7.カウントダウン 3
それは、唐突にやってきた。
「ギル様に会えなくなった?」
「ええ……面会を申し込んだんだけど断られたの。『リリア嬢からの面会は全てお断りする様にとの命を受けております』って言われて……。」
いつもの馬車の中で、しょんぼりしたリリアがそんな事を言い出したのは、僕らが高等部の3年の春の話だった。
目の前で凹んでるリリアに、思わず首を捻ってしまう。だって、僕が最後にギル様に会ったのはつい一昨日の話だ。その時はリリアの話も普通にしたし、ギル様もいつもと変わらなかった。……昨日何かあったと言う事なんだろうか?
「ユリアン……これってやっぱり国外追放される流れなのかしら……?」
「そんな訳無いでしょ。大体『ヒロイン』の筈のシルビア嬢、ギル様に興味無いじゃない。ほぼ犬猿の仲って言っていいレベルだし。」
「それは、そうなんだけど!」
「後なんだっけ?『リリア様は私がお守り致しますわ!』だっけ?シルビア嬢に言われてたじゃない。」
「それもそうなんだけどー!」
「挙句つい最近リリアの父上が嫁に出さずに家督を継がせて婿を貰おうか真剣に悩んでたじゃない。国外追放なんてとんでもないと思うけど。」
「…………ユリアン婿入りするの?」
「僕は別にどっちでもいいんだけどね。父上がうるさそうだなぁ。」
そんな僕の全ての反論を聞いたリリアが頬を膨らませて無言で不満を主張している。可愛い。
苦笑しながら頭を撫でてやれば、少し不満そうな目を向けたあと嬉しそうに笑った。
そうなのだ。リリアの言った未来と、現実はかなり違っている。
一昨日の時点でギル様はまだリリアが好きだったし、シルビア嬢なんかライバルどころか騎士のようにリリアにくっ付いている。何か僕にまで対抗するからプライドへし折ってやったけど。
そんなシルビア嬢は僕の事も好きではないが、ギル様の事が何故か大嫌いだ。リリアに近づこうとするギル様に、毎回噛み付いている。不敬罪で捕まる事があるとするならば、確実に僕より先に牢屋行きだろう。
だから、この流れでギル様とシルビア嬢がくっ付いてリリアを断罪して国外追放なんて、万が一にも有り得ないと断言出来るのだけれども……。
「ギル様ねえ……。どうせ大した理由なんて無いと思うけど、後で僕が城に行ってみるよ。書類の件で話もあるしね。」
「ほんと……?」
不安そうに顔を上げたリリアに、意識して笑顔を向ける。任せて、と言った僕の言葉に、リリアが嬉しそうに笑った。
とりあえずあの人に会わなくちゃなぁ。
今後の展開を頭の中で考えつつ、心の中でそう決意した。
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「…………で、どう思う?」
「私に聞かれても分かりかねますわ。あの男がリリア様から離れて下さるならこんなに嬉しい事は無いと思いますけれども?」
「あー……君はそう言うタイプだよね、うん。」
放課後の校舎裏。告白によく使われる絶好のスポットで、何故こんな色気のない会話をする羽目になったのか。全部終わったら絶対ギル様に文句言ってやる、なんて思いながら目の前に居る彼女に視線をむけた。
リリアの言う所の『ヒロイン』である筈のシルビア嬢。もし、国外追放に絡む話だとしたら当事者であるはずの彼女が知らない筈がない。……と、思ったんだけど。
「……ハズレだったかぁ。」
「人の顔見てハズレとは随分ですわね?未来の筆頭公爵とあろうお方が最低限のマナーすら出来ないとはお笑い種ですわ。」
「残念ながらリリアはそんな僕が婚約者で良かったって言ってるんだけどね?知らなかったの?」
「………ほんっとに腹が立つ男ですわね…………。」
不満そうにする彼女だが、こちらだって不満はある。何が悲しくて好きでもない女性と噂になる危険性を抱えてまで密会なんぞしなきゃならないのか。
「……リリアならどんな話でもどんな噂でも何でも大歓迎なんだけどなぁ……君じゃねぇ……。」
「リリア様と比較するの辞めて頂けます?あんな大天使と比べられたら誰だって下の下になり下がりますわ。」
「……君、そういう所素直だよね。」
ふんっ、と音がしそうなぐらい胸を張ってシルビア嬢がそう言い切る。まあ、胸を張って言うことではないと思うけど、リリアが天使だって事については同意だ。誰であろうと異論は認めない。むしろ異論を唱えて来た時点で全力で潰してやる。
まあ、それはともかく……気に食わない部分は多いけど、リリアに危害を加えない、と言う1点については信用してもいいと思うんだよね、シルビア嬢って。リリア自身には苦手に思われてるけど。何と言うか、強く生きて欲しい。
「しかし……そうなるとどうするかな……。直接王城に行くのが一番か……。」
「ユリアン様でしたらそれが一番かと思いますわ。幸いにしてコネも伝手も十分におありのようですし。他の者ならいざ知らず、無下に追い返される事も無さそうですしね。」
「何かトゲを感じるんだよな……まあいいけど……。確かに僕はギル様の補佐をしている上に書類も持ち帰ってる。少なくとも執務室まではノーガードで近付ける筈だから、門前払いになる事は無いだろうしね。」
僕の言葉に、シルビア嬢が無言で頷く。彼女のこう言う聡い所は嫌いじゃない。リリアをノイローゼにした恨みは忘れてないけど。未だに婚約者の立場の僕にねちねち嫌がらせしようとしてくるけど。最近ではリリアも諦めて受け入れ始めてるのはムカつくけど。…………あれ?やっぱり嫌いだな、コレ。
「ともかく……リリア様が国外追放される可能性は全て潰すべきですわ。私じゃなくても、他の方向から何かそう言う可能性があるのだとしたらそこは潰さなくては。」
「君の立ち位置が僕としてはよく分かんないんだけどね……まあその点には同意だよ。」
「私の立ち位置なんて、分かりきってますわ!リリア様が幸せになれる事!私が目指すのはその1点のみですわ!!」
握りこぶしをつくって力説されたけど、意味がわからない。てか可愛くない。それでも現状ギル様より信用出来るのは確かなんだろう。面白く無いけど。
「…………全く、こんな事で失望させないでくださいよ、ギル様……。」
最後に会ったギル様の顔を思い出しながら、言葉を零す。低く呟いた言葉は桜の花が降りしきる春の空気に、溶けて消えた。