第18話
第18話
「逆に聞くけど、イジメ加害者がイジメを行ったり、モンスターペアレントが学校に乗り込んで来るのは、どうしてだと思う?」
「それは相手の立場が、自分より弱いと思っているからでしょう。何をしても自分にはリスクがないから、平気で横暴な真似をするんです」
さすが、将来の官僚候補。見事な模範解答だ。
「そういうことだ。たとえば、それがどんなに気に入らない奴でも、そいつが暴力団の子供なら、誰も手なんか出さないんだよ」
「例が極端過ぎる気もしますが、まあ、それは確かにその通りでしょうね」
川登は、渋々ながら同意した。
「要するに、だ。イジメ問題で一番問題なのは、何をやろうが加害者側がノーリスクだってことなんだ。だからこそ、裁判を学校で行なわせるんだ。そしてイジメ加害者を公衆の面前に引っ張り出して、非難の的にさせるんだよ。そのためにも裁判は全面公開で行ない、顔も名前も伏せない」
本来、これは少年法に抵触する行為だ。なにしろ、少年法24条(心理の方式)には「少年の審理は公開しないこと」と明記されているからだ。
しかし、これは本物の裁判の場合だ。
学園裁判所は、あくまでも「子供の裁判ごっこ」なのだから、この法に抵触することはない。
それに、仮に抵触するとしても、同じ24条に「ただし、判事は適当であると認める者には在籍を許可することができる」とある。
これは、要するに判事が許可を出しさえすれば、誰でも裁判を傍聴できるということだ。ならば学園裁判所も判事の権限で、傍聴を希望する者全員に許可を出せば済むことになる。
ただ、その人数が普通の裁判に比べて、少し多いというだけのことだ。法律的には、まったく問題ない。うんうん。
「でも、久世君、顔と名前を出すのは、法律に触れるんじゃ? ニュースとかでも、未成年者は実名報道しちゃダメってことになってるんだし」
朝比奈の心配は、もっともだ。しかし、
「そうだね。でも、それはあくまでも報道の話だ。学園裁判所は報道機関じゃないんだから、少年法61条に抵触する心配はないんだよ。それに実際のところ、未成年の実名を報道しても罰則があるわけじゃないしね。あれは、あくまでも報道機関の自主規制に過ぎないんだ」
「そうなの?」
「今のところはね。だから以前、少年の実名報道をした報道機関が訴えられたときも、罪には問われなかったんだよ」
「そうなんだ」
「それに、世間一般ではイジメは犯罪として認識されてないんだから、たとえ名前や顔を出したとしても、それは犯罪者を糾弾していることにはならないはずだ。イジメた側も裁判にまで持ち込むということは、自分たちがやっていることは、遊びだと思っているってことだろう? だったら、罪を犯したわけでもない自分の顔や名前が公表されても、まったく問題はないはずだ。彼らの理屈からすれば、ね」
「久世君、見かけによらず、人が悪いね」
朝比奈が苦笑した。お褒めの言葉、ありがとう。
「それに、この裁判所の1番の目的は、起こったイジメを解決することじゃない。その第1義は、イジメを起こさせないことなんだ。イジメを行なう者に、そのリスクを具体的に提示することで、そいつらに割が合わないと思わせることが目的なんだ」
「なるほど。抑止力としての裁判所というわけか」
川登は、あごを押さえた。
「……確かに、バレたら学校中、いや町中に自分たちの悪名が知れ渡るとなったら、躊躇する者も少なからずいるでしょうね」
「そして、そうすればモンスターペアレントへの牽制にもなる。モンスターペアレントが、いちいち学校に乗り込んで来るのも、何を言おうと自分にはリスクがないからだからね。だから教師が少しでも訴訟をちらつかせたら、急に尻込みするんだよ」
もっとも、最近は「訴訟!」「訴訟!」を連呼するバカ親もいるようだが、そいつらもいざ本当に裁判ということになったら、どれだけ逃げずに応じるか怪しいものだ。
「だから学園裁判所を創って、学校関係の問題は、そこで一括して処理させるんだ。そして親も自分たちの主張が正しいと思っているのなら、公衆の面前で堂々と主張すればいいんだ。
「どうして私の子供はこんなにかわいいのに、クラス写真で真ん中じゃないの? 絶対間違ってるわ。皆さんも、そう思うでしょ」
とね」
もっとも、そうなれば実際どうなるかは言うまでもない。
「つまり学園裁判所を創る1番の目的は、規則に違反した者を裁くことではなく、自己中の頭を押さえつけて、そもそも暴走させないことにあるんだ。だからこそ、裁判はどこでやっているかもわからない地方裁判所ではなく、この学校で、それも全面公開で行なう必要があるんだよ」
これが、俺が考えた学校問題を解決する方法だ。そして、この学園裁判所が本当に実用されれば、自分を何様かと勘違いした子供も出なくなるだろう。
今の小中学生が図に乗っているのは、何があろうと自分たちが厳罰に処されることなどないと、タカをくくっているからなのだ。
