第31話
第31話
翌日、俺の気分は晴れなかった。
馬場からの被害届は期待できない。
かといって、このまま木戸たちの横暴を見逃すこともできない。
と、なれば、久世に残された手段は限られている。
教師に告げるか、生徒会として直接木戸らに注意勧告するか、だ。
そして、もしそれでも木戸らが改心しない場合は、最終手段として朝比奈が撮ったイジメ現場を、実名入りでネット配信するという方法もある。
この場合、奴らは学校は元より、町内からもバッシングを食らうことになる。そうなれば、さすがに連中も調子に乗り続けることはできないし、教師も本腰を入れて乗り出さざるを得なくなる。
だが、久世としては、そこまではしたくないらしい。クズとはいえ、同じ中学の生徒だし、生徒会長として、できれば穏便に解決したいのだろう。
八方塞がりの状況は、しかし放課後、一変することになった。
生徒会室に馬場が現れたのだ。
「ど、どうして?」
「……あ、あれから、ずっと会長に言われたことを考えていたんです。正直、あいつらの仕返しが怖くないと言えば嘘になるけど、どうせこのまま黙っていても同じことだし、だったら、僕が勇気を出すことで、こんな僕でも誰かの役に立つことができるならって」
馬場は小声ながら、はっきり言い切った。
「そ、そうか。ありがとう。本当にありがとう」
久世は馬場の手を取った。
「よかったね、久世君。久世君の気持ちが通じたんだよ」
朝比奈も満面の笑顔だ。
そして久世は、馬場良明からの被害届を受理した。
告訴人は2年2組在籍の馬場良明。
被疑者は、同じ2年2組の木戸孝、井上誠、渡辺良二、加藤学、村井明の五名。
そして馬場からの被害届を受理した学園裁判所は、さっそく公判に向けての手続きに入った。
ちなみに、学園裁判所の訴訟システムは、ほとんど通常の裁判と同じだ。
本当の刑事訴訟の場合、犯罪の発生から犯人の逮捕、起訴を経て、検察官と弁護士が裁判で争い、裁判官が判決を下す。
また民事訴訟の場合は、原告と被告が互いに弁護士を立て、それぞれが自分の主張を行ない裁判官が判決を下すことになる。
そして学園裁判所も、その訴訟内容によって民事と刑事に分けられており、今回の馬場良明の場合は刑事訴訟にあたると判断された。
ただ本物の裁判と違い、学校には警察組織ほどの強制権がないので、犯人の逮捕、拘留、事情聴取などの捜査権がない。
そのため事情聴取に応じるかは、あくまでも被告側の任意となる。
俺的には、こういう場合には被告が罪を認めたものとして、被告の顔と名前と罪状をネットやプリントで学校の内外に公布することを主張したのだが、この案は久世に却下されてしまった。いい考えだと思うんだがなあ。
まあ、それはさておき、手続きを済ませた此花は、意気揚々とへビの巣穴へと乗り込んでいった。一応、お目付け役として川登も同行しているが、果たしてどこまで効果があるか、怪しいところだ。
「木戸孝!」
此花は木戸の名を呼びながら、教室を突き進んでいった。案の定、此花は暴走状態だ。散々我慢してたから、相当鬱憤がたまっているのだろう。
此花は木戸の前で立ち止まった。
「木戸孝だな?」
「あ? そうだけど、なんか用かよ?」
木戸は席に着いたまま、此花を見上げた。
木戸は長身に加えて、リ-ゼントに吊り目と、見た目からして冷血なヘビだ。
「木戸孝! 貴様と、井上誠! 渡辺良二! 加藤学! 村井明! の五名には、そこにいる馬場良明から学園裁判所に被害届けが出されている! 罪状は馬場良明への暴行、恐喝、脅迫だ!」
「あ-?」
ヘビは馬場を睨みつけた。
「馬場-、おまえ何勝手な真似してくれてんだよ。冗談にしても、笑えねえぞ、コラ」
ヘビが頭をもたげた。
「貴様、性懲りもなく」
此花の拳が固く握りしめられた。あ、ヤバい。殴る。
