、母さんの並べた食器が、家の家具が裂けた地面の方へ吸い込まれていくように落ちていく。
「母さん! トメル、メグル、逃げろ! 家から出ろ!」
父さんは必死に俺たちを家の外に出るように叫んだ!
「父さんは? 父さんはどうするの?」
「大丈夫だ! トメル!トメル! これ地震じゃないかもしれない、メグルを連れて逃げろ! 生きろ、生きろよ」
「ちょっと待ってよ! いきなりもう会えないような話しないでよ! お父さん!」
ふと見ると、母さんのいる台所の間も地が裂けている!
家が崩れていく。
「母さん! 母さん! お母さん!」
叫ぶ俺の声に母さんは
「大丈夫よ! こういう地震のときは避難所でね。先に避難所行ってなさい! メグルも!小学校の体育よ!行きなさい」
ふと気がつくと、メグルがいない!
「お父さん! お母さん! メグル!」
「お兄ちゃん!」
いつの間にか、足場が小さくなって、メグルも手の届かない所にいる。
「メグル! メグル!」
どうしても手が届かない。
その瞬間、目の前に砂煙が吹いた。目が見えない!
ふと目を開けるとメグルの姿は消えていた。
「メグル! お父さん! お母さん!」
俺の叫びに誰も答えてくれない。
「トメル! ト、トメル……」
父さんの声だ!でもその姿は見当たらない。
崩れていく家具や柱の向こうから聞こえる。
「父さん! 父さん! 死んじゃいやだ! いなくなったら嫌だ!」
「トメル、ト、トメル。夢を夢で終わらせるなよ。生きて生きて、どうか生きて……」
声が途絶えた。ウソだ。ほんの数分前まで、俺は
プラモを作っていたんだ。妹とバカな会話をしていたんだ。母さんのご飯が美味しそうに見えて、そして父さん。頭を撫でてくれた父さん。
何だよこれ。一瞬で家も家族も消える、て
「どういう事だよー!」
目の前で屋根まで崩れ始めた。
崩れていく床から飛び出して、玄関にたどり着く、なんとか転げるように外へ出た。
「何だ。これは」
地面は大きく隆起して、俺の家だけでない。向かいの家も、隣の家も崩れていた。
何人か、裸足のまま、着の身着のままで逃げ出していた。
地震の影響か紅蓮の炎が家を焦がしていた。炎と煙が空に上がる。
やがて俺の住んでいた家も瓦礫と化していく。
「避難所、避難所に行かないと!」
父さん、母さん、メグルは何とか逃げ出して、先に避難所に行っているかもしれない。
その瞬間、俺は山の方を見た。
「何だ。あれは!?」
それは大きな雲ではなかった。
あの地震で山が二つになったのか、と一瞬思った。違う。動いている!生きている!
どれくらいの大きさだろうか?
熊でもない、いや熊以上の大きさだ!
ビルくらいはあるのだろうか。黒い異業の生き物が確かにいた!
「怪獣だ、これは地震なんかじゃない」
周りを見たけれど、みんな誰も見ていない。俺は周りの人に声をかけた。
「すいません!あれ、あそこ見てください。あの黒い雲みたいな山のような!あれ生き物ですよね?動いてますよね?」
「何、あそこに?黒い雲?見えないよ。ボク、それより避難所に行った方がいいぞ」
「携帯、持ってる人、あっちの山の方、写真撮ってください!何かいますよ!怪獣みたいなのが」
俺は必死で叫ぶけれど、みんな避難所に行く事、家族の安否の確認でそれどころではないようだ。
もう一度、山の方を見ると、黒い異業の影は消えていた。
「何だったんだ、あれ」
俺はなんとも言えない気持ちの中、家族が待っているかもしれない避難所になっている小学校に行く事にした。
裸足で飛び出したから足が痛む。ズボンのポケットに何か違和感がある。
ポケットをさぐると出てきたのはパーツをなくしたロボのプラモ、頭の部分だった。
「こ、これだけかよ!」
そして俺は避難所となった小学校の体育館で、家族を待った。
次の日も、その次の日も。同じ中学の友達とも最初は励まし合った。
その友達も家族と再会し避難所を後にした。
ひと月。鳴らない携帯電話を握りしめ続けたが、避難所も閉めることになった。
探し人の掲示板に父さん、母さん、メグルの名前と年齢などを書いて俺は東京に住む叔母さんの家に預けられることになった。
あの日、すぐに肉じゃがを食べていれば。
あの日、ロボのプラモを作ってなければ。
あの日、あの日、あの日……。
あれは地震なんかじゃない。俺は見たんだ。
あれは怪獣だ。これは怪獣による災害なんだ。
認めたくないけれど、認めたくないけれど
父さんも母さんもメグルももし、怪獣による災害、怪獣災害で死んだのならば。
俺は家族の仇を取りたい。
夢を夢で終わらせるなと言った父さんの言葉、俺は俺は……。
怪獣と戦うロボを作りたい!
怪獣災害から守るロボを作りたい!
俺はそう心に決めた。