第40話
第40話
夜の境内は閑散としていて、正面に古びた本堂がある他は、草木が生い茂っているだけだった。そして、その本堂の前では、ちょうど久世が本堂の扉を開けるところだった。
くそ、間に合わなかったか。できれば久世が来る前に、俺が朝比奈と馬場の安全を確保しときたかったんだが。
俺は久世を追い、本堂に入った。すると本堂の奥で、馬場が口と両手足を縛られた状態で倒れていた。
「馬場君!」
久世は馬場に駆け寄ると、馬場を縛っていた縄をほどいていった。
「これでよし。もう大丈夫だよ、馬場君」
「ありがとう。本当に来てくれたんだね」
「当たり前じゃないか。それより、君だけなのか? 朝比奈君は、どこにいるんだ?」
久世は辺りを見回したが、朝比奈も犯人らしき人物も見当たらなかった。
「あいつなら、僕を縛った後、朝比奈君を連れて出て行ったよ」
「……そうか。とにかく、君が無事でよかった。とりあえず、ここを出よう」
おそらく犯人は、どこかから様子を見ているのだろう。
馬場たちを誘拐までして久世を呼び出しておいて、このまま何事もなく帰らせてくれるとは思えない。朝比奈だけを連れ去ったのも、朝比奈を使って何かを仕掛けるつもりなのだろう。まあ、誘拐犯が何を企んでようと、これ以上こいつらに危害は加えさせないが。
「それはダメだよ」
馬場は、右手を久世の背中に押し付けた。すると、久世が倒れ込んだ。
「ば、馬場、君?」
見ると、馬場の右手にはスタンガンが握られていた。
「ぼ、僕が悪いんじゃない。悪いのは、おまえらだ。あのときだって、そうだ」
馬場は声を震わせ「僕は悪くない」を繰り返した。
「あのとき?」
「裁判の日のことだ。僕は言われた通り証言したのに、木戸は約束を破って、また僕にお金を要求してきたんだ」
やっぱり、そうなったか。
「だから、お金を渡すって呼び出して、殺してやったんだ」
バカなことを……。
「でも、1番許せないのは、君だ。だって、そうだろ。君は実際には何もできないくせに、綺麗事を並べて、いつでも自分は正しいって顔で他人を見下して」
こいつも、相当こじらせてるな。
「挙句の果てに、学園裁判所なんて言い出して。そのせいで、僕はさらし者にされたうえ、周りから恩知らずとか嘘つきとか言われることになったんだ」
いや、でも、それ事実だし。まあ、その大元の原因が俺にあるといえば、返す言葉はないんだが。
「だから、君にはその責任を取ってもらうんだ」
「せ、責任?」
「そうさ。そのために、僕は捕まったフリをして、ここに君を呼び出したんだ。ここで君が死ねば、みんなは君が死んだ理由を「木戸を殺した久世が、その罪の意識に耐え切れず、幼なじみと同じように自殺した」と思ってくれるはずだから」
「じゃあ、朝比奈君は?」
「副会長なら、最初から誘拐なんてしてないよ。前に録音しておいた声を流しただけさ」
そういえば「久世君」以外、何も言ってなかったな。俺も、すっかりだまされたわ。
「あとは君の携帯を使って、知り合いにメールを送ればいい。そのメールで犯行を告白して、木戸の死体が埋めてある場所を知らせれば、誰も疑わない。そのことは犯人しか知らないことだし、それでなくても元々みんな、君のことを犯人じゃないかって疑ってるんだから」
いや、さすがに、そのシナリオには無理があるだろ。警察は、そこまでバカじゃない。
前回は、たまたま防犯カメラに映らなかったか、そこまで捜査していない可能性もある。しかし、殺人事件となれば話は別だ。警察も本腰を入れて捜査に当たるだろうから、この付近の防犯カメラは全部チェックするに違いない。そうなれば、ここに馬場が来たことは、すぐに警察の知るところとなるはずだ。逃げ切れるとは思えない。
「それで、この事件は解決だ」
馬場は再びスタンガンを構えた。
「くそ……」
「思い知れ! 偽善者め!」
「いー加減にしろ」
