4.冬の風物詩なんだってさ。
「冬になったら……チョコレートだとおもうの。」
寒そうにぶるぶると震えながらリリアがそんな事を言い出したのは、毎度おなじみ馬車の中。リリアが自分の事を『悪役令嬢』だと言い始めて5年目の、中等部3年生の冬だった。
「……チョコレートって食べ物でいいのかな?どんな物か聞いていい?」
「当たり前じゃない!茶色くて甘くて固くてたべると溶けるのよ!」
最近は僕もリリアが急に知らない単語で力説を始める事にも少し慣れて来ていて、大分冷静に返答ができたと思う。とはいえ、僕はこの数年間リリアの事を甘やかし過ぎたらしい。人間、成長する努力は必要だよな、と改めて思う。
……まあ要するに、いつもの如く、何を言っているのかが分からない。
「一応聞いておくけど、リリアは作り方知ってるの?」
「豆からつくるのよ。」
「………また豆?」
「また、じゃないわ。全然違う物だもの。」
そう言って頬を膨らませてる姿はすごく可愛いけど、言ってる事は意味不明だ。違うと言われても、情報が少なすぎて判断出来ない。
茶色くて甘い、までは合ってるじゃないか。そう思いながら、去年作った『タイヤキ』を思い出す。
結局あの『タイヤキ』を学園祭で出店をした僕らは、他の出店に比べてぶっちぎりの好成績をたたき出した。
出来上がった『タイヤキ』を見て『これは鯛焼きじゃない……大判焼き……』と言う謎の言葉を吐いていたリリアの事以外は、概ね大成功だったと言っても良い。
ただし、その後商売として成功したかと言われれば成功はしなかった。何故なら学園祭で異例の出店をしたリリアはお父上にこってり叱られたからだ。
まあ、公爵令嬢がエプロン付けて腕まくりして美味しいかも知れないけど怪しい食べ物を売っていれば叱られても仕方ないだろう。だから反対だったのに。
…………当然僕もギル様も巻き込まれてこってりと絞られた挙句、2度と『タイヤキ』の販売に手を出さない、と契約書まで書かされていた。
そんな訳で現在は、時々僕が作ってリリアに食べさせてあげる、と言う利用法しか残らない食べ物になってしまっていたのだった。
まあ、タイヤキを売るなとは言われているけどレシピの開発をするなとは言われていない。改めて『チョコレート』とやらの作り方に耳を傾ける。
「チョコレートはね、カカオから出来るのよ。そのカカオを……あれ、どうするのかしらね。よく分かんないけどどうにかして、液体にして甘くして固めると出来上がるの!」
「……うん。それで作れる人が居たら紹介して欲しい。」
毎回思うけど、転生前とやらのリリアはどうやってその食べ物を食べてたんだろう。製法が分からないという事は、毎回作って貰うか買って来るかして食べてたんだろうか。
それが出来ると言う事は市民とかじゃなくて、リリアは『転生前』もそれなりの身分だったんだろうなぁ、と現実逃避に近い考えが頭の中に浮かんだ。
「リリア……流石にその情報じゃチョコレートは作れないんじゃないかな。」
「そうよね。分かってるわ。……あーあ。チョコレート食べたかったなぁー。」
結局の所自分が食べたかっただけなんだろう。そう言って頬を膨らませたリリアは、やはり安定の可愛さだった。
その後もあーあ……とかチョコー……とかずっと呟いてるリリアに、溜息を吐き出す。いつもよりしつこいのは何故なんだろう。
「ねえ、そんなに食べたかったの?」
「食べたい!……のもあるけど、ユリアンにあげたかったの。」
「僕?」
言われた言葉にきょとんとする。何故そこで僕が出て来るんだろう。
「あのね、『バレンタインデー』ってのがあってね。」
「ばれんたいん?」
「うん。日頃お世話になった人とか、好きな人とかにチョコを渡す日なの。冬の風物詩なのよ!」
冬の風物詩とやらがよく分からないけど、多分何か間違ってる気がする。そう思いつつも目の前で残念そうにしているリリアが言った、『好きな人』と言う言葉が頭の中で何度も繰り返し響いていた。
うん。日頃お世話になった人、なんて言葉は断じて聞かなかった。
未だ恋愛には消極的……というか壊滅的に察しの悪いリリアに『好きな人』なんて感覚があった事に驚きを隠せないが、それでもその対象に僕が入っているであろう事を察して思わず笑みが浮かぶ。
チョコレート……ねぇ……。
情報は少ないけどそれっぽい物は作れるかも知れない。リリアに内緒で作ったら喜ぶかな。
そんな事を考えながら、未だぶつくさと何か呟いているリリアを、横目でそっと見詰めた。
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「……と、言うわけなんですよ、ギル様。」
「急に城の厨房と食材を貸せとか言ってきたと思ったら……。」
城の厨房に篭ってチョコレートなるものを試作していた僕の所に来たギル様が、呆れ顔でそう呟いたけどギル様には言われたく無い。
「好きな人の為、とか言われたら出来る努力はしてあげたくなるじゃないですか。まあ、出来上がったところでギル様が貰えるかは知らないですけど。」
「お前な、今すぐ厨房から追い出してやっても良いんだぞ。」
「やだなぁ、心の広い王太子殿下がそんな事位で怒らないって分かってるからこそですよ。流石ギル様、僕にはマネ出来ないなぁ。」
「…………お前、本気で叩きだすぞ。」
笑顔でそう言ってやると、ギル様が半眼で睨んでくる。その顔に、本気でそろそろ不敬罪って言われそうだな、なんて思いながら笑う。
「まあ、冗談はさておきですね。これ、食べてみて下さいよ。」
「……何だ?これがチョコレート?」
そう言ってギル様が口の中に放り込んだ物体は、正しくリリアが『チョコレート』と呼んだ物体だろう。茶色くて固くて甘くて美味しい。
「ん、美味い。でもよくその話から作れたな。」
「まあ……種明かしをするとですね、僕はその食べ物に心当たりがあっただけなんですよ。チョコレート、とは呼ばれて無いんですけどね。」
「そうなのか?」
驚き顔で僕を見つめるギル様に、笑顔で頷いていて返す。
そうなのだ。実は、この食べ物は『ショコラ』と呼ばれている他国の食べ物だ。数年前突然この製法を思いついた人が居るらしいく、あっという間にその国では大人気の食べ物になったらしい。
リリアの言う茶色くて固くて甘い、と言う言葉に聞き覚えがあったので、色んな国の食べ物を調べてようやくたどり着いたのが、この食べ物だったと言う訳だ。
確かに初めて食べてみたけど美味しいもんな。
「ん?と言う事は、仮にレシピが分かったとしてもリリアの商売には繋がらないという事か?」
「まあ、そうですね。既にレシピはありますし。今回はショコラ自体を取り寄せて溶かしてみたんですけど、材料が分からない上に毎回取り寄せる訳にも行きませんしね。」
「成程な。……うん、でも美味いな。今度城でも出すように行ってみるか……。」
僕の差し出したショコラを全て食べ終えたギル様が、名残惜しそうにそんな事を言った。
確かに、ショコラは溶けやすいから冬に食べるのと言うのも頷ける。ちらちらと雪が降ってきた窓の外を見遣りながら、僕は最後の1粒になったショコラを、口の中に放り込んだ。