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学園裁判所  作者: 真上真
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第38話

第38話



 あの寄生虫どものことは、いったん執行猶予ってことでいいとして、俺には実刑を科さなきゃならない相手が残っている。あのヘビだ。


 とはいえ、俺はヘビの巣穴を知らないし、こんな夜中に白羽を1人で帰すわけにもいかない。


 やむなく俺は、ひとまず白羽と家に戻ることにした。そして白羽を家に送り届けた後、俺は白河の家に向かった。

 俺がいなくなった後、裁判がどうなったのか。ヘビを駆除する前に確認しておく必要があったからだ。ま、だいたい、想像はつくが。


 俺が部屋に入ると、白河は机に向かっていた。


「白河、勉強中のところ悪いんだが、ちょっといいか?」


 俺がそう声をかけると、白河が振り返った。


「負け犬が何の用?」


 いきなり、きたよ。まあ、そう言われても返す言葉はないわけだが。


「散々大口叩いた挙句、クズどもにいいようにコケにされたピエロが、よく恥ずかしげもなく、あたしの前に顔を出せたわね」


 えらい言われようだ。


「うるせえよ。だいたい、本当なら一発大逆転できたんだよ。それを、あの寄生虫どもが」

「寄生虫?」

「前に半殺しにした、妖怪のことだ。そいつらが、俺が馬場に乗り移ろうとしたところを邪魔しやがったんだよ」

「要するに、あの弁護士とそいつらに、ダブルでコケにされたってわけね」


 だから言い方!


「とにかくだ。そういうわけで、あの後どうなったか知らないんで、説明してくれねえか。まあ、おおよそのところは見当がついてるが、やっぱ学裁は廃止になったのか?」


 あの話の流れからすると、その可能性が1番高い。


「廃止じゃないけど、とりあえず無期限活動中止よ。これからどうするかは、学校と教育委員会の人が話し合って決めるそうよ」

「連中らしい詭弁だな」


 どうせ廃止ありきで、最初から議論なんて、する気もないくせしやがって。


「でも、たぶん復活は無理ね。あの裁判の後、生徒会長、あの木戸って奴、殴っちゃったから」

「殴った?」

「そう。あの木戸って奴に「学園裁判所は、これで終わりだ。ざまあみろ」みたいなこと言われてね」


 あのヘビなら、やりそうなことだ。


「それ以外にも、生徒会長の死んだ幼馴染のことも「おまえの幼馴染たちのことも知ってるぜ。姉弟そろって嫌われ者だったんだってな。弟は根暗なキモオタで、姉は引きこもりだもんな。死んで当然だよな。生きてたって、害でしかねえ奴らだったんだから」みたいな感じで散々けなして、とうとう温和な久世会長もブチ切れて、殴り飛ばしちゃったのよ」


 よくやった、久世。


「だから、学園裁判所の復活は難しいんじゃない。問題を裁判で解決しようって言ってた本人が、暴力を振るっちゃったわけだから」


 確かに、説得力ゼロだな。


「これで、あの生徒会長もわかったんじゃない? 他人に関わる価値なんてない。他人のことを、どんなに思いやったところで、そんなこと無駄なんだって」


 白河は冷たく言い捨てた。


「木戸たちはもとより、あの馬場って奴だって、助けようとした久世会長たちをあっさり裏切り、学生を守る存在のはずの教育委員会の連中は、弁護士とグルになって学裁の存在価値を否定して廃止にした」


 白河の瞳が、侮蔑に染まった。


「つまり、あの連中は教育現場で子供がどれだけ苦労しようと、たとえ死んだとしても知ったことじゃないってことなのよ。大事なのは、自分の身だけ。それがどんなに画期的なものだろうと、いえ画期的であればこそ、それによって得られる未知の恩恵よりも、失われる損失や受ける非難を回避することのほうを優先するのよ。究極の事なかれ集団だから」