「一応、警告させていただきますが」
川登は爆発寸前だった此花を押しのけると、ヘビの前に立った。
「ああ?」
「そこにいる馬場良明氏は、学園裁判所にあなた方を告訴し、当方はそれを受理しました。よって、その身柄はこれより裁判が結審するまで、学園裁判所の保護下に置かれます。そして、もしその期間中に被疑者等により危害が加えられた場合には、当件の被告であるあなた方は、無条件で有罪となりますので、あしからず」
これも原告被害者を守るための、学園裁判所の独自法だ。
「ちなみに、罰は最低でも3日間の補習、最高刑だと独房での1ヶ月の個人授業となりますので、十分ご注意くださいますように」
「独房だあ?」
ヘビは細い眉をしかめた。こいつ、さてはブログに乗せた学裁法、読んでねえな。
「おもしれえじゃねえか、てめえ」
ヘビは川登に、にじり寄った。
「つきましては本日の昼休み、あなた方には学裁本部までお越しいただき、本件についてお話しいただきたいのですが、ご都合のほうはよろしいでしょうか?」
ヘビの恫喝など意に介さず、川登は淡々と話を進めた。
「悪い、てか、なんでオレがそんな取り調べみたいなモン受けなきゃなんねえんだ、ああ? てめえらに、なんの権限があんだ、ああ?」
ヘビは、川登に凄んでみせた。
このチンカスが、どこまでも調子に乗りやがって。今すぐ、開廷してやろうか。
「受けたくなければ、それで結構です。裁判の際に、それだけ心証が悪くなるだけですから」
「…………」
「用件はそれだけです。お手数を取らせて、申し訳ありませんでした」
川登はヘビに頭を下げた。
「皆さんも、お騒がせして申し訳ありませんでした。僕たちは、これで失礼させていただきますので、どうぞ雑談を続けてください」
川登は周囲の学生にも、うやうやしく一礼した。
「では、これで失礼します」
川登は最後に、もう1度ヘビに頭を下げると教室を出た。此花も黙って川登に従う。この場の空気は、完全に川登が支配した形だ。
「川登会計! どうして邪魔したのですか!」
此花は教室を出たところで、川登に食って掛かった。
「君のほうこそ、どういうつもりだ? あんなところで彼に手を上げようとするとは」
川登は冷ややかに言った。
「奴の言い分を聞いたでしょう! あなたは腹が立たないのですか!」
「別に。ああ言うと思ってたからね」
「だからと言って……」
「彼らにとっては、馬場をいたぶるのは、ガキが虫の足を引っこ抜いたり、カエルを解剖するのと同じことなんだよ。面白いからやっている。ただそれだけだ。結果的に虫が死のうがカエルが死のうが関係ないし興味もない。むしろ虫やカエルが苦しがって身悶えたら、余計に面白がってさらに苦しめて、もっと身悶えてるところを見ようとするんだよ」
「彼は虫やカエルじゃない!」
「彼らにとっては、同じだってことだ。そして、だからこそ、この学園裁判所に存在価値がある、と久世会長は考えているんじゃないのかい?」
その通りだ。でなければ、俺がとっくに開廷している。
「そ、それは……」
「あそこで手を出していたら、それこそ学裁の存在価値を、君が否定することになっていたんだぞ」
「む……」
「いいかい、此花君、僕は学園裁判所とやらがどうなろうと、はっきり言って知ったことじゃない。だがね、仮にも生徒会が設立したシステムが、その生徒会役員の暴行事件によって廃止にでもなったら、同じ生徒会のメンバーである僕の経歴にまで、傷がつくことになってしまうんだよ。君が、どこで誰を相手に、どんなバカな真似をしようと君の勝手だけどね。それは、君が庶務の職を辞した後にしてもらいたいね」
川登はそう言い捨てると、此花に背を向けた。
「…………」
此花は不満顔だったが、それでも川登に対して、それ以上の追及はしなかったのだった。




