第3話
第3話
ようやく合点がいったわ。
ここ最近の白羽の行動は、およそ白羽らしくないものばかりだった。
化粧っ気などまるでなかった白羽が、口紅やマニキュアを塗りたくり、イヤリングやネックレスで着飾った姿は、確かに違和感ありまくりだった。
それでもその変化を、俺は白羽の心変わりが原因だと思っていたんだが、これが本当の理由だったわけだ。
「なんだ、こいつ?」
「影?」
寄生虫どもは、気色ばんで俺を取り囲んだ。
「俺のことは、どうでもいい。そんなことより、さっさとそいつの体から出ろ。寄生虫」
俺は白羽を指さした。
「ああ、そういうこと」
寄生虫は薄笑った。
「あなたも、この器が欲しいのね」
「は?」
何言ってんだ、この寄生虫?
「でも、お生憎様。あたしは、当分この体から出ていく気はないから」
あのな。
「でも、そのうち飽きたら、あなたに譲ってあげてもいいわ。だから、それまでは、あなたも別の器で我慢しておきなさいな」
だからな。
「そうだ、いっそ、あなたもあたしたちの仲間に入らない? パーティーは、人数が多いほうが盛り上がるし」
おい。
「あなたも、あたしたちの同類なんでしょ? あたしたちは、こうして人間に取り憑けば、その人間の感覚を共有することができる。それはつまり、人間の得られる、どんな快楽も思いのままということなのよ」
おい、おい。
「しかも、そこにはなんのデメリットもない。どんなに酒や麻薬に溺れても大丈夫。もし、それで使っている体が壊れても、そのときはまた新しい体に、移り変わればいいだけなんだから」
おい、おい、おい、おい。
「つまり、あたしたちは、なんの代償も払うことなく、永遠に快楽を享受し続けることができるのよ。こんな素晴らしいこと、他にはないわ。そうでしょ」
いい加減、
「うっとうしいわ!」
黙って聞いてりゃ、好き勝手ほざきやがって。おまえのクソふざけた理屈なんざ、こっちはハナから聞いてねえんだよ!
「とりあえず出てこい、おまえら」
俺は、寄生虫どもに無数の手を伸ばした。本体が影なので、手を増やすも減らすも自由自在なのだ。
よし、全員捕まえた。
俺は寄生虫どもを、宿主のなかから引っ張り出した。見ると、寄生虫は狐やひとつ目など、種族は千差万別だったが、全員人間ではないという点で一致していた。
あ、宿主の魂も一緒に掴み出しちまってる。
俺は、あわてて宿主の魂だけ体に戻した。
あー、ビックリした。影であるシェイドは、一種のアストラル体だから、人の魂も引っ張り出せるのか。こりゃ、うかつに触れんな。
「く、くそ……」
「こ、こんな影ごとき……」
寄生虫どもは、なんとか俺の拘束を破ろうともがく。無駄なことを。
「この虫けらどもが……」
俺は寄生虫どもを、巨大化させた手で締め上げた。
「誰を相手にしてるつもりでいたんだ、おまえら?」
俺は、寄生虫どもの腹に指を突き入れだ。
「グギャアアアアア!」
寄生虫どもは、口々に悲鳴を上げて身もだえた。
「や、やめて、も、もう許して……」
白羽に寄生していた妖狐が、涙ながらに哀訴してきた。
「は? なに甘ったれたことぬかしてやがんだ、おまえは?」
俺は、寄生虫の首を締め上げた。
「抵抗できない相手には、何をやっても許される。これが、おまえが望んだ世界だろうが」
せいぜい苦しんで、
「死ね」
俺が寄生虫どもを握り潰そうとしたとき、
「待って、羽続君」
白羽の声がした。目を覚ましたか、白羽。
「翔君、だよね?」
「……ああ、そうだ」
「お願い。その人を、許してあげて……」
あのなあ。
「おまえな、お人好しもたいがいにしとけよ。おまえ、あのまま乗っ取られたままだったら、それこそ散々弄ばれたあげく、いいように使い捨てられてたんだぞ?」
「お願い」
「……たく」
俺は、渋々寄生虫どもを解放した。
「リベンジしたけりゃ、いつでも来い。次は、殺してくれと泣き叫ばせてやる。もっとも、それでも殺しちゃやらねえがなあ」
俺は、寄生虫どもを睨みつけた。すると、さっきはあれだけ騒がしかった寄生虫どもが、今度は1匹も言い返して来なかった。
「ありがとう、翔君」
白羽は嬉しそうに微笑した。て、
「そういえば、なんで俺だってわかったんだ?」
名乗った覚えはないんだが?
「……それは、えーと、あれ? そういえば、どうしてかしら?」
白羽は小首を傾げた。相変わらず惚けた奴だ。
「まあいい。それより、さっさと出るぞ。立てるか?」
これ以上ここにいたら、やっぱりこいつら殺したくなる。
俺は、白羽と一緒に店を出た。
「翔君」
駅に向かいながら、白羽が無駄に緊迫感のこもった声で話しかけてきた。
「一体どうして、そんな姿に?」
白羽が、今さらなことを聞いてきた。
「どうしてって、なりたかったからだよ」
「なりたかったって、どうして?」
うるさいな、もう。
「シェイド化したら不老不死なうえ、好きなことだけして暮らせると思ったからだよ」
「だからって」
「とにかく、詳しい話は後だ。こんなところで1人でブツブツ言ってたら、回りから変な目で見られるぞ」
「う、うん」
白羽は歩き出した。
まったく、口うるさい奴だ。どうせ他人事なんだから、放っておけばいいものを。
あの寄生虫どもも、このまま黙って引き下がるか怪しいもんだし、博愛精神もここまでくると害悪でしかない。
本当に困った奴だ。




