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学園裁判所  作者: 真上真
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第30話

第30話



 学園裁判所の創設から、1週間が過ぎた。


 しかし、いまだ被害届は1件も提出されていなかった。


 もっとも、これは最初から予想していたことだし、気にしても仕方がない。


 もしかしたら、本当に今この学校でトラブルが発生していない可能性もあるし、何より学園裁判所が設立され、その検察官役に白河が任命された時点で、俺の目的は達成されたのだ。

 白羽の教育実習も無事終了したし、万事めでたし、めでたしだ。


 だが、さらに3日が過ぎた10月半ばの水曜日、その状況に変化があった。

 と言っても、被害者が現れたわけじゃない。

 1通の手紙が、生徒会室に投函されたのだ。後から久世に聞いた話では、見つけたのは朝比奈で、朝来たら床に落ちていたらしい。


 手紙に差出人の名前はなく、内容はイジメの告発だった。

 その手紙によると、なんでも2年2組の馬場良秋が、木戸孝ら4人のクラスメイトにイジメを受けているというのだ。


おそらく、クラスでのイジメを見かねた誰かが、こういう手段で学園裁判所に告発してきたのだろう、というのが久世の考えだった。

 イジメは第三者が下手に被害者を庇うと、その悪意が自分に向かって来かねない。それを回避するために、投函という形を取ったのだろう、と。


 そして告発を受けた久世たちは、さっそく調査を開始した。


 調査は桂と此花が行うことになり、3日間の調査の結果、木戸たち4人による馬場へのイジメ行為は事実であるとの確証を得た。


 決定的だったのは、朝比奈が撮影した木戸たちによる馬場への暴行現場の映像だった。そこには、人気のない公園へと連れ込まれた馬場が、木戸たちにエアガンで撃ちまくられる姿が映っていた。


 逃げ回る馬場の顔からは、血がにじみ出ていた。おそらく、ある程度の改造が施された銃なのだろう。

 さらに木戸たちは倒れた馬場に「グズ」「ノロマ」「カス」と罵声を浴びせ、また殴る蹴るの暴行を加えた。


 正直、今すぐ開廷してやろうかと思ったぐらいだ。しかし、それでは学園裁判所の存在意義を否定することになるし、久世たちの努力を無駄にすることになってしまう。


 ともあれ、これで木戸たちを起訴できるだけの証拠は手に入れた。後は被害者である馬場が被害届を出してくれれば、木戸たちの暴挙に対し、正当な罰を下すことができるはずだった。


 だが告発があったとはいえ、裁判を行うためには、やはり当事者の合意を得なければならない。

 実際の警察であれば、第三者からの通報でも逮捕、起訴は可能だが、学園裁判所には、そこまでの権限はない。特に今回は匿名の告発があっただけで、これを根拠に加害者を起訴すると、学裁はただの粛正機関と化してしまう。

 この問題を回避するためにも、ここはやはり被害者本人からの被害届が必要なのだった。


 もっとも、久世たちは生徒会役員なのだから、学園裁判所の手続きなど無視して、生徒会として発覚したイジメを解決するために動くこともできる。

 だが、この場合久世たちは自分たちの創った学園裁判所の存在価値を自ら否定することになるし、できることも厳重注意か教師に報告するぐらいのものとなる。

 だが、それで解決しないからこその学園裁判所なのだ。


 それに、学園裁判所が創設されたことは、当然馬場も知っているはずだ。にもかかわらず被害届を出さないということは、学裁の問題解決能力を信用していないということになる。そして、それは加害者側も同じで、学園裁判所に訴えられようと何もできないとタカをくくってるってことだ。そんな馬場に、普通に被害届の提出を求めたところで、出すわけがない。


 かといって、このまま見過ごすこともできない。考えた末、久世の取った行動は、玉砕覚悟で馬場と直接交渉することだった。


 放課後、久世は馬場が帰宅してきたところで接触を図った。学校で接触しなかったのは、もし木戸たちに気づかれてしまった場合、馬場へのイジメの悪化を招きかねなかったからだろう。


「馬場良秋君だね」


馬場家の玄関前で、久世は馬場を呼び止めた。


「こんにちは、僕は久世信也、同じ学校の生徒会長をやらせてもらってるから、知ってるかもしれないけど」

「あ、あの、僕に何か?」


 馬場は、おどおどした様子で答えた。眼鏡をかけた顔は色白で、体の線も細い。確かに、イジメの標的にされやすいタイプだ。


「うん、今日は君に折り入って話があって来たんだ」

「は、話?」

「そう、君が木戸孝明君たちから受けている、不当な嫌がらせに関してね」


 久世がそう切り出すと、馬場は一気に鼻白んだ。


「な、なんのことか、わかりませんね」


 馬場は急いで家に逃げ込もうとした。


「待ってくれ」


 久世は玄関前に立ち塞がった。


「どいてください。なんだっていうんですか、一体」


 馬場は、いらだたしげに言った。


「君が隠したくなる気持ちは、よくわかる。誰だって自分がイジメ被害に遭ってるなんて」知られたくないに決まっている。だけど」

「だから! 知らないって言ってるだろ!」


 馬場は久世を押しのけた。


「君は、本当にそれでいいのか? このまま、彼らにオモチャ扱いされ続けていくつもりなのか?」

「う、うるさい! 何も知らないくせに、勝手なことを言うな!」


馬場は玄関の鍵を開けた。


「……確かに、僕は君のことを知らない。でも、君を見て、そして心配してくれている人は確実にいるんだ。これが、その証拠だ」


久世は例の告発文を、ポケットから取り出した。


「これは、君がクラスメイトからイジメを受けていることを記した告発文だ」

「こ、告発文?」

「そうだ。差出人の名前ことないが、これが生徒会室に届けられたからこそ、僕たちは君のことを知ることができたんだ。おそらく君の苦境に心を痛めた誰かが、君を助けてほしくて、この手紙を僕たちのところに届けたんだよ」

「…………」

「そして、僕も君のことを助けたいんだ。そして、それは君が少しの勇気を出してさえくれれば叶うんだ。そして君が、その勇気を持って学園裁判所に被害届を出してくれれば、君と同じような苦しみを抱えている、多くの人たちにも勇気を与え、救うことができるかもしれないんだ。被害届を出してくれれば、もう誰にも君に危害を加えさせない。だから頼む。この通りだ!」


久世は馬場に頭を下げた。しかし、馬場からの返事はなく、静かに玄関の扉が閉ざされただけだった。


「……今日は、これで失礼するよ。でも、気が変わったら、いつでも生徒会室に来てくれ。待ってるから」


そう言い残し、久世は馬場家を後にした。


 ここで俺が馬場を説得してもいいのだが、それじゃ久世の心意気に水を差すことになる。任せると約束した以上、もう少し様子を見るのが筋というものだ。


 俺はそう思い返し、馬場家を後にしたのだった。





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