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学園裁判所  作者: 真上真
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第34話

第34話



 学園裁判所の公判手続きは、実際の刑事裁判と同じだ。


 最初に人定質問、つまり裁判官による被告人の本人確認が行われ、次に検察官によって起訴状の朗読が行われる。そして黙秘権の説明と続き、最後に被告側の罪状認否が行われる。罪状認否とは、要するに被告側が起訴された内容を認めるかということだ。


 そして公判手続きは黙秘権の説明まで淡々と進み、弁護人による罪状認否となった。


「起訴事実を全面否認します」


 タヌキは堂々と無罪を主張した。しかし、これは十分予想できたことだ。

 そもそも罪を認めるぐらいなら、高い金を払ってまで弁護士など雇わないだろう。問題は、どうやって無罪を勝ち取るつもりでいるのか、ということだ。


 そして続く冒頭陳述で、タヌキは無罪の根拠を述べた。


「検察側は、被告人と原告被害者がイジメ関係にあったと主張していますが、これは事実ではありません。被告人と原告被害者は過去も現在も友人関係にあり、今検察官が述べた罪状は交遊中に起きた、ささいな悪ふざけに過ぎないのです」


 タヌキの答弁は、すべてヘビの主張通りのものだった。


「これは被告人のみならず、原告である馬場君も認めているところです」


 タヌキの発言に、傍聴人からざわめきが起きた。


「弁護側は、その証人として馬場良明君の証人喚問を要求します」

「認めます」


 裁判長が許可を出し、馬場が証人席に立った。


「では、馬場君、まず先に検察側が述べた起訴内容に関してだが、君はあれを事実だと認めますか?」


「い、いいえ、認めません」


 馬場は、つまりながらも断言した。


「あれは、すべてデタラメです」


 再び体育館がざわめいた。


「デタラメ? では君は、ありもしないことで、クラスメイトを訴えたのかね?」


 裁判長が不快感を露にした。


「裁判長、そのことに関しましては、わたしのほうから説明させていただきます」


 タヌキが割って入った。


「先程わたしが申しましたように、この馬場君と被告人の関係は良好で、そこにイジメなど存在してはおりません。にもかかわらず、なぜ馬場君は被告人を訴えたのか? それは、そこに第三者の介入があったからです」

「第三者? それは一体誰ですか?」

「はい、それは、そこにいる久世来世君です」


 タヌキは、傍聴席の先頭にいた久世を指さした。そうきたか。


「彼が馬場君の自宅まで押しかけ、馬場君に学園裁判所への被害届の提出を強要したのです。無論、馬場君は当初、その申し出を断りました。当然です。彼と被告人の間には、イジメ問題など元より存在しなかったのですから」


 タヌキは、馬場を痛ましそうに見た。


「しかし久世君は、なおも執拗に被害届の提出を馬場君に迫りました。そして最後には、とうとう被害届の提出を馬場君に了承させてしまったのです」

「なぜ久世君は、そこまでして馬場君に被害届を出させたかったのですか?」


 裁判長が訊いた。


「それは、直接本人に確かめられるべきかと。もっとも、彼にその気があれば、の話ですがね」


 タヌキは意地の悪い笑みを浮かべた。そして、久世は裁判長の求めに応じて証人台に立った。


「では、久世君、これまでの弁護人の主張について、何か間違っていると思う点があれば、述べてください」

「はい、裁判長。僕は確かに馬場君の自宅まで行き、彼に被害届の提出を求めました。しかし、決して無理強いなどはしていません」

「なるほど。あくまでも、被害届の提出は、本人の意志だと言うわけですね?」

「はい、そうです」


 久世は裁判長に力強くうなずいた。すると、そこにタヌキの横槍が入った。


「だが君は、馬場君に、こう言ったそうじゃないか。もし君が学園裁判所に被害届を提出してくれたら、訴えることを尻込みしている他の学生も被害届を出しやすくなる、と。これは、すなわち馬場君に対してプレッシャーをかけたということだろう。君の「被害届を出せば他の学生も出しやすくなる」という言葉は、裏を返せば「被害届を提出しなければ他の学生を助けられないんだぞ」という脅しをかけたということなんだ。要するに、君は馬場君を利用したんだ。自分が創った学園裁判所の有益性を証明するために」


