第37話
第37話
「おまえ、なんで、ここに?」
ここは、普通の人間には来られない場所のはずだぞ?
「待ってて、今出してあげるから」
白羽がそう言った直後、手鏡に亀裂が入った。そしてその亀裂はどんどん大きくなり、ついに手鏡は完全に砕け散った。
「よかった、翔君!」
白羽は、鏡から出て来た俺に抱きついた。
「おまえのほうこそ、無事でよかった」
て、ちょっと待て。
「なんで、おまえがここにいる? それに、どうして俺に触れるんだ?」
今の俺は、実体のない影なんだ。普通の人間は、抱きつくことはおろか、触れることさえできないはずなんだ。
「それは」
白羽が答えかけたとき、その体から獣の耳が生えてきた。
「それは、あたしが憑いてるからよ」
そう言いながら白羽の体から出て来たのは、以前白羽に取り付いていた寄生虫だった。
「この野郎、よくもぬけぬけと」
ブッ殺す!
「待って、翔君!」
「止めるな、白羽!」
そもそも、こんなことになったのは、おまえがだな。
「違うの、翔君、彼女はわたしを助けてくれたの。それに、こうして翔君を助けることができたのも、彼女のおかげなのよ」
「どういうことだよ?」
意味不明だ。こいつは、あの寄生虫どもの仲間だろ? それが、どうして俺やおまえを助けるんだよ?
「簡単な話よ。今回の件に、あたしはからんでないからよ」
「からんでない?」
どういうことだ、寄生虫?
「むしろ、あたしは止めたのよ。もう、これ以上、あんたにはからむなってね」
寄生虫は肩をすくめた。
「けど、あいつら聞かなくて、封印具まで用意して、あんたにリベンジしにいっちゃったってわけ」
「それで、どうしておまえが俺を助けるって流れになるんだ、寄生虫?」
「寄生虫、寄生虫ってね。あたしには玉枝っていう名前が、ちゃんとあるのよ。それに、こう見えても妖怪のなかでは上位に位置してるんだから、それなりに敬意を払ってもらいたいもんだわ」
「何が敬意だ」
寝言ぬかすな。
「だいたい、あんた助けてもらっといて、さっきから礼の一言もないんですけど? 文句言う前に、まずは「助けてもらって、ありがとうございます」って、礼を言うのが先でしょうに。まったく、これだから最近のガキは」
寄生虫は、これみよがしにため息をついた。なんで、他人の体を勝手に乗っ取って好き放題してた寄生虫に、上から目線で説教されなきゃならんのだ?
とはいえ、まあ言ってることは、もっともだ。
「そうだったな。助かったよ。ありがとう、白羽」
今回の件、99パーセントは、おまえが原因という気がしないでもないが。
「ちょっと、あたしへの礼は?」
「殺されないだけ、ありがたく思え」
本当なら、八つ裂きにしてるところなんだ。
「あんたねえ、どういう性格してんのよ。まったく、親の顔が見てみたいわ」
だから、おまえが言うな、寄生虫。
「まあ、いいわ。あたしが、ここに来た目的も、実際のところ、それなわけだし」
「どういうことだ?」
本当に、こいつのいうことは意味不明だ。
「だからあ、たとえばよ、万が一あんたに自力で封印を破れる力があったとして、もし封印を破ったら、あんたどうしてた?」
「あの寄生虫どもを殺しに行く」
決まってるだろうが。
「言うと思った。で、もしよ、もしそのとき、あんたがあたしのことも見つけ出したとして、あたしが「あたしは、あいつらとは関係ないの。あれは、あいつらが勝手にやったことなのよ」って言ったら、あんた信じた?」
「誰が信じるか」
そういうクソは、どこにでもいるからな。散々好き放題したあげく、ヤバくなったら「俺は命令されただけなんだ」とか、ほざく奴が。
「でしょ。だから、あたしとしては、身の潔白を証明するためには、白羽と一緒にあんたを助ける必要があったのよ」
「……なるほどな」
「ま、あんたが、あのまま永遠に封印され続けることが確定してるなら、あたしも放っておいたんだけどさ。あんた得たいが知れないからね。万が一にも、自力で封印解かれたら終わりだから、白羽に力を貸すことにしたってわけ」
「なんだ。結局、自分のためなんじゃねえか。礼を言って、損したわ」
「はあ? あんたが、いつあたしに礼言ったのよ? ねえ、いつよ? 何時何分何秒よ? 言ってみなさいよ、ホラ」
あー、うるさい。もう、バカは放っとこう。
「無視すんな、コラ!」
「うるさい。耳元で騒ぐな。クソ狐」
「く、あんたねえ、それが命の恩人に対する態度?」
何が恩人だ。てか、そもそも人じゃないだろ、おまえ。
「寄生虫からランクアップしてやったんだ。むしろ、ありがたく思え」
「な……」
「そんなことより、さっさと、ここから出るぞ。そんで、あの寄生虫どもを、今度こそ皆殺しにしてやる」
待ってやがれ、寄生虫ども。
「ちょっと待って!」
クソ狐が俺の行く手に立ちふさがった。なんだ? まだ何かあるのか?
「それなんだけどさ、あいつらのこと見逃してくれない?」
「はあ?」
何言ってんだ、こいつ?
「ねえ、頼むよ。あんなんでも、あたしの仲間なんだ。あんたも、この娘も一応無事だったわけだし、あいつらには、もう2度とこんなことしないように、あたしからキツく言っとくからさ。ね、この通り」
クソ狐は、顔の前で手を合わせた。
「お前な、調子に」
「わたしからも、お願い、翔君」
白羽がクソ狐に加勢した。まったく、このお人よしが。
「……わかった。だが今回だけだぞ」
なんか、前にも同じこと言った気がするが。
「今度こそ、次はねえぞ。あのクソ寄生虫どもに、よく言っとけ」
「ありがとう。恩に着るよ」
「ありがとう、翔君」
「たく」
俺は、おまえの完全無欠のハッピーエンドのためだけに、今ここにいるんだ。そのおまえの望まないことを、俺がするわけにはいかないだろうが。
「とにかく、外に出るぞ」
俺はクソ狐が憑依し直した白羽と一緒に、地上へと昇っていったのだった。




