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5.彼女がヒロインなんだってさ。



 「……綺麗ねー。」


いつもの馬車を降りて、新しく通う校舎に向かって歩いている最中。ふと、上を見上げたリリアがそんな事を呟いた。今日は高等部の入学式。とは言え、校舎が変わる以外はあまり変化は無い。


リリアが見上げた先には、満開の『桜の花』。

綺麗に咲いた花は風に吹かれてちらちらと花びらを降らせていた。


「桜と言えばお花見よね!」

「オハナミ?」


いつもの馬車を降りたから、急に何か思い付く事は無いと安心しきっていたのだけれども、あんまり関係なかったみたいだ。リリアが突然言い始めた聞きなれない単語に首を捻る。


「オハナミって何?リリアが言うんだからまた食べ物?」

「お花見が食べれる訳ないじゃない、ユリアンは変な事言うのね。」

「……うん、僕にはそれが変かどうかの判別が難しいもんでね。参考までにオハナミとやらが何なのか教えてくれると有難いんだけど。」


リリアがおかしい筈なのに僕がおかしい、みたいな話運びになるのも、いつもの事だ。この程度でいらいらしていたら話が進まない。


取り敢えず僕が悪い、と言う体をとりつつ話を先に進める。


「お花見はね、花を見ながらパーティをするのよ!おやつを食べたりご飯を食べたりお酒を飲んだりするの。」


にこにこ笑いながらそう言ったリリアに、ふぅん、と返事を返す。オハナミはそんなに楽しい事なのかな。あ、ご機嫌で歩きながら鼻歌を歌い始めたリリアを見て前を歩く侯爵令嬢が吃驚してる。 2度見されてるけど、可愛いから止める気は無い。


「オハナミ……要するにガーデンパーティって事?。外で飲食をして楽しむ、と言う説明からすると、合ってそうだけど。」

「全然違うわ!ガーデンパーティとお花見が一緒なんて言ったら、笑われちゃうわよ!」


ぷりぷり怒りながらそう言っているリリアに、その場合僕は誰に笑われるのか突っ込んでも良いのだろうか。前世の知り合いとでも言うのかな。


「そう言ってもね、リリアの説明じゃ違いがよく分からないんだよ。何か明確な違いは無い訳?」

「えっと………あ!お花見は地面にシートを置いて座るのよ!」

「…………ピクニック?」

「それもちがぁーう!!」


だからリリアの説明じゃ違いがわかんないんだって。

苦笑しながらそう言いかけた僕だったけど、急にリリアが立ち止まった為その言葉は口から出てこなかった。


リリアの顔を覗き込むと、いつもとは違う、真顔になっている。


「…………リリア?」

「いた………」


ぽつりとリリアが呟く。まるで僕のことなんか見えてないかのようで、前方から視線が外れる事は無い。


「…………何があったの?」


いつもより少し近めの、リリアの耳のすぐ横で意識して低めの声を出す。一瞬びくりと肩を震わせたリリアだったけど、向けた視線の先に僕がいる事を理解して肩から力が抜けた。


いつもの明るいリリアじゃない。不安そうに揺れる瞳が、余程の事があったんだと物語っていた。


「……ユリアン……あのね、ヒロインが、居たの。」


ぽつりと零された言葉に、内心驚きながらもポーカーフェイスを維持する。務めて冷静な声でそう、とだけ答えて、リリアの頭を撫でた。


『ヒロイン』ってリリアがいつも言ってたあの『ヒロイン』か。正直、リリアが『転生』してるらしいという事は疑ってなかったけど、『ヒロイン』に関しては実在するとは思って居なかった。


だって、ギル様はまだリリアの事が好きだし、公爵家も皆仲がいい。リリアの父上の猫可愛がりだって今も健在だ。


何より、僕がそばに居るんだからリリアの言う孤立する状態になんてなり得ないと思っていた。いや、それは今も思っているんだけど。


「リリア。」

「……なに?ユリアン……。」


少しは回復したのか分からないけど、明らかな作り笑顔で僕に笑いかけるリリアに若干苛立ちを覚える。僕の前でまでそんな顔、しなくてもいいのに。


「……取り敢えず、式典が始まるから行こう。ヒロインについては後でゆっくり考えよう。」

「うん……そうね。遅れたらギル様に叱られちゃうわ。」


そう言って力なく笑ったリリアの手を引いて、講堂を目指す。


ちらちらと振り続ける桜の花びらが、物語の始まりを教えている様な気がした。



✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤



 「早急に。調べて下さい、ギル様。」

「……取り敢えず落ち着け、ユリアン。」


入学式、ホームルームを済ませて迎えに来た馬車までリリアを見送ると、生徒会室に駆け込んだ。


今年度の会長になった為、業務に忙殺されていたギル様にそう言いながら詰め寄ると、僕の剣幕に驚いたギル様が思わず苦笑を浮かべた。


「落ち着いてられるような案件じゃないんですよ。……ヒロインが実在するなんて思っても見なかったんですから。」

「まあな……。でも、リリアが『転生してきた人間』である事はお前だって分かってただろう。であればこの可能性だって予測出来た筈だ。」


ギル様の言葉に、苦虫を噛み潰したような気分になる。


確かに、僕はこの可能性を理解していた。リリアが転生している事だって分かっていたし、全くの妄想や想像では無い事も理解していた。それなのに対策を立てて来なかったのは、僕の慢心だ。頭のどこかで、このまま平和に終わると思い込んでいたんだ。


「お前が取れる行動はリリアを守る事だろう。どんな時でも傍に居て、離れず見守る事が1番大事なんじゃないのか。」


自己嫌悪に陥っていた僕をじっと見ていたギル様が、おもむろにそんな事を口にした。



「そんな事分かってるんですよ。……ギル様の癖に鋭い事言わないで下さいよ……。」

「……お前はどうあっても俺を馬鹿にしないと気が済まないらしいな。」

「気を許している証拠なんですけどね。ギル様はそうは思ってくださらないんですよね……ああ、好意が伝わらないって寂しいなぁ。」

「元気じゃないか。その棒読みやめろ。」



ぺたりと生徒会室の机に突っ伏しながら、ギル様をからかう。いつものやり取りのお陰で、僕も少し冷静になれたようだ。


今から3年後に、リリアが言う通りなのであれは国外追放と婚約破棄が待っている。まあ、破棄する気なんてさらさら無いんだけど。と言うか、むしろギル様だって心変わりする事も無いと思うんだけどなぁ。リリアに詰め寄るギル様なんて、想像すら出来ない。



何処をどうしたら最悪のシナリオにたどり着くのか、分からないけれども。取り敢えず情報収集から始めよう。



そう決意した僕が見つめる窓の外では、未だ降り止まない桜の花びらがちらちらと舞い続けていた。




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