実際のところ、もっと確実にイジメをなくす方法があるにはある。
それは小中高も大学と同じ単位制にして、出たい授業にだけ出ればいいようにすることだ。しかし義務教育が社会性を身に付けることも目的としている以上、これは不可能だろう。
あるいは、各教室に防犯カメラを導入する。しかし、その場合「子供が委縮する」と反対論が噴出するだろうし、教師も授業がやりにくくなるから、いい顔はしないだろう。それに、さすがにトイレの中にまで防犯カメラを設置するわけにいかないし、どうしても死角はできてしまう。
学園裁判所にしても同じだ。導入したからといって、イジメを根絶することは、おそらくできない。しかし、だからと言って何もしなければ、世界はいつまでもこのままだ。
とはいえ、こんな制度、1学生がどんなに大声で提唱したところで、天地がひっくり返っても実現しないに決まっている。だからこそ、1度は塩漬けにしたのだが。
「会長の考えは分かりました。そして生徒間のトラブル解決のために、裁判制度を導入すれば、確かに一定の効果は得られるかもしれません」
川登が言った。しかし、その表情と口調は、まだまだ懐疑的だ。
「しかし、その一方で、今度は生徒間に相互不振の芽が生まれる可能性があるんじゃありませんか? ふざけ半分の行為が、相手にはイジメと判断されるんじゃないか? と、訴えられることを恐れるあまり、必要以上に他人との接触を避けるようになったら、それこそ本道である学業や学校生活そのものに、支障を来すことになるんじゃありませんかね?」
「その懸念は確かにある。しかし、それは社会に出ても同じことだろう? 学校が社会に出るための準備期間で、社会に出たときに必要なことを学ぶ場なら、どこまでが許容され、どこからが訴えられるレベルか。むしろ学生のうちに、積極的に学ばせておくべきなんじゃないかな」
つーか、そんなこと、中学生にもなれば、皆わかってんだよ。そしてクソは、それをわかったうえで、その境界線を平然と踏み越えやがるんだ。自分に、なんのリスクもないのをいいことにな。
「それに訴えられたことすべてを、即裁判にかけるわけじゃない。裁判にかけるのは、訴えられた内容を調査して、それが裁判で決着をつけるべきだと判断された場合だけだ。それこそ話し合いで済めば、それに越したことはないんだよ」
「…………」
「それに学園裁判所は、本物の裁判官や検察官が担当する訳じゃないから、費用もかからない。だから訴訟費用も必要なく、訴える側のデメリットもなくなるので、その分本来の裁判よりも訴訟が起こしやすくなる。教師も、保護者からの苦情にいちいち対応する必要がなくなるから、その分ストレスが減るし、時間にも余裕ができるはずだ」
本音を言えば、学園裁判所でも本物の裁判官や検察官が担当することが望ましい。だが、そのためには、それこそ法改正するしかない。
「それですが、この立案書には裁判官は校長を初めとする教師と学生、それに保護者をそれぞれ3 名ずつと書いてありますが、検察官や弁護士は誰がやるんですか?」
川登が憮然と言った。自分はまっぴらごめんだ、と言わんばかりだ。
「それについては、すでに考えてある。僕の考えでは、弁護士は被告人側が自分で誰かに依頼する形を取り、もし誰もなり手がいない場合には、担任の先生か学年主任にお願いしようと思っている」
まがりなりにも、自分のクラスの生徒なんだ。さすがに拒否はできないだろう。
「あと検察官だけど」
「でしたら! その役は、ぜひわたしにやらせてください!」
此花が意気軒昂に名乗りを上げた。
「検察官といえば、正義の執行者! こんなやり甲斐のある役目はありません! ぜひ、わたしにやらせてください!」
此花の目は、正義に燃えていた。
「君の気持はありがたいが、実は検察官役は、別の者に頼もうと思っているんだ」
「どうしてですか!? どうして、わたしじゃダメなんですか!?」
此花が食い下がってきた。よっぽど検察官をやりたいらしい。
「君たちには、裁判になる前の調整役、本物の裁判でいうところの調査官や調停委員の役どころだけれど、それをしてもらおうと思っているからだよ。実際、裁判までいく確率はかなり低いと思うし。両者の言い分を聞いて、うまく仲直りさせようとしていた人間が、いざ裁判になったら検察官として被告を一方的に責めるというのも、被告に不信感を抱かせることになるからね」
「そ、それは、確かに……」
此花は唸った。
「そ、そういうことであれば致し方ありません。残念ですが、あきらめます」
此花は渋々引き下がった。ふー、あらかじめ口実を用意しておいて正解だった。
「じゃあ、会長は誰に検察官を任せようと思ってるんですか?」
川登の質問に、俺は候補者の名前を告げた。
「名前は白河流麗。1年3組の女子だ」




