2.自給自足なんだってさ。
「商売を始めようと思うの!」
また、いつもと同じ馬車の中。彼女がそう言って目を輝かせたのは、中等部1年目の夏だった。
実はあれから何度かお金を稼ぐと言って案を出てきた彼女だったが、こどごとく失敗に終わっていた。
ある時は馬車の代わりの乗り物を開発しようとしてみたり、またある時は新たな品種の植物を生み出そうとしてみたり。
確かにアイデアとしては面白い物ではあったが、如何せんそれを実現する為には専門家に方法を説明出来るだけの知識と技量がいるのだ。
そこを考慮せずに始めた計画は、ことごとく頓挫していた。と言うか、まあ失敗しそうだな、とは思ったけどあえて指摘しなかった。
「で?今度は何を始めるの?」
「あのね、大金を稼ぐ為に難しい事をするから失敗するのよ。だから今回は地道に……」
「地道に?」
「レシピの開発をしようとおもうの!」
そう言ってリリアはいつもの握りこぶしを、馬車の中にも関わらず天井にくっつくかと言う勢いで、上に向かって突き上げている。……まあ、中身は分からないけどいつもに比べたら無茶無謀では無さそうじゃないか。
「レシピって何か宛てがあるわけ?」
「ふふふっ!それがあるのよ!」
リリアは僕の質問に、自信満々に胸を張ってえへん、とでも言いそうな位威張っている。可愛い。
「ふぅん?どんなやつ?」
「それはね、アイスクリームよ!」
「あいすくりーむ?」
最近、リリアはこの世界には無い単語を口にする様になった。僕としては慣れているのでスルーしているけど、彼女の家のメイドさんは主人の突拍子も無い発言に困惑しているらしい。
そりゃそうだろうなぁ。
鉄を走らせるって言ってみたり、年に2回実をつける植物を作り出すと言ってみたり。
それをこの世界には無い単語で話し始めるのだ、困惑するなと言う方が無理だ。
しかも若干(……と言って良いのかは分からないが)天然な彼女のやる事だ。リリア付きのメイドとして諌めるべきか、それとも反論せずに聞いてやるべきか。そんな風に日々悩むメイドさんに、僕は同情を禁じ得なかった。
「……で、そのあいすくりーむ?だっけ?どうやって作るの?と言うかどんな物体なの?」
「えっとね、冷たくて、さらーっと溶けてふわーっと口の中に広がって、甘いの!」
…………うん。全く伝わってこない。
自信満々に嬉しそうにしているリリアだが、この様子だと作り方すら分からないだろう。内心溜息を吐きつつ、言われた物体を想像する。
冷たくて溶ける……と言うと氷みたいな物だろうか。甘い氷で、ふわっと広がるという事は柔らかいのだろう。
柔らかくて、冷たくて甘いお菓子。確かに上手く作れればきっと人気が出ると思う。これから夏だし、ぴったりだ。
問題は、リリアがどれだけそれを作る方法を説明出来るか、だけれども。
ちらりと横目でリリアを盗み見ると、きっと素晴らしいアイデアを思いついた事を喜んでいるのだろう。にこにこして嬉しそうだ。うん、可愛い。
「リリアはそれの作り方知ってるの?」
「知らないわ!でも冷たいんだから冷やすのよね!」
思った通りの返答が帰ってきて、内心溜息を吐くが顔には出さない。ポーカーフェイスとここぞと言う時の笑顔には定評のある僕だ。
「冷やすと言うと……氷魔法かなぁ。問題は何が材料なのかだけど。どんな味なの?」
「色んな味があるのよ。苺だったり、チョコだったり、抹茶だったり。どれも冷たくて美味しいんだから。」
さらっと知らない材料が含まれていたが、そこは無視しよう。
要するに、元となる物があって、色んな物を混ぜてバリエーションを増やすという事か。
「……ねえ、リリア。何も混ざってない味って、どんなやつ?」
「バニラ味ね!」
「ばにら?」
「うーん……ミルクの味なの。何が入ってバニラって言うのかは、よく分からないわ。」
成程、基本はミルクな訳だ。それに甘さを加えて、柔らかく凍らせる。柔らかく凍らせるのは少し手間が掛かりそうだけど……まあ、出来なくも無いだろう。最悪凍らせた物を削れば柔らかくはなりそうだし。
ふぅん……と声を漏らして、腕を組んで考える。
「ユリアン?」
「取り敢えず、1回作ってみないと分かんないけど。今度の休みにでも実験してみようか。幸い僕は氷魔法が使えるから、何とかなるだろ。」
「ほんと!?わあー!流石ユリアン!」
そう言ってにこにこと笑うリリアに、苦笑を浮かべて返す。
余談だが僕はこのリリアの笑顔が大好きだ。でもそれを表には出す事はない。年齢に比べても幼いリリアには、この位で丁度いい。
そうやって今日も僕は、幼馴染みの立場を死守するのだ。
✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤
「……って言う事があったんですよ、ギル様。」
「何だそれは。リリアと週末デートするって言う自慢か。」
「いえいえ。彼女とは四六時中一緒に居ますし、そのような些細な事自慢にもなりませんよ。」
「……お前ホントに性格悪いな。」
いつも通り、リリアと別れた放課後。まだ1年生なのに生徒会に駆り出されてる僕がギル様にそう言うと、半眼で睨まれた。
いや、実際常に一緒にいるから自慢にならないんだよね、それ。そう思いながら目の前の書類に判子を押す。
ギル様は未だリリアの事が好きで、数々のアプローチをしているけど天然な彼女は気付かない。だから、まだお子ちゃまのリリアには恋愛的な押しは通じないって言ってるのに、ギル様は聞く気が無い様だ。
そうは言いつつもさすがに王太子に明確なライバルにはなって欲しくない僕は、何となーくリリアの思考がギル様からずれる様に誘導する事を忘れないのだ。
「……で?その新しいレシピとやらは出来そうなのか?」
「あれ、珍しいですね。ギル様がリリアの案に興味を示すなんて。どうしたんですか?」
「だって今までのは実現不可能なやつばっかりだっただろ。今回はお前が乗り出す位には実現可能なんだろうが。」
「まあ……そうですね。ただ安定供給は難しいんじゃないですかね。1回作りきり、ならいいですけど、作って保存するにはどうしたらいいんだ、とか色々問題がありそうで。」
「……常に作り立てを食べれば良いんじゃないか?氷魔術を使える人間を待機させて。」
「…………ちょっとその発言、市街地でしてきて見て下さいよ。あっという間にクーデターが起きますよ。」
何が悪かったんだろう、と言う表情を浮かべた王太子殿下は放っておこう。この王族思考め。いや、実際王族なんだからしょうがないんだけど。
「まあ……作るところまでは一緒にやりますよ。僕も冷たいお菓子食べたいですし。」
そう言って、溜息を吐きながら目の前の書類に判子を押す作業を再開する。
ああ、今年も暑くなるのかなぁ。それまでにアイスクリームが食べれる様になればいいけど。
そんな事を考えながら見つめた窓の外には、すっかり花が落ちて青々とした葉っぱが生い茂る、『桜の木』が生えていた。