 白河は微笑した。


「もっとも、そんなことは別にあの連中だけの話じゃないけど。人間なんて皆そんなもんだし、特に日本人はね」


 ほぼ同意見だが、そこまで言われると、さすがに反論したくなってくる。


「そんなことはないと思うぞ。日本人は、他と比べれば善良な部類だろ。だからこそ、外国人からも称賛されるわけだし」

「日本人が誠実に見えるのは、日本人がどこまでも保身しか考えてないからよ。だからこそ、他人の目があるところ、特に強者と認識している外国人に対しては、非難を浴びないように、いい子ちゃんぶってるだけなのよ」


 よーし。白河は今日も絶好調だ。


「それに、よく日本人は熱しやすくて冷めやすいって言うけど、あれは別の見方をすれば、調子に乗りやすくてヘコみやすいってことでしょ。調子に乗るときは、果てしなくどこまでも調子に乗って他人をないがしろにして、ヘコむときには、これも際限なくヘコんで、簡単に自殺してしまう。要するに、あたしに言わせれば、日本人には自制心がないのよ。自分で自分を律しきれない。だから、他人の顔色うかがうことだけはうまくなる。そして弱きを叩き、強きに媚びるを平然と行えるのよ。その場合、自分にリスクはないから。要は本性が現れるのね。政治家や官僚、大企業の役員を見てればわかるでしょ」


 白河の毒は、止まるところを知らない。


「まあ、おまえの言う通りだけどな。それでも、久世や此花みたいな奴がいることも事実だ。それは、おまえも認めるだろ?」

「だから何? いい奴もいれば悪い奴もいる。だから、人を信じるのをあきらめるな。みたいな、陳腐な説教でもしたいの?」

「少し違う。俺が言いたいのは、見極めが大事ってことだ」

「見極め?」

「そうだ。おまえの言う通り、上辺だけ善人ぶってる奴だっているし、仮にそれまで善良だった人間も、状況が変われば平気で人を裏切るし傷つけもする。だからこそ、自分の周りにいる人間がどういう奴で、どういう意図で行動しているか。自分の置かれた状況を、客観的に見極める必要があるんだよ」

「…………」

「おまえは、自分では人間の本質を見極めて、他人より高みに立ったつもりでいるみたいだけどな。俺に言わせれば、おまえは単に考えることを放棄してるだけだ。高潔どころか、ただの怠惰。堕落でしかないんだよ」


 盲目的に他人を信じるのも同じだ。一見、美しく聞こえるが、どっちも楽してるだけに過ぎない。そして結果的に裏切られたとしても、その全責任をだました相手に押し付けて、自分は聖者を気取り続けるのだ。


「その頭は飾りじゃないんだろ。だったら、自分の目で見て、耳で聞いて、あらゆる可能性を自分の頭で考えろ。それができないっていうなら、おまえも方向性が違うだけで、おまえがバカにしてる連中と同レベルの考えなしってことだ」

「……ああ言えば、こう言う。本当に口の減らない奴ね」


 それ、おまえが言うか?


「とにかく、そういうことだから。用が済んだんなら出てってくれる? 勉強の邪魔だから」

「へいへい」


 俺は、白河の部屋を出た。


 やっぱり、学園裁判所は廃止か。残念だが、仕方ない。予想してたことだし、白河の件も、俺がたまに様子を見に行けば済む話だからな。


 となると、残る問題は唯ひとつ。あのクソヘビどもの落とし前だ。できれば、今すぐにでも開廷してやりたいところだが、生憎どこに住んでるか知らないからな。明日までは動きようがない。だが、明日になれば……。


 待ってやがれ、クソヘビ野郎が! 明日になったら、世の中ナメくさりきったことを、死ぬほど後悔させてやるからな!


 俺は、そう固く心に誓った。


 しかし、その俺の誓いは、またも破られることになってしまった。

 翌日、俺が学校に乗り込むと、ヘビが行方不明になっていたのだ。


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