第41話
第41話
「う、嘘だ!」
「嘘じゃねえよ。でなきゃ、おまえみたいな華奢なガリ勉が選ばれるわけないだろ。もし連中が、本当に人類を救いたいなら、それこそ全人類に「救済者」の力を与えればいいだけの話なんだからな」
まあ、もしかしたら本当に適合者しか「救済者」になれない可能性もある。が、俺や馬場が選ばれてる時点で、その可能性は低い。
俺にしても「世界救済委員会」とやらが接触してきたのは、白羽と音信不通になった後だったわけだし。
そいつにしてみれば、あのときの俺は恋人にフラレ、自暴自棄になっているボッチキャラに見えたんだろう。奴にとっては、今の馬場同様、いいカモだったわけだ。
「違う! 違う! 違う! 僕は神に選ばれたんだ! おまえの言ってることは、全部デタラメだ!」
馬場が半狂乱で喚き散らした。
「神がパソコン打つとも思えんしな。それこそ、神なら選んだ相手のところに、直接天使を遣わすだろ」
「うるさい! チンケな呪文唱えるしか能のない影の分際で、僕の邪魔をしたことを後悔させてやる!」
失礼な。俺を、あんな量産品と一緒にするんじゃない。
「うおおおおおお!」
気分を害する俺の前で、馬場の体が巨大化し始めた。盛り上がった筋肉は赤身を帯び始め、背中にはコウモリのような羽が生え、腰からも尻尾が伸びていく。
なんだ、デーモンにでも変身するのか? でも、正義を自称する馬場が、自分から悪役キャラを選ぶとも思えんが。
俺が考察している間にも、馬場の姿はどんどん巨大化していった。そして、その身長は見る間に俺を追い抜き、2メートル、3メートル、4メートル、5メートルを超え、
「おいおいおいおいおいおいおい」
ついには10メートルを超える、巨大なドラゴンへと変貌を遂げたのだった。
マジか? 確かに、あの選択肢のなかにはドラゴンもあった。そしてドラゴンは、確かに最強種だ。しかし、この現代での利便性を考えたら、普通選ばないだろ、トラゴンは。
「グオオオオオオオ!」
完全変形した馬場、いやドラゴンは、猛々しい咆哮を上げた。
このバカ、真夜中とはいえ、こんな町中でバカでかい声上げやがって。誰かに見られて警察にでも通報されたら、どうする気だ? それこそ自衛隊が出張ってきて、ハチの巣にされかねないんだぞ。
「ば、馬場君?」
久世も、あっけにとられている。そりゃそうだ。
「逃げろ、久世」
ああなっても、一応理性は残ってるだろうが、理性があろうがなかろうが、どっちにしろ、あいつは俺たちを殺す気なんだ。
と、言ってる傍から、ドラゴンが俺たちに向けて大きく口を開いた。このバカ、まさか。
「ちいい!」
俺は、久世とドラゴンの間に、闇の壁を作り上げた。そして一瞬遅れ、ドラゴンの口から炎が噴き出された。
このバカ、こんなところで火なんか吐きやがって。見つけてくださいって、言ってるようなもんじゃねえか。
「もう止めるんだ、馬場君!」
久世が叫んだ。このバカ。この期に及んで、まだ馬場を説得できると思ってんのか?
「逃げろ、久世!」
どいつもこいつも。
「で、でも、このまま久世君を放っておくわけには」
まったく頑固な奴だ。いや、この場合、それが正解か。今、下手に久世を逃がしたら、それを追って馬場も町に降りかねない。
そうなったら、町中大騒ぎだ。それに世界救済計画の存在が世間に知られて、魔物狩りとか始められたら、それこそ俺のバカンス計画は水の泡だ。それだけは避けねばならん。
かといって、馬場を傷つけるわけにもいかんし、なんとか無傷で馬場を止める方法を考えんと。
「ブオオオオオ!」
俺が悩んでいる間も、容赦なく続く馬場の火炎放射。こんにゃろう。ひとが下手に出てりゃ、どこまでも調子に乗りやがって。
「もう知らん! そっちがその気なら、こっちも徹底的にやってやる!」
不意打ちかまして、終わりにしてやろうか? しかし、それだと馬場が納得しないだろうし、今度こそ量産品の烙印を押されかねない。馬場に、2度と量産品などとほざかせないためにも、ここは正面から行ってやる。
「まさか、馬場君を攻撃する気ですか? 待ってください、羽続さん! そんなことしたら馬場君が」
「わかってる。黙って見てろ」
俺は空に飛び上がると、ドラゴンの真正面に陣取った。
「全力で来い、馬場。こっちも全力でブッ潰してやる!」
そして量産品とほざいたことを、心の底から後悔させてくれるわ!