「異議あり!」


 白河が手を上げた。


「今の弁護人の発言は、悪意に基づく憶測に過ぎません」

「わたしは事実を言っているのだよ、検察官殿」


 タヌキは、白河の異議を一蹴した。

「事実、久世君にそう言われた馬場君は、被害届の提出を拒めなくなった。自分は久世君に脅された、と他ならぬ本人が主張しているのだ。そうだね、馬場君?」


 タヌキに話を振られた馬場は、迷わずうなずいた。


「そうです。僕は久世生徒会長に脅されて、無理やり被害届を提出させられたんです。僕と木戸君たちの間に、本当にイジメなんてありません。ただの、仲のいい友達です」

「聞いた通りだ、検察官殿。まだ、何か反論があるかね?」

「……いいえ」


 羽矢は席に着いた。


「よろしい。では、次の質問に移ろう。久世君、君は馬場君に、彼が被告人にイジメを受けていることを匿名の手紙によって知った、と言ったそうだが、事実かね?」

「はい」

「そして君は、その自分の名前さえ明かさぬ、うさん臭い怪文書の内容を鵜呑みにして、被告人をイジメの加害者だと決めつけた」

「決めつけてはいません。手紙により、その可能性を示唆されたので、調査を行っただけです」

「同じことだろう。結果的に、ありもしないイジメがあると決めつけたのだから」

「馬場君の近辺調査を行った結果から、その可能性が高いと判断しただけです。特に、証拠として提出した記録映像は、イジメであると結論づけるに十分だと判断しました」

「なるほど、確かにあの公園での出来事については、被告人もやり過ぎであったことを認め、謝罪している。しかし、それも遊びのなか、つい興奮してしまった上での、いわば子供の喧嘩レベル。それは、被告人は元より、被害者である馬場君も認めていたはずだ。にもかかわらず、君はその主張をまったく聞き入れることなく、イジメと決めつけた」


「異議あり!」


 白河が再び声を上げた。


「学裁執行部のすべきことは、問題が発生した場合に、その事実の有無を調査し、客観的な証拠を法廷に提出することです。先程から聞いていると、弁護人は久世生徒会長が被告人を一方的に断罪したかのような発言を繰り返していますが、久世生徒会長は学裁執行部の長として、イジメの可能性のある本件を起訴することで、イジメの有無を含めた判断を、この法廷に委ねたに過ぎません。それに弁護人は、起訴された被告人は必ず有罪になるかのように主張されていますが、それはこの法廷を、いえ、この国の裁判制度そのものを軽視し、侮辱するものです」


「なるほど、もっともな意見だ。だが、君はひとつ忘れていることがあるのではないかな、検察官殿」

「忘れていること?」

「そう、それは元々この学園裁判の裁判官が、他の誰でもない久世君だということだ。つまり久世君には、被告人を起訴するだけでなく、罪の有無さえ決定できる権限が与えられていた、ということなのだよ」


 タヌキの指摘に、白河の表情が険しさを増した。


「弁護人は、悪意に基づき事実を矮小化しています。確かに、この裁判の裁判官が久世会長のみであれば、今弁護人が主張したような操作は可能かもしれません。ですが実際には、裁判官は久世会長以外にも複数人いるうえ、こうして多くの傍聴人にも見られています。そのなかで、もし会長が独善的な判決を強行しようとすれば、それこそ校長や教頭の反対にあうでしょうし、傍聴人である保護者の方々も黙ってはいないでしょう。あなたの言っていることは、久世会長は元より、ここに集まったすべての人々を侮辱し、冒涜するものです」


