第12話
第12話
見ると、メガネザルが2人いた。どうやら俺が蹴ったことで、メガネザルの霊体が肉体から飛び出してしまったらしい。魂じゃなく霊体なのは、蹴り飛ばしたからか?
そんなつもりはなかったんだが、まあいい。このまま開廷、いや第3ラウンドに突入するとしようかね。
『なんだ? 一体どうしたんだ?』
メガネザルは周りを見回した。そして、俺と目があった。
『うわあああ! 化け物!』
案の定、メガネザルはパニック状態だ。あー、うるさい、とりあえずバナナでも食わせて落ち着かせよう。
俺はメガネザルの横面に、右フックを叩き込んだ。バナナが、よほどうまかったのだろう。メガネザルは歓喜に打ち震えている。
『い、痛いい。た、助けて、ママア』
メガネザルは逃げ出そうと、ドアに手を伸ばした。が、その動きが不意に止まった。どうやら、倒れている自分の体に気づいたようだった。
『こ、これ、僕じゃないのか? ぼ、僕が倒れている? なんで? 僕はここにいるのに?』
メガネザルは完全に興奮状態だ。仕方ない。鎮静剤を打ち込んで、落ち着かせよう。
俺はメガネザルに鎮静剤を打ち込んだ。1本! 2本! 3本! 4本! 5本! ふー、これでよしと。
『あ、うう……』
さすがに今度は効いたらしく、メガネザルはぐったりとして騒がなくなった。
『今のおまえは霊魂なんだよ。つまり、おまえは死んだんだ』
俺がそう言うと、
『ぼ、僕が!?』
メガネザルの目が、飛び出さんばかりに見開かれた。まさにメガネザルだ。
『嘘だ!』
メガネザルは頭を抱えた。
『嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 僕が死ぬなんて、あり得ない! 僕の人生は、これからなんだ! 東大の法学部に入って、キャリア官僚になって、エリート街道を突き進むんだ! その僕が、こんなところで死ぬなんてあり得ない! 絶対嘘だ!』
メガネザルは唐突に動きを止めた。
『そ、そうか、これは夢、夢なんだ。勉強疲れで、ついつい僕は眠ってしまったんだ。そうだ。そうに違いない。だいたい、幽霊なんで存在するわけないんだ。そうさ、この科学の進んだ世界でも、幽霊の存在は立証できていないんだ。それはつまり、幽霊なんて存在しないってことなんだ!』
どうやら、メガネザルは鎮静剤が効き過ぎて、夢の住人となってしまったようだ。
仕方ない。そういうことなら、俺が目覚まし時計を鳴らしてやろう。
『あが! いぎ! ぶ! うべ! ぶば!』
俺がアラームスイッチを押すと、時計は小刻みにベル音を鳴らした。ところが、しばらくすると、うんともすんとも言わなくなってしまった。
壊れたか? と思ったが、耳を澄ますと、まだかすかにチクタク動いている。
どうやら電池が切れかけているだけのようだ。まあ、あれだけベルが鳴りっぱなