第44話
第44話
秋も深まった10月下旬、清川中学は本格的に文化祭の準備に入った。
生徒たちは各々イベント活動に精を出し、白河も嫌々ながら活動に参加している。
学園裁判所の存在は、学生の間では、すでに過去のものになっているようで、この頃はそのことを口にする者さえいなくなっていた。
俺としても、問題がすべて解決し、万事めでたしめでたし。と、言いたいところだったが、まだひとつ、どうしても解けない問題が残っていた。
「どうしてもわからん」
月曜日の夕方、日差しの遮られた白羽の部屋で、俺は頭をフル回転させていた。
「何がわからないの、翔君?」
俺のつぶやきを聞きとがめ、白羽が訊いてきた。
「美和神楽が、どうやって入れ替え殺人を成功させたか、だ」
それだけが、どうしてもわからんのだ。
「美和神楽って、確か例の殺人事件の、え? でも入れ替え殺人って? 確か、あの事件は犯人が自分の弟をイジメていた子を殺した後、自殺したんじゃ」
「世間的には、そうなってるけどな。俺は違うと思ってる」
でないと、筋が通らん。
「どういうこと?」
「確かに、美和神楽は香山信也を殺した後、焼身自殺をしたことになっている。だが、まずそこが腑に落ちん」
「それの、どこが腑に落ちないの?」
「どうして美和神楽は、香山信也しか殺さなかったのか、ということだ」
「どういうこと?」
「だからだな、美和神楽の弟はイジメグループのイジメにあって自殺したんだろう? だったら美和神楽にとっては、そのイジメグループの全員が復讐対象のはずなんだ。だったら1人殺しただけで満足するはずがない。それこそ捕まるまで殺せるだけ、1人でも多く殺すはずだ」
これが、犯行がバレて警察に追い詰められた末でのことなら理解もできる。だが、そうじゃない。だとすれば、どうして美和神楽は、そんな中途半端な真似をしたのか。そこが、まず不自然なんだ。
「そりゃ、あんたがそういう陰湿な性格だってだけの話でしょ。あんた、自分が世界の標準基準だとでも思ってんの? むしろ、あんたみたいな奴は特殊、いえ異常者の部類なのよ、異常者」
クソ狐が、呆れ顔で茶々を入れてきた。
「それは、いざ1人目を殺してみたら、やっぱり良心の呵責に耐えられなかったんじゃないかしら? 美和神楽さんが、いくら気が強かったと言っても、やっぱり18歳の女の子なんだし」
白羽が、白羽らしい、お花畑の答えを返してきた。
「その可能性もあるけどな。だとしたら、1人目を殺す前に、久世に遺書を残すわけがない」
「そ、それは香山って子を殺した後で、遺書を書いたって可能性もあるわけで」
「確かに、その可能性はある。だが俺が考えているのは、もうひとつの可能性だ」
「それが、さっき言った入れ替え殺人?」
「そうだ。確かに、最初から自殺するつもりでいたんだとしたら、美和神楽の行動は不可解だ。しかし、もし美和神楽が自殺する気がなかったとしたら? 主犯である香山を殺した上で、自分が捕まらない方法を考えついていたとしたら、美和神楽の行動にも納得がいくんだよ。わざわざ焼死を選んだのも同じだ。全身黒焦げになったら、顔も指紋もわからなくなるからな」
だいたい、自殺するにしても、死に方なんていくらでもあるのに、よりによって1番惨たらしい焼死を女子が選んだこと自体、不自然だ。
「でも、待って。仮に誰か同年代の、自分に似た背格好の女の子を身代わりにしたとしても、DNA鑑定をしたら、すぐにバレてしまうはずだわ」
「そうそう、それに複顔て検査方法も、警察にはあるはずだし」
クソ狐がツッコミを入れてきた。ケダモノの分際で、なんでそんなことを知っている?
