再び与えられた、命
――あれから、何日過ぎたんだろう。
長いこと眠ってたような気がする。
目覚めた後の世界は、今までとは何もかも違った。
気のせいかと思ったが、これはどうやら現実らしい。
まず、普通の人々には見えないはずのものが、見えるようになった。
よくある幽霊とか、そんなオカルティックなものじゃなくて、赤外線だの、ステルスだの、そういう類のものが見えるようになってしまった。
ヒマな時は、病室の窓からいろんなものを探したもんだ。
三キロメートル離れたビルの屋上で、あくびしながら仕事をサボっている様子のサラリーマンをしょっちゅう見かけたり、小さい子どもがうっかり手を離して飛んでいった風船が、地上から五百メートルほど上まで登っていくのをぼんやり見ていたり。
それから時々、モールス信号も聞こえてきた。
「SOS」っていうお約束のメッセージから、「愛してる」なんて熱い気持ちまで……世の中には、いろんなメッセージが飛び交っているもんだ、と勉強になった。
夜寝る時なんて、うるさくて眠れなくなるのがストレスだった……まあ、じきに慣れてしまったけどな。
俺がいる病室から数十メートル離れた、詰所にいる看護師さんの会話までよく聞こえた。
仕事の愚痴だとか、差し入れでもらった菓子折の感想だとか……。
時々、俺のこともネタにしていたようだが、知らんぷりしてやり過ごした。
少しずつリハビリを始めて、だいぶ歩けるようになった頃。
気分転換でもしようと、ロビーまでブラブラ歩いてった時のことだった。
窓辺で日向ぼっこしながらお茶をすすっている、一人のお年寄りに話しかけられた。
「若いのにこんなところにいるなんて、めずらしいね。どこか悪いのかい?」
「仕事中に怪我してしまって……サイボ……」
――言いかけて、ハッとした。
俺がサイボーグだってことは、あいつと二人だけの秘密だった。
「あっ! 手術して、今リハビリ中なんですよね~」
あわててごまかす。
一瞬、背中に冷や汗がつたっていった気がした。
「待っててくれる家族のために、リハビリ頑張らないと」
お年寄りに向かって言ったつもりだったが、今思えば自分自身に言い聞かせていたのかもしれない。
「そうかい……大変だね。でも、待ってる者にとって、『必ず帰って来る』って未来が見えているなら……」
お年寄りは静かに、語り始めた。
「――わしには息子がいたんだけども……戦地に赴いて以来、何の音沙汰もないんだ。残された嫁さんと孫が不憫でね……」
ゆっくりと瞼を閉じながら、丁寧に語り続ける。
「孫はわしら大人の前では、涙ひとつこぼさなかった。でも、父親がいないことを同級生に指摘されて、ひとり悲しみに暮れていたのをたまたま見かけてしまってね……。」
開いたその瞳に、うっすら涙が滲んでいるような気がした。
「孫は息子が生きていて、必ず帰って来ると信じているんだ。戦争が終わって、もう十年以上経つのに……。」
そうだ。
終戦からいつの間にか、それだけの時間が過ぎていったんだよな。
でも、お孫さんは息子さんが生きてる、って純粋に信じているんだろう。
お孫さんにとって、いつか息子さんに会うことが生きる糧、希望の灯火なんだ……。
――ああ、ハルカツも俺の帰りを待っててくれてるのかな。
ハルカツに会いたい。
あいつのために、ハルカツのために、再び与えられた命を大切に使っていかないとな……。
「すまないね、こんな話してしまって」
「いえ……こちらこそ、辛い記憶を蘇らせてしまってすみません。でも、無責任かもしれませんが、息子さんが無事であればと願わずにはいられません。お孫さんのために、お嫁さんのために、そしておじいさんのために……」
「……ありがとう。君も、待っててくれる家族のために一生懸命がんばりなさい。まだ若いんだから、すぐに戻れるさ……」
それ以来、俺は日々のリハビリを重ね、この身体に新しく備わった機能について一通り学習し、ようやく医者の許可を得て、家族の元に戻ることができた。
――久方ぶりに見たハルカツの、弾けんばかりのあの笑顔。
きっと、一生忘れないだろうな――。