第17話
第17話
「ならば、イジメを行っている親に教えて、注意させるとか」
「君の意見は、確かに正論だね。だが、そんなク、子供の親は、本人も身勝手な可能性が高いんだよ。そんな親に、教師が注意したところで、
「自分の教育のマズさを棚に上げて、親に責任転嫁するな!」
と、逆ギレするのが関の山なんだ。でなければ、その場は上辺だけ謝っておいて、他の親に、
「ただの遊びなのに大袈裟にとらえて、うちの子たちに悪者のレッテルを張ろうとする最低教師」
と、逆に被害者面して、その教師を退職に追い込もうとするかね。どっちにしろ、そんな連中と話し合ったところで、解決する可能性は低いんだよ」
俺の説明に、此花は押し黙った。
「だからと言って、教師が下手に手を出せば「暴力教師だ!」「体罰だ!」と騒がれることになる。自分がクビになるリスクを侵してまで、自分に関係のない問題を、誰も本気で解決しようとなんかしないんだよ。それに、仮に体罰が肯定されたらされたで、今度は何やっても許されると思うバ、教師が現れる可能性があるしね」
「な、なるほど! さすがは、我らの久世生徒会長です! さすがの深慮遠謀です! この此花、感服いたしました!」
此花は目を輝かせた。
「いや、それほどのことじゃないよ。それで、ここからが本題なんだけれど、イジメを初めとする学校問題を、このまま政府や教育委員会に任せておいたんじゃ、それこそいつ解決するかわからない」
というか、おそらく永遠に解決しない。
「そこで、僕は僕なりに、この学校問題の解決策を、ずっと考え続けてきた。そして、その結論が、この学園裁判所案なんだ」
俺は、学裁の説明書を手に取った。
「つまり会長の考えは、トラブルを解決するための調停所を作ろうということですか?」
書記の桂真理が質問してきた。
この娘は漫画家志望で、生徒会に参加した動機も「学園漫画を描く上で、生徒会は必要不可欠な要素だから、くわしく知っておきたい」かららしい。
そのため、普段は傍観者に徹している。それが珍しく話に参加してきたのは、聞いたこともない学園裁判所に興味を持ったからだろう。
「少し違う。そもそも話し合いで解決するぐらいなら、最初から調停所なんて必要ないんだよ。それこそ教師が仲介役になって、双方の意見を聞いて和解にもっていけば、それで済む話なんだからね」
まあ、その程度のことすらも面倒がって、見て見ぬフリをする教師が大半なんだが。
それに、仮に実行する熱血教師がいたとしても、効果のほどは怪しいもんだ。
「だが、それでは解決しないからこその学園裁判所なんだ」
「しかし会長、学校に裁判所を作ったぐらいで、本当に問題が解決しますかね? それで解決するぐらいなら、教育問題なんて、とっくに解決してるんじゃありませんか? それこそ裁判だったら今でもあるんだし、それでも解決してない以上、学校に裁判所を作っても、同じなんじゃありませんかね?」
川登が、矢継ぎ早に疑問をぶつけてきた。よほど、面倒事を増やされるのが嫌らしい。
「もっともな意見だ」
だが認識が甘い。
「確かに、現状でも教師が裁判を起こして、問題の解決をはかっているケースは少なからずある。だが、普通の裁判所だと無駄に拘束時間が長いうえ、裁判費用も多額になる。簡易裁判所だと、それも幾分かは軽減されるけど、あれは今、裁判官のなり手が不足してるから、訴えたはいいものの、いつ裁判が開かれるかわからない、開店休業状態になっているようだしね」
もっとも、これは俺に言わせれば、政府のやり方がマズいのだ。
裁判官の数が足りないならば、従来の司法試験より簡単だが、教育裁判の法廷にしか立てず報酬も少ない、特別司法制度を新たに設置すればいいだけなのだ。今の行政書士が、司法書士の仕事の一端を受け持っているように。
そうすれば、裁判費用もおのずと安くなる。
加えて言うと、この試験は弁護士なら弁護士、裁判官なら裁判官と、独立して行なうことが望ましい。
本来、現実の司法試験もそうすべきなのだ。それをしないで、司法試験に受かりさえすれば裁判官でも弁護士でも検察官でもなれるようにしているから、馴れ合いが起きて冤罪が生まれるのだ。
しかし、こんなことは俺が政治家、いや総理大臣にでもならない限り、実現は不可能だろう。まあ、それ以前に、もう人間じゃないんだけど。
「それに勝訴したところで、受け取れる賠償金なんてタカが知れているから、訴えられる方はデメリットが少ない。むしろ訴えた教師のほうが、周囲から白眼視される可能性が高いとさえ言える。だから教師も裁判は最終手段として、極力避けようとする傾向がある」
裁判なんかしたら、校長や教育委員会なんかにも、目をつけられかねないしな。
「会長の提唱する、学園裁判所は違うんですか?」
「違う。なぜなら、この学園裁判所の目的は、起こったトラブルを解決することではなく、そのトラブルそのものを、そもそも起こさせないことにあるからだ」
「起こさせないこと?」
川登は眉をひそめた。




