第一章「お前も羊だ」
「……報告は以上になります」
エルバス王国の王室にて。
凛とした女性の声が、広い室内に響き渡った。
「シエスタ……。貴殿はまた勝手な行動をとったと聞いたが?」
「ハッ。確かに何か言われた気がしますが、所詮それは雑兵の戯言。力無き者に従うなぞ、天に居る父が知れば涙を流すでしょう」
シエスタと呼ばれた目の覚める様な蒼い長髪を一つに結んだ、見目麗しい、けれども気の強そうな印象を抱かせる強い瞳の騎士の言葉に、対面に座って報告を聞いていた王は頭を抱えた。
しばらくして、王は何を言っても無駄だと溜息をつくと、
「報告御苦労であった。下がれ」
「ハッ! 失礼致します!」
シエスタを王室から出したのと入れ違いに、王の側近が王室へと入って来る。
「今のは、シエスタですな。また何か問題をやらかしたのですか?」
「まあな。今回は付近の村からモンスター討伐の依頼がきていてな。試しに向かわせてみたのだが……結果は散々だったよ」
「……無理もありますまい。あれは誰の指示も受け付けない、一人ではどこに行くか分からないじゃじゃ馬娘。そんな騎士なぞ、モンスターからすれば赤子も同然でしょうな。……解雇はなさらないので?」
「だが実力だけはある。この前の訓練戦では、ケチのつけようも無かったと聞くが?」
「ええ。99人もの騎士を相手に無双しておりました。本人がお腹が空いたから止めると言い出さねば、100人目の騎士にも勝利していたでしょうな」
シエスタは古くから王家の剣として仕えてきた貴族だ。
その訓練は凄まじく、それをこなしてきたシエスタが他の騎士達に後れを取るなぞあり得ない。
……あり得ないからこそ、本人があのじゃじゃ馬な性格なのだが。
「あの実力を手放すのは惜しい。側近よ、何かいい手はないか?」
王のその言葉に、側近はしばらく空を眺め、やがて。
「そういえば陛下、こんな話をご存知ですかな? ここより遥か東の地にある牧草地に、一風変わった羊飼いが居ると」
「……えっ、えっ? 待って? いま俺シエスタについて話してたんだよ? なんで羊飼い?」
「お話は最後までお聞きください。その者は少々問題がある者なのですが、羊を操らせれば天下無双。牧草地に現れたモンスターも、羊を操り追い払った事があるとのことです。どうも本人が言うには、そういう特殊な力を神から貰ったと言っているらしいです」
側近の言葉に王は言葉を失った。
この世界のモンスターは、訓練を受けた王国騎士さえ苦戦する生物だ。
そんなモンスターを羊を操って追い払うなんて話、側近の言葉でなければ冗談として聞き流していただろう。
神から貰ったどうこうの話は置いておくとしても、その統率力は目を見張るものがある。
だが……。
「それは凄いが……その者の問題とは何だ?」
「はい。その者は頭が少々アレなものでして……どうも目に映る大体の物を羊と認識しているそうなのです」
長い。悠久にも思えるような時間が流れた後に、
「馬鹿じゃん」
「はい。馬鹿なんです」
王の隠そうともしない言葉に、側近も即座に答えた。
ここまで言われれば、王にも側近が何を提案したいのか大体分かった。
「……つまりお前は、その羊飼いとシエスタを組ませようと言うのか? 正気か?」
「正気ですとも。彼の者なら間違いなく、シエスタを羊と認識するでしょう。そしてその力でシエスタの実力を発揮してくれると思います。いかがでしょうか?」
「ええぇ……」
手に負えない馬鹿とよく分からない馬鹿を二匹飼うことに、王は死ぬほど苦悩した。
だが、昨今モンスターによる被害が無視できないレベルになってきている事や、シエスタのじゃじゃ馬振りに騎士達からも不満の声が続出しているのを鑑みた王は……。
「……手配してくれ」
「かしこまりました」
苦虫を食い潰すような顔でそう決断した。