俺は、馬場からスタンガンを取り上げた。まったく、黙って聞いてれば、勝手なことばかり言いやがって。
「うわああ! ば、化け物!」
馬場は大慌てて後ずさった。が、すぐに冷静さを取り戻した。
「そ、そうか。そういうことか」
馬場は1人納得すると、久世を睨みつけた。
「あれだけ言ったのに、他人に話したんだな、この卑怯者!」
「おまえが言うな」
どの口で、ほざいてやがる。
「それに、久世は誰にも知らせてないぞ。おまえらのことを知って、俺が勝手に来ただけだ」
「う、嘘だ!」
「信じないなら、それでいい」
別に、こいつが信じようが信じまいが、俺には関係ない話だ。
「う、うう……」
馬場は動揺しきりだ。まあ、それも当然だろう。本人にしてみれば、絶対の自信を持って実行した計画が、根底から覆ったのだから。
「どうする? おとなしく自首するか? もし、そうするなら、このまま通報しないで見逃してやるが?」
そのほうが、少しは罪も軽くなるだろう。
「ふ、ふざけるな! なんで僕が警察なんかに行かなきゃならないんだ!」
馬場は俺を睨みつけた。
「お、おまえがどこの誰だか知らないけど、おまえも僕と同じ「救済者」なんだろ? なのに、どうして僕の邪魔をするんだ? 僕は、この世界を守るためにやってるのに!」
「この世界のために? 俺には、自分の保身のために動いてるようにしか見えなかったがな」
「違う! 僕は、これからも世界を守るために、悪を滅ぼさなきゃならないんだ! そのためには、こんなところで警察なんかに捕まるわけにはいかないんだよ!」
「だから、それが保身だろうが」
「違う! 世界のためだ!」
ダメだ。完全に目がイッてる。とりあえずブッ叩いて、おとなしくさせるか。
「そして、世界のために戦おうとする、僕の邪魔をする奴も悪だ。悪は、この世界から排除してやる! 神に選ばれた「救済者」である、この僕が!」
「神に? 悪魔の間違いじゃないのか?」
「ふざけるな! この力は、神がこの世界を守るために与えてくれた力なんだ!」
「そもそも、その「世界を守る」ってのが眉唾モノなんだよ」
「なんだと?」
「確かに、この「世界救済計画」とやらは、一見世界を守るために設けられたもののように思える。だが、実は違う。この計画は、まず特定の人物に、人間の負のエネルギーが原因で世界に危機が迫っていると教える。そして、その上で、その危機から世界を救うためには、どうすればいいかと問う。そうすれば、普通の人間はどう答えるか? 答えは決まっている。その負のエネルギーを発する人間を排除することだ。そして、それはすなわち「悪人を殺すこと」になるわけだ」
「それの、どこが問題だっていうんだ? 世界を滅ぼす害虫は、駆除して当然だろ!」
「そう。そして、そう答えた人間を「世界の救済者」だと祭り上げ、そのために必要な力を与える。そうすれば、その場で、正義の名のもとに殺人を行う「殺人マシン」ができあがるというわけだ。わかるか? つまり、この「世界救済計画」は、人類を救うための計画ではなく、世界のために効率的に人類を間引くための計画なんだよ」
それでなくとも、世の中には「ただ人を殺してみたかった」と、ほざく輩が存在するからな。大義名分を与えられたら、それこそ歯止めが利かなくなる。
だからこそ、俺は皮肉の意味も込めて「何もしない」と答えてやったんだ。
「そして「救済者」にクズどもを殺させた後で、その「救済者」も化け物として政府機関に始末させる。そのために、俺やおまえみたいな奴が「救済者」に選ばれたんだよ。ボッチやイジメられっ子を「救済者」にしておけば、元々社会に不満があるから思い通りに動くだろうし、事が済んだ後に処分しても誰も困らない。いや、むしろ現代問題になっている社会不適応者も一掃できて、世界をより清浄化できるってわけだ」
負け組に汚れ仕事を押し付けて、事が済んだら殺処分する。実に合理的なシステムだ。




