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学園裁判所  作者: 真上真
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第13話

第13話



『さてと、それじゃ言い分があれば聞いてやる。まずは母猿、おまえからだ』


 被告人、証人台へ。


『は、母猿?』

『なんか文句あんのか?』

『い、いえ、それで結構です』


 母猿は証人台に立った。


『それで? これまで随分と好き放題、ドふざけた真似してくれたんだ。何か、よっぽどの理由があるんだろ? 聞いてやるから、言ってみろよ、ほれ』


これも教育、とかほざいたら、その場で死刑判決を下してやる。


『そ、それは……』


 被告人は口ごもった。


 俺は肩をほぐした。言っとくが、この裁判に黙秘権は存在しないので、そのつもりで。


『み、みんな、この娘が悪いのよ!』


 突然、被告人は原告である白河を指さした。追い詰められて、開き直ったらしい。


『勉強もダメ! 運動もダメ! 家の手伝いをやらせても、まともにできやしない! もごもごと何言ってるかわからないし、いつもうつむいて何考えてるかもわかりゃしない! この子を見てるだけでイライラするのよ!』


 被告人はキーキーと、ヒステリックに主張した。まさに猿だ。


『そ、そうだよ! ママの言うとおりだよ! あいつが来たせいで、僕らの生活はめちゃくちゃにされたんだ! あいつのせいで僕の勉強ははかどらないし、成績も落ちてく一方なんだ! あいつは我が家の疫病神なんだよ!』


 子猿が母猿に便乗した。仲睦まじくて、けっこうなことだ。


『夫は自分の親戚のくせに、相談してもまともに取り合ってくれないし、先生からは注意されるし、どうしてあたし1人だけが、こんな目に遭わなきゃならないのよ! 嫌よ! もう嫌! もううんざりよ!』


 母猿は泣き崩れた。猿芝居で情状酌量を狙う魂胆のようだ。


『ママの言う通りだよ! だいたい身寄りのないあいつを、かわいそうだと思えばこそ、引き取って育ててやってるんじゃないか! 感謝されこそすれ、恨まれる筋合いなんてあるもんか!』


 子猿は自分たちの正当性を、誇らしげに主張した。こういう奴が、将来官僚答弁を作るんだろうなあ。


 その後も、親子猿は自らの正義を主張し続けた。しまいには、白河の目つきが悪いだの、顔がかわいくないだのと、容姿にまでケチをつけ出す始末だ。


『……そうか。おまえらの言い分は、よくわかった』


 俺は、被告人の最終弁論を打ち切った。そして、判決文の読み上げに入る。判決、


『知るかあああ!』


 俺は、子猿を蹴り飛ばした。


『いやあああ! 和彦ちゃあん!』


 母猿は、血相変えて子猿に飛びついた。


『やかましいわ!』


 俺は、母猿の後頭部を蹴り飛ばした。


『黙って聞いてりゃ、勝手な御託並べやがって! てめえらの言ってることは、結局全部てめえの都合だろうが! あの娘が来たから、勉強がはかどらねえ? 成績が落ちた? ふざけんな! そんなもん、ただ単に、てめえの頭が悪いだけだろうが! てめえのバカさ加減を棚に上げて、他人に責任転嫁してんじゃねえよ! このウスラバカが!』


 俺は、子猿に蹴りの雨を降らせた。


『何が東大だ! てめえが東大入れようが入れまいが、そんなことがあの娘になんの関係があるってんだ! なんで、そんなことのために、あの娘が気い使わなきゃならねえんだ! 甘ったれんな、ボケクソが!』


 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね!


『いやあ! やめてえ! 和彦ちゃんを蹴らないでえ!』


 母猿が、子猿に覆いかぶさった。


『何が和彦ちゃんだ! このヒステリーババアが!』


 俺は母猿を蹴りはがし、子猿に集中砲火を浴びせた。その方が、母猿にも効果がありそうだからだ。


『だいたい、何が引き取って育ててやってるだ。晩飯がサンドイッチひとつだあ? それぐらいなら、いっそのこと施設に入った方が、よっぽど人間らしい生活送れるわ! 寝言は寝て言え、生ゴミが!』


 俺は、子猿の頭を踏み付けた。


『それに今の御時世だ。あの娘の両親も、保険のひとつやふたつ入ってたはずだ。それに蓄えだって、少しはあったろうしな。それ使やあ、高校ぐらい余裕で出れたはずだ。それを、恩着せがましいセリフ吐きやがって』


