3.商売の秋なんだってさ。
「今度こそ、成功すると思うの!」
毎度お馴染み馬車の中、唐突にリリアが叫んだのは、僕らが中等部2年になった秋の事だった。
因みに前回のアイスクリーム作りは成功した。
出来上がった物体を食べたリリアが複雑そうな顔で『これはアイスクリームじゃなくてアイスクリン……』と言う謎の言葉を吐いていた以外は概ね大成功だったと思う。
……が、結局保管や流通に問題が出てきて商売には向かない、という事が発覚。リリアとしては泣く泣く諦めざるを得なかった。
まあ、だろうな、とは思ったけど。
余談ではあるが製法自体はありがたく覚えさせて貰ったので、夏の暑い日には2人でアイスクリームを作って食べる事が定番となったことも付け加えておこうと思う。僕としてはそれだけで大成功だったと言えるのだが。
まあ、そんな失敗をして暫くの間大人しかったリリアなのだが、今朝は何やら思いついたらしい。久しぶりの握りこぶしを振り上げる姿が可愛らしい。
「……で?今度は何?」
「学園祭があるでしょう?」
「あるけど……あれって別に商売関係無くない?学生がお店出す訳じゃないし。」
「……出させて貰えない物かしら?」
僕の言葉に真顔で答えたリリアに、内心溜息を吐く。まあ、聞くまでも無く多分出せる。だって、生徒会の代表はギル様だ。リリアがお願いすれば、王族権限を使ってでも白を黒に変えるに違いない。正直な話公爵令嬢が出店なんて前代未聞だけど、そんな事を気にする様なリリアでは無いのだ。
「……ダメじゃない?」
それでも一応駄目元で否定の言葉を口にして見るが、多分無駄だろうな、とも思う。そして次の言葉も分かってる。 恐らく、リリアの次の言葉は『ギル様にお願いしてみるわ!』だ。
「ギル様にお願いしてみるわ!もしかしたら出来るかも知れないし!」
「……………上手くいくと良いね。」
ほらね、見た事か。
思った通りの言葉に内心溜息を吐きながら辛うじてそんな言葉をリリアに返す。ギル様に話が伝わってしまえば、どうあっても店を出すのは止められないだろう。であればリリアの出すお店を僕の権限で動かせる方向に考えを変えるべきだ。
「で?お店が出せるとして……何のお店を出すの?」
「ふっふっふっ!みんな大好き『鯛焼き』よっ!」
「……タイヤキ?」
言葉からどんな食べ物なのか、一切想像が付かない。当のリリアはひと説明終えましたっ!みたいな満足そうな顔をしてるけど、こちらには一切全く何にも伝わって来ては居ない。まあ、可愛いから止めないけど。
「リリアが言うんだから食べ物なのかな?どんな物?」
「えっとね、暖かくてお魚の形しててふわふわで甘いの!」
リリアの言葉を上手く誘導しながらその食べ物を想像しなきゃならないから、この作業が意外と毎回面倒なのは内緒だ。
「お魚で甘い?形だけって事?」
「そうよ!ふわふわの生地であんこを包んで両面パリッと焼くの!甘くて美味しいんだから!」
…………うん。これは僕の聞き方が悪かったかも知れない。いい加減学習しなければならないのは僕の方だ。断じてリリアの言い方が悪い訳では無い。
ともあれ、『タイヤキ』とやらは甘い何かをふわふわした生地で包んで両面焼いた物らしい。中身の想像が出来ないけど、それだけ聞くと結構美味しそうに聞こえる。
「あんこ、って何?」
「あずきから作る甘い物よ。」
「あずき?」
僕の言葉にうんうん、と頷いているリリアは可愛いけど、結局材料の特定には至っていない。これは聞き方を間違えると迷宮入りするやつだ。
「あずきって何から出来てるの?」
「あずきはあずきよ。ユリアンったら変なこと言うのね。」
「……うん、リリアにそれを言われると思わなかった。」
…………うん、これは僕が悪いな。聞き方を間違えた所為で謎が謎を呼んでしまった。今日の僕は精度が悪いらしい。でも僕はこれくらいで挫けない。伊達にリリアと14年も付き合って無いのだ。この位で挫けてたらリリアと会話は出来ない。
「あずきとやらの想像がつかないんだよ。どんな物なのかな、って。」
「あずきは豆よ。黒くて硬いの。」
「……それを早く言って欲しかった。」
どうらや、『あずき』と言う品種の豆らしい。硬いと言う事は乾燥させてあるのか。それを甘くするには砂糖で煮るのが手っ取り早い。
「『あずき』は硬いのか。じゃあ『あんこ』は?」
「あんこは柔らかいわね。クリーム状なのよ。」
豆を甘く柔らかく似てクリーム状にする。そして、柔らかい何かで包んで両面焼く。外はパリッと、中はふわふわ、だから、パンケーキの様な物体だろう。
よし、大分『タイヤキ』の全容が掴めて来た。問題は魚の形にする事だけど、形が味に影響する訳じゃないだろう。試しに作ってみるなら丸でも四角でも三角でも大丈夫だろう。
そこまで考えたところで、ふと、視線に気付いた。
考え込んでいた僕をリリアが不思議そうな顔で見詰めている。
「どうしたの?大丈夫?」
「いや……何となく、美味しそうかな、レベルまで想像出来るくらいにはなったよ……。」
「?何となく、じゃなくて鯛焼きは美味しいのよ?」
「……うん。言った僕が馬鹿だった。」
噛み合わなくなった会話に、早々に白旗をあげる。リリアとの会話のコツは、諦める時は潔く諦める、だ。
ともあれきっとこの『タイヤキ』とやらを学園祭で売る気らしいリリアは、『学園についたら早速ギル様に聞いて見なきゃ!』と息巻いている。
……結局作るのは僕なんだろうなぁ。
そんな事を考えながら、僕は楽しそうに『タイヤキ』の話をするリリアを見詰めるのだった。
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「……で?何であんなあっさり許可出したんですか、ギル様。」
「いや、だってあんな顔でお願いされたら断れ無いだろうが。」
「いや、断って下さいよこのポンコツ王太子。」
「お前今の完全に不敬だからな?アウトだぞ?」
「アウトなら後2回は行けますね。安心しました。」
しれっと笑顔でそう言ってやると、ギル様が睨んできたが知った事じゃない。
学園に着くなりすぐにギル様の教室に向かったリリアが、数分後『許可が取れたわ!』なんて言いながら上機嫌で帰って来た時の僕の心境を考えるなら、この位の暴言は許して欲しいと思う。
今年になって副会長に任命された僕に何も言わずリリアの案を決定事項として報告してくるなんて、独裁政権にも程があるだろう。
「大体、そこまで大きな改定には学園長の許可だって要るでしょう。誰が走り回ると思ってるんですか。」
半眼で睨みながらそう言った僕に、流石のギル様も悪いとは思っているらしくそれ以上の反論は帰って来なかった。
まあ、あそこまで嬉しそうにしているリリアに出来ません、と言えない気持ちはよく分かる。僕だって言いたくない。だから結局、大変だとは思いつつも手を出してしまうのだ。
「で?何なんだその『タイヤキ』とやらは。」
「あんたそれで良く許可出しましたね。逆に関心しますよ。」
「………お前、ツーアウトな。」
おっと、あと一つで不敬罪にされてしまう。
冗談はさておき、僕ですら名前から想像出来なくて迷走したのだから、ギル様が分からなくてもしょうがない。溜息をひとつ吐き出して、今までの情報を整理して想像した『タイヤキ』の概要をギル様に伝えた。
「うーん……分かったような分からない様な。取り敢えず危険物では無いと言う事は理解した。まあ、お前が監修するなら問題無いだろ。」
ギル様はそう言うとリリアに形式上提出させた書類に、ぽん、と判子を押した。そうして、学園始まって以来初めての、学園祭における『公爵令嬢が出す出店』が許可されたのだった。
次からはきちんと中身を読んでから許可出してくれるといいんだけどなぁ。結局大変なのは僕なんだし。
まあ、無駄だろうけどと思いながら、すっかり秋の気配が深くなった校庭を眺める。視線の先には、『桜の木』の葉が茶色くなっており、風に吹かれて今にも落ちそうなくらい、ゆらゆらと揺れていた。