第46話
第46話
それは、常盤学園高等部の生徒会室での出来事だった。
「諸君!」
常盤学園の理事長にして、常盤グループ総帥でもある常盤総は、生徒会室で力強く言い放った。
「今日、諸君らに集まってもらったのは他でもない」
「何が「集まってもらった」だ。てめーが勝手に、生徒会室に入って来ただけじゃねーか」
庶務の七星終夜は、冷ややかにツッコんだ。
「昨今の教育界を鑑みるに、イジメ、モンスターペアレント、体罰、教員のなり手不足と、問題は山積みとなっている」
常盤は、七星のツッコミをスルーして話を続けた。
「だが、実際のところ、これといった対策もないまま、放置され続けてきたのが実態だ。その結果、いまだに尊い命が、イジメなどにより失われる事態が、毎年のように続いている。実に嘆かわしい限りだ」
常盤は、目頭を抑えた。
「私は、常々、この状況を憂い、なんとか教育界を再興したいと、常々考えていた」
「常々、常々、うるせーんだよ。てめーが常々考えてんのは、漫画とアニメとゲームのことだけだろーが。このキモオタ親父が」
七星は容赦なくツッコんだ。
「失敬な!」
常盤は憤慨した。
「ちゃんと、フィギュアやラノベのことだって考えているよ、私は!」
常盤は、心外そうに言い返した。
「死ね、キモオタ」
七星の侮蔑をものともせず、常盤は話を続けた。
「そこで、今の教育界を、いかにすれば再興させることができるか。学生である諸君らに、奇譚のない意見を聞かせてもらいたいと思い、今日は集まってもらったしだいなのだよ」
「んなこと言うて、まーた、あのときみたいに、七星君のアイディア、横取りしようと思てんのとちゃうんか、常盤はん?」
会計の一条七海が、疑いの眼差しを常盤に向けた。
一条のいう「横取り」とは、以前七星が出した、放射性廃棄物の処理についての解決法のことだった。
数年前、七星はある人物に、放射性廃棄物の処理について問われた際に、
「軌道エレベーターを建造して、太陽に捨てる」
という答えを示したのだった。
通常、放射性廃棄物は、もっとも長いウランだと7億年、保管しなければ無害化できない。だが、軌道エレベーターを建造して太陽に投棄すれば、軌道エレベーターを建造するまでの数百年だけ保管しておけば済むと。
すると、直後に常盤が放射能廃棄物対策として、軌道エレベーター建造プロジェクトを世間に発表したのだった。
それも、自分が発案者のような顔をして。
「おおかた、近いうちに、教育問題について、公演する予定でも入ったんですの」
生徒会長の龍華美姫が、冷ややかに言った。そして、彼女の推測は正鵠を射ていた。
「し、失礼だね、君たち。あの軌道エレベーター計画は、私自身が以前から構想していたものだったのだよ。それを、あのとき、たまたま七星君が、あそこでたまたま先に発表したに過ぎないのだよ」
常盤は不本意そうに反論したが、その言葉を信じる者は誰もいなかった。
「へえ、せやったら、教育問題についても、常盤はん自身に、なんか解決策があんのやろ。まず、それを聞かせてーや」
一条が、意地悪く聞き返した。
「も、もちろんだとも。だが、それは諸君の意見を聞いてから、総合的見地から、客観的判断に基づいて話したほうが、効率がいいという結論に達したわけなのだよ」
「……あかんで、七星君。アレは、絶対、なんも考えてへん。話したら、まーた七星君のアイディア、パクられてまうだけやで」
一条が七星にささやいた。
「どーでもいーわ、そんなこと。つーか、そんな方法ねーから、そもそもパクられねーし」
七星は、ミもフタもなく言い切った。
「七星君の「ダメ感知能力」でも、あかんのん?」
一条は意外そうに尋ねた。
「だから、そんなもん、あのドS女が言ってるだけだって、何度も言ってるだろーが」
七星は、不本意そうに言い返した。
「そんなこと言って、君のことだから、本当は何かひとつぐらい、アイディアがあるんじゃないのかい?」
会計の天草風花が、軽い調子で探りを入れてきた。
「……絶対に、実現不可能でもいーってんなら、ねーこともねー」
「へえ、どんなだい?」
天草が好奇心に目を輝かせ、常盤も平静を装いながら、全神経を聴力に集中させていた。
「学校に「相談センター」みたいなもんを作って、学校問題は、そこで一括して対処するんだよ。そうすれば、教師がモンスターペアレントに悩まされることもなくなるし、イジメも減るかもしれねー」
七星は面倒臭そうに答えた。
「なるほど。確かに、それなら、うまくいくかもね」
天草は口元を押さえて、七星の案を吟味した。
「ただし、そのためには、最低でもセンターに教師をクビにできる権限を与えて、小中学校にも停学や留年制度を導入する必要がある。でねーと、どんな問題があっても、結局のところ、口頭注意で終っちまって、なんの解決にもならねーからだ」
「なるほど。確かに、君の言うとおりだね」
天草も思考を巡らせたが、この問題に関して、七星以上の回答は浮かばなかった。
「諸君!」
常盤は、おもむろに声を上げた。
「私は急な用事を思い出したので、これで失礼させていただくよ」
常盤はそう言うと、足早に退出しようとした。が、不意に立ち止まった。
「あ、そうそう、ひとつ言っておくが、私が帰るのは、今の七星君の話とは、まったく関係ないからね。ただ純粋に、本当に用事を思い出しただけだからね。そこのところ、勘違いしないでくれたまえよ。では」
常盤は、そう念押しすると、生徒会室を出て行った。
退室した常盤の様子を、一条はこっそりドアの陰からうかがった。すると、常盤は上機嫌で廊下をスキップしていた。
「……あれ、絶対パクる気やな」
一条は七星を振り返った。
「ホンマにええんか、七星君?」
「別に、かまやしねーよ。だいたい、こんなこと、オレがいくら言ったところで、誰も相手にしやしねーんだ。だったら、キモオタの口を通して世間に訴えたほうが、世のため人のためってもんだろーが。あのキモオタは、まがりなりにも常盤グループの総帥だからな。政界や財界にも顔がきくだろーから、うまくすりゃ、ホントーに相談センターを設立しちまえるかもしんねーからな」
七星はそう言うと、大きくあくびした。長話をし過ぎて、眠くなってきたのだった。
そして、一条たちの推測通り、七星が考案した「相談センター」案は、後日、常盤の口から世間に発表されることになった。
しかし、常盤が思い描いていたほどのインパクトを、世間に与えることはできなかった。
常盤は知らなかったのだった。
彼が「相談センター」案をテレビで大々的にブチ上げたとき、すでに久世来世によって「学園裁判所」案が発表されていたことを。