「行くぞ! クソトカゲ!」
俺は両手に闇の力を収束させた。それに対して、ドラゴンも大きく息を吸い込む。
「消え失せろ、クソトカゲ!」
俺はクソトカゲに向け、闇の大砲をブッ放した。そしてほぼ同時に、ドラゴンも俺めがけて炎を吐き出す。
闇と炎が、2人の間で衝突した。が、それも一瞬だった。闇は、炎を飲み込みながらドラゴンに直撃。夜の古寺は、漆黒の闇に包まれたのだった。
そして黒霧が晴れた後、そこには人に戻った馬場の姿があった。やれやれ、どうにかうまくいったようだ。
「な、なんで?」
馬場自身、何が起きたのかわからずにいるようだった。そして俺の存在に気づくと、あわててドラゴンに戻ろうとした。しかし、どんなにがんばっても、再び馬場がドラゴンに変身することはなかった。
「ど、どうして?」
「それは、俺がおまえを普通の人間に戻したからだ」
「も、戻した?」
「そうだ。俺のセレクトスキルは「物質変換(影)」でな。その力で、おまえを「ドラゴンに変身できる救済者」から「普通の人間」に戻したんだよ」
正確に言うと、影化した馬場から「ドラゴンに変身する能力」を分離したのだ。
影化とは、いわば物質の原子分解だ。そして俺は、その原子に分解された物質を、構成さえ同じなら、どんな形にでも作り替えることができるのだ。まあ、簡単に言うと、俺には炭からダイヤモンドをいくらでも作りだせるということだ。
俺は、その力で影化した馬場から「ドラゴンへの変身能力」を分離した後、馬場本人だけを再構成したのだ。
「う、嘘だ!」
あきらめきれない馬場は、再びドラゴンに変身しようとした。しかし、やはり結果は同じだった。
「そ、そんな……」
馬場は、その場にガックリと崩れ落ちた。
「この先、2度とおまえがドラゴンになることはない。そして、これからおまえは人として、自分の犯した罪と向き合うんだ」
「何が罪だ! なんにも知らないくせに、勝手なことを言うな!」
馬場は吐き捨てた。
「くそ! くそ! くそ!」
馬場は床に拳を叩きつけた。
「僕は悪くない! 悪いのは、あいつだ! あのままなら僕は、あいつに殺されてた! 僕は、あいつから自分の身を守っただけだ! そうだ! これは正当防衛なんだ! 僕は悪くない! 悪くないんだ!」
馬場は半狂乱になって、わめき散らした。
「おまえの言うことにも一理ある」
実際、あのヘビに同情の余地は一片もない。
「ただひとつ言っとくと、もしおまえが本当に自分のやったことが正当防衛だと思っていたのなら、コソコソ隠れて殺らずに、それこそ堂々とブッ殺せばよかったんだよ。そのうえで「こいつらを殺さなければ自分が殺されてた! これは正当防衛だ!」と、堂々と主張すればよかったんだ」
俺なら、そうしている。いや、それ以前に俺なら殺さないな。殺さず半殺しにして、自分のやったことがどういうことか、骨身に染みて思い知らせているだろう。
両目潰してアキレス腱ブッた切って、両肩の間接ブッ壊して、指を一本ずつハンマーで叩き潰して、金玉蹴り潰して、最後に背骨ヘシ折ってるだろう。そうすれば死ぬ以上の苦しみを与えられるうえ、犯罪としても殺人より罪が軽くなるからな。
「まあ、そこまでいかなくても、犯罪スレスレのレベルで血祭りにあげとけばよかったんだ。そうすれば、その先おまえに手を出す奴はいなくなったはずだ。だが、おまえはクソどもに散々好き勝手やらせたあげく、リミッター超えたらブッ殺すっていう両極端な方法を取ってしまった。そのうえ、おまえは久世を殺して犯人に仕立て上げようとすらした。それは、おまえが自分のやったことが犯罪だと自覚していたという、何よりの証拠だ。つまり、その時点で、おまえは自分で自分の正義を否定してしまったんだよ」
「…………」
「せめて、そのセリフを、あの裁判のときに言っていれば、違った結果になったかもしれないのにな。勇気の使いどころを、完全に間違えたな」
「……う、うう」
馬場は、うなだれて嗚咽を漏らした。
その後、馬場は久世の通報で駆けつけた警官に逮捕された。
こうして、学園裁判所の最初で最後の法廷は、今度こそ本当の閉廷を迎えた。
誰にとっても、後味の悪い結末だった。