「そんなものは、本物の美和神楽が、事前に替え玉そっくりに顔を整形して、写真の1枚も撮っておけば済む話だ。そうすれば複顔したところで、誰も不審には思わない。整形手術には元々保険適用はないしな。金と時間さえあれば、怪しまれることなく手術が可能だったはずだ。特に当時の美和神楽はひきこもりで、ほとんど外には出ていなかったから、顔を変えても誰にも気づかれなかったんだ。ただ1人、ずっと傍にいた久世を除いてな」
「それって、その久世って子も、美和さんが香山君を殺したことを知っているってこと?」
「俺の推測が正しければ、そういうことになる」
「待ちなさいよ。その前に、さっきの白羽の指摘に答えなさいよ」
「さっきの? ああ、DNAのことか」
「そうよ。警察は顔うんぬんの前に、DNA鑑定で、その焼死体が美和神楽だと確定したんでしょ? 確かに、あんたの言うように顔は変えられたとしても、DNAを変えるなんて誰にもできやしないんだから。入れ替え殺人だって言うなら、まずそこを説明しなさいよ」
「それも同じ理屈だ。美和神楽はひきこもりで、当時ほとんど外には出なかった。だから本人かどうか確認するために必要な毛根なりのDNAも、当然自宅から採取するしかない状況だった。そこで美和神楽は、その状況を利用したんだ。まず毛根や皮脂といった美和神楽だと特定できる可能性のある物をすべて始末し、その後で拉致した替え玉の毛根や血といったDNA鑑定が可能なものを、不自然にならない形で部屋に残した。そして美和神楽の読み通り、警察は美和神楽の痕跡が唯一残っている自宅を調べ、そこに残っていたDNAを鑑定し、焼死体が美和神楽であるとの結論に達した。顔の整形と同じく、美和神楽がひきこもりだったからこそできた、偽装工作だったわけだ」
「大胆な仮説だけれど、ひとつ問題があるわ。美和神楽って人は、確かに人殺しだし、その前から他人から良く見られてはいなかったって話だけれど、少なくとも自分の弟さんを理不尽なイジメによって失った人が、無関係の人を自分が助かるために利用するかしら?」
確かに、白羽の言うことはもっともだ。しかし、
「無関係でなければ話は別だ」
「そんな人間」
「いるだろ。美和神楽を不登校に追い込んだ、当時の同級生たちだ」
他にも、弟を死なせたイジメグループの身内という可能性もあるが、こちらの線は薄いだろう。そうそう都合よく、美和神楽と同年代の女子がいるとも思えんし。
「え? でも、そんな……」
「美和神楽にしてみれば、そいつらは弟を自殺に追い込んだ連中と同じだ。殺したところで、なんの罪悪感も感じなかっただろうよ。少なくとも、俺ならまったく感じん」
「だからあ、あんたの思考パターンは参考にならないと」
うるさいクソ狐だ。
「根拠はある。それは、美和神楽が香山を殺したのが春だったことだ」
「は? どうして、それが根拠になんのよ?」
「春なら、自分の同級生たちは、高校を卒業するからだ。高校を卒業した直後なら、少なくとも家族以外はごまかせる。だから美和神楽は、計画の実行を同級生が高校を卒業するまで待ったんだ」
「でもさ、肝心の家族は、どうやってごまかすわけ? それこそ、友達よりずっと身近な存在なんだから、ごまかせないと思うんだけど?」
「さあな。それは状況しだいだから、はっきりとは言えん。美和神楽がイジメグループのなかから家族と疎遠な奴を選んだのかもしれんし、大学か就職を機に1人暮らしする奴を選んだ可能性もある。そうすれば、バレる可能性はグッと減るからな」
最悪の場合、事故に見せかけて家族を殺せば済む話だし。
「そして計画通りに、替え玉に選んだ同級生の拉致に成功した美和神楽は、香山殺しを実行に移した。そして2人を殺した後、久世は第三者を装い、美和神楽が遺書を残していなくなったと警察に通報した。死んだ2人が、香山信也と美和神楽だという先入観を、警察に植え付けるためにな」
そうすれば、少なくとも俺が今してるような詮索は、誰もしないだろうからな。
「なるほどね。それなら、ありえない話じゃないかも。でも、それはあくまでも、あんたの推測でしょ? 今の話を立証するための証拠を、あんたひとつでも持ってるの?」
クソ狐が、ドヤ顔で指摘してきた。
「そんなもんはない」
「ほら、やっぱり」
「つーか、そんなことはどうでもいいんだよ。入れ替え殺人の構想は、あくまでもおまえらが訊いてきたから答えただけで、ぶっちゃけ俺には死んだのが美和神楽だろうとなかろうと、そんなもんどっちでもいいんだよ」
仮に俺の推察通り、美和神楽が入れ替え殺人を成功させていたとして、それがどうしたっていうんだ?
俺は警察でもなければ、殺された同級生の身内でもない。
他人の人生踏みにじって調子こいてたゴミクソの1匹や2匹、本当に殺されていたとしても、そんなもん自業自得以外の何物でもない。