「なるほど。確かに、久世君1人で被告人を有罪にはできないかもしれない。しかし、その判決に多大な影響を与えることができる立場にあることは、検察官殿も認めざるを得まい。そして検察官役に、自分の息のかかった君を配置すれば、裁判官のみならず、傍聴人の思考さえ操作することが可能となる。現に、今君は本物の弁護士であるわたしに対して、傍聴人をも味方につけて真っ向から対抗している」


 タヌキは皮肉った。


「まったく見事なものだ。頭の回転も早く、度胸もある。君が被告人を糾弾し、久世君が裁判官として君臨していれば、それこそ公判を思いのままに誘導することができるだろうね」

「異義あり! 今の弁護人の発言は、なんら根拠のない、悪意に満ちた推測に過ぎません」

「根拠ならばある。わたしが調べたところによると、君は他人を寄せ付けない、排他的な人間であるようだね。君はクラスメイトとの間に壁を作り、話すことさえ拒否していると、君のクラスメイトの証言も取れている」

「異義あり! わたし個人の人格と、検察官職を遂行するうえでの能力の有無は、なんら関係のないことです!」

「関係はある。他人を裁く者は、それだけの覚悟と潔癖さが要求されるのだ。君とて、何人もの人間を殺した殺人犯に、君の罪の重さを偉そうに裁かれたくなどないだろう?」


 タヌキの指摘に、白河は眉をひそめた。


「そのために、この国では司法試験を実地して、その資格の有無を判断しているのだ。そして司法に携わろうとする者は、誰であれ皆その試験で振るいにかけられ、その狭き門を突破できた者だけが、こうして法廷に立つことを許されるのだよ」


 タヌキは、得意げに腹鼓を打った。


「この学園裁判所に、そのような試験がないのはやむを得ないとして、であればこそ、裁判官や検察官役を勤める者には、その役職を任されるに足る人格者があたるべきだろう。それに足る資格が、君は自分にあると胸を張って言えるのかね?」


 こういう攻められ方が、白河には1番堪えるだろう。なぜなら、自分が嫌な奴であることを、誰より羽矢自身が1番よくわかっているからだ。さすがに黙ってられん。ちょっと体を借りるぞ、久世。


 俺は久世に憑依した。


「白河君の検察官職は、生徒会で話し合った結果決まったものであり、その承認は校長先生からも戴いています」

 俺は久世の口を借り、白河の弁護に回った。

「それに、検察官が自分の裁量により刑罰を決定できるならばともかく、学園裁判所において、刑罰は学園法により、あらかじめ定められているものを適用しているに過ぎません。それに白河君は、少し人付き合いが下手なだけです。それこそ、先程あなたが言われたような殺人犯であるならばともかく、彼女の不器用さをあげつらい、それのみをもって、あたかも検察官職の欠格事由に該当するかのごとく断じるあなたの発言こそが、弁護士の適性を疑われる、恥ずべきものでしょう。その主義や理念のみで検察官職の適性のあるなしは元より、その人格まで否定するような言動は、それこそ名誉棄損にあたるのではありませんか?」


 俺は、タヌキを冷ややかに見やった。検察官の欠格事由は、あくまでも前科がある者だけだろうが。


「……なるほど」


 タヌキは苦笑した。子供相手だと思って、完全にナメてやがるな、このタヌキ。


「確かに、排他的であるということ、それ自体は決して検察官役の不適格要素には当たらないかもしれない。そして、その排他的な性格を除けば、彼女には十分検察官役を遂行する能力があると認めよう。だが、君は別だ。というよりも、むしろ君にこそ問題があるのだよ、久世君」

「どういうことでしょうか?」


 今度は、どんな難癖つける気だ?


「わたしは、今回の事件を調べていくうち、ある興味深い事件に行き着いた。それは3年前に起きた、あるイジメ自殺及び、そのイジメ事件に関連して起きたと思われる女子高生による殺人事件だ」


 タヌキはドヤ顔で言い放った。



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