1.悪役令嬢なんだってさ。
新作、10話前後の短いお話の予定です。
お付き合い頂ければ嬉しいです!
「あのね、ユリアン。信じられないかも知れないけど、私、悪役令嬢なのよ」
いつもの様に彼女を迎えに行って、いつもの様に学園に向かう馬車の中。いつもとは違う調子の、至極真面目そうな顔でそう言った彼女に僕が返した返事は「はぁ……?」だった。
だけど、そりゃしょうがないと思う。
だって、目の前の彼女は産まれた時から知っている。それこそ初めて立ちあがった頃から知っている、僕の幼馴染みだからだ。
「……ねえ、何処かぶつけた?大丈夫?それとも何か悪い物でも食べた?」
そんな僕の言葉に、『酷いわ!真面目に言ってるのに!』なんて言いながら頬を膨らませて怒っている姿も、いつもの彼女だ。特に変わった所は無い。
幼馴染みで、婚約者。このまま行けば将来は僕の妻となる予定の女の子。
「だって、リリアが変な冗談なんて言うから。悪役……?って何?リリアが悪い事するって事?」
「そうよ。学園に転入してきたヒロインを虐めてね、虐めて虐めて虐め倒して、最後は婚約破棄されて国外追放されるの!」
「はぁ……。」
力説に対して呆れた声しか出てこなかったのは悪かったかも知れない。だけど、多分誰に話しても同じ反応だと思う。大体ヒロインとか悪役令嬢とか、唐突に何どうしたんだろう。昨日変な本でも読んだのかな。
「国外追放……ってそりゃ随分な対応だね。仮にも公爵令嬢なのに。そのヒロイン?とやらはそんなに身分の高い人物なの?」
普段は気弱な癖に、話に熱が入ると止まらなくなる。
こう言う時のリリアは、無理に止めてもダメだ。だから、僕は話に乗っかる事にしている。リリアの対処法なんて、もうすっかりお見通しだ。
「いいえ?ヒロインはね、平民から養子に取られて子爵令嬢になるの。それで、高等部になったら学園に入ってくるのよ。」
「……それって、結局身分は子爵令嬢って事だよね?それなのに虐めただけでリリアが国外に追放されるの?命を殺めた訳でも無く?ありえなく無い?」
実際、たとえ子爵令嬢を公爵令嬢のリリアが殺したとしても、国外追放なんてされる訳がない。しかも平民上がりなんて、問題にすらならないだろう。そう思いながら首を傾げると、馬車の中なのに周りをきょろきょろと見回したリリアは、一段と声を潜めて続きを話し始めた。
「………あのね。大きな声では言えないけど、ヒロインはギル様と恋仲になるの。それでね、そんなヒロインを虐めた私にギル様が国外追放を言い渡すのよ。」
「へぇ……ギル様がねぇ……。」
ギル様……ギルベルト王太子殿下がその平民上がりの令嬢に惚れて私情でリリアを国外追放する。
リリアはまだ何事か話し続けているが、僕の耳には既に入ってきてはいなかった。
荒唐無稽だし、多分何より有り得ないと思うんだよ。だって、ギル様はリリアの事が好きなんだし。毎日毎日、僕が臣下の立場で追い払うのがどれだけ大変だと思ってるんだ。
と言うか、アレだけあからさまにアピールしてるのにリリアには一切伝わってないんだな。面白そうだから後でギル様に伝えてみよう。
「だからね、私、今から平民になっても生きて行けるように準備をしようとおもうの!」
多分気合いを入れてるつもりなんだろう。リリアが、握りこぶしを作って高らかに宣言する。
正直、努力の方向がかなり間違っている気がするけど、可愛いから止める気は無い。まあ、多分今の話だって何かからの想像や妄想の類だろうけど、万が一にもしリリアの言う事が本当だったとしても、その時は一緒に平民になればいいだけだ。
まあ、アレだけ猫可愛がりしているリリアの父上が、例え娘の虐めが原因だとしても大人しく国外に追いやらせるとは全く思えないけど。
「それで?僕に何をして欲しい訳?」
そう言って呆れ顔を作ったまま問いかけると、リリアが嬉しそうに笑う。全く、そんな風に笑うからライバルが増えていくんだって事、理解しているんだろうか?
僕の立ち位置は手のかかる幼馴染みに呆れて、それでも手伝ってあげながら一緒にいる事。今はまだ、それでいい。
誰よりも有利な立場で彼女の横に居続けて、そしてそのまま婚約する事が僕の目標だ。先が長い、とは思わなくも無いけど、その位しないとリリアには伝わらない。伝わったとしても答えて貰えない。
あらゆる意味で僕が居ないとダメだって思わせないと、駄目なんだ。
「さすがユリアン、察しがいいわね!あのね、平民になるんならお金が必要でしょう?だから何か稼ぐ手段を考えようとおもうの。」
「ああ、それは良いかもね。もし予定が狂っても無駄がない。」
「でしょう?だから、ユリアンも協力してくれる?」
にこにこ笑いながら言うリリアに、しょうがないな、と言うポーズで了承を口にする。そんな僕の態度を見て、彼女がまた嬉しそうに笑った。
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「……て、事らしいんですけどね、ギル様。」
「悪い。もう一度言ってくれるか……?」
嬉しそうな彼女と共に教室について、いつもの様に授業を受けて。生徒会の仕事の為にリリアと別れて、ギル様と合流したのでふと、朝の話を振ってみた。
僕の話を最初は訝しそうに聞いて居たギル様だったが、全て話し終えた頃には、すっかり頭を抱えた王太子殿下が出来上がっていた。
「……えーと、要するに俺は高等部になったら子爵令嬢に惚れてリリアを国外追放する、という事で合ってるか?それを?リリアが断言していた、と。」
「全く持ってその通りで。流石ギル様、理解力が高い。」
「お前それ、絶対バカにしてるだろ。不敬罪で牢屋にぶち込むぞ。」
「やだなぁ、バカになんてしてませんよ。こんなに敬ってるじゃないですか。」
「おい、目を見て言え。目を見て。」
半眼でこちらを見ているギル様に、笑顔を返す。
まあ、本当の所大して敬っては居ないんだけど、嘘も方便だ。
例え従兄弟とは言え、現役の王族に楯突くなんて命知らずな事は出来ない。……と、思っている振りくらいはしないとホントに不敬罪になってしまう。
「……で?何処から出て来たんだ、その話。」
「さあ……?今朝迎えに行ったら急にそんな話をされたんですよね。妄想とか想像とかの類かと思ったんですけど、それにしては割と詳細だったんで。一応ギル様にも教えておこうかなぁ、って思って。」
あっけらかんとそう言った僕の言葉に、ギル様は何か考え込む様な仕草で固まってしまった。お茶請けのクッキーを口の中に放り込みながら、その様子をじっと見つめる。
しかしこの顔は、何か思い当たる節でもあるんだろうか。
その様子を横目で見ながら、内心ため息を吐いた。
中々面倒臭い事になりそうだなぁ、話すんじゃ無かったかも。
そう思いながら、校庭に咲く『桜の花』を見詰める。
そんな風に、彼女が初めて『悪役令嬢』だと主張した日は、終わった。
僕達が小等部の5年生の頃の、話だ。
お読み頂きましてありがとうございます(*´ ˘ `*)