 俺は子猿にヘッドロックを決めたまま、母猿に詰め寄った。


『いくらあったんだ、親の遺産? 言ってみろ、オラ!』

 もし親の遺産がねえってんなら、俺の貯金をくれてやるまでだ。1千万あれば、高校ぐらいなんとか卒業できるだろ。


『そ、それは……』


 母猿は目をそらした。こりゃ、相当あったな。


『殺されなきゃ、わからねえらしいな』


 俺は、子猿の首を締め上げた。


『やめてえ! 言う! 言います! 6000万円ありましたあ! だから和彦ちゃんを殺さないで! お願いよお!』


 母猿は泣き崩れた。


『それだけあれば、高校はおろか大学だって出れるだろうが。てめえらに、ガタガタ文句言われる筋合いはねえってんだ』


 俺は子猿を投げ捨てた。


『よこせ』


 俺は、母猿に右手を差し出した。


『え?』


 母猿がバカ面をさらした。


『え? じゃねえよ。親の遺産が振り込まれた、あの娘の預金通帳だよ』


 どうせ預かるとかぬかして、てめえらが巻き上げたんだろ。


『そ、それは……』


 母猿は言い澱んだ。自分の立場ってもんが、まだわかってねえらしいな。


 俺は子猿に向き直った。


『待って! やめてえ!』


 母猿が俺に取りすがった。なに、被害者ぶってやがんだ、このエテ公が。


『なら、さっさとよこせ』


 その金持って、この家を出てってやる。6000万ありゃ、十分暮らしていける。こんな家にいるよりも、ずっと心穏やかに暮らせるってもんだ。


『よ、預金通帳はありますけど……』


 また母猿が口ごもった。


『けど、なんだ?』


 さっさと言えってんだ。


『ざ、残金が、ゼロ』


『ああ!?』


 俺は、子猿の頭を踏み付けた。


『許してえ! この家を買うために、全部使ってしまったのよお!』


 そういうことか。


『ふざけやがって、この寄生虫どもが』


 このまま、マジで引導渡してやろうか。


『あの娘の金をネコババして、そのうえ育ててやってるだの疫病神だの、勝手なことぬかしてやがったのか』


 俺は、母猿の髪を鷲掴みにした。


『そもそも、あの娘の成績が悪いから、それがどうしたってんだ? ああ!?』

『ひいいい!』

『てめえには、なんの関係もねえ話だろうが! あの娘のことなんざ、微塵も心配してねえくせに、都合のいいときだけ、身内面してんじゃねえ!』


 だいたい人間なんてもんはなあ、学校の成績が悪かろうが、将来幸せになれりゃそれでいいんだよ。学校なんか、ぶっちゃけ、そのためだけに存在してんだ。


『夫が家庭を顧みないだの、成績が落ちただの。結局のところ、てめえら自分のストレスを、あの娘で解消してるだけだろうが!』


 俺は、母猿を蹴り飛ばした。


『ひいいい!』


 母猿は震えるのみだ。だめだ、こりゃ。


『あー、もういいわ、おまえら』


 こういう手合いは、相手にするだけ時間の無駄だ。とにかく自分を正当化して、他人に責任押し付けることしか考えてない。しかも、そのことを自覚すらしてないんだから、いっそうタチが悪い。


『じゃ、じゃあ、あたしたちを、元に戻してくれるのね?』


 母猿が、お花畑でスキップした。いい年こいて、なに虫のいい夢見てやがる。


『誰が、そんなこと言った?』

『え?』

『おまえらみたいな親戚なら、いっそ存在しねえほうが、あの娘のためだ。おまえらは、このまま地獄に叩き落としてやる』

『そ、そんな……』

『なにが『そんな……』だ。被害者ぶりやがって』


 虫酸が走る。


『お、お願い! 許して! もう決して、あの娘をイジメたりしません! 食事だって、きちんと取らせますし、服だって買ってあげます! だから、お願い! 殺さないで! 地獄なんて嫌あ!』


 母猿は泣きわめいた。自分の身が危うくなったら、とたんに手のひら返しやがった。性根の底から腐ってやがる。


『そうかい。だったら1度だけチャンスをくれてやる。だが、次はねえぞ』

『は、はい! ありがとうございますう!』


母猿は、こめつきばった。その姿を見ているだけで、地獄に叩き落としてやりたくなるが、ここは我慢だ。ここで、こいつらを殺したら、まず間違いなく、俺が白羽の説教地獄を食らうことになる。


 俺は、親子猿の魂を、肉体へと突っ込んだ。すると、親子猿が起き上がった。そして、辺りをキョロキョロと見回す。

 ちなみに、今俺は床下に身を隠している。俺の姿が見えない状況で、親子猿がどうするか。反応を見るためだ。


「夢、だったの?」


 案の定、母猿は、またまた自分に都合のいい設定をこしらえた。


「なんて、嫌な夢。あんな夢を見たのも、この娘の部屋に入ったからに違いないわ」


 母猿は、白河を睨みつけた。ほー、そうきたか。そうか、そうか。


「僕も、不愉快な夢を見ちゃったよ、ママ。変な影の化け物が現れて、僕とママを地獄に落とすって言っちゃってさ。バカバカしいったら、ありゃしないよ」


 子猿は、眼鏡をかけ直した。


「え?」


 母猿が鼻白んだ。


「か、和彦ちゃん。い、今なんて言ったの?」


 母猿は、震える手で子猿の肩を掴んだ。


「何って、影の化け物が現れて、僕たちを地獄に連れて行こうとする夢を見たって言っただけだけど?」


「そ、そんな……。それじゃ、あれは夢じゃなかったって言うの?」


 母猿は、よろめいた。


「え? じゃあ、ママが見た夢っていうのも」


 そういうことだ!


 俺は子猿の魂を、もう一度掴み出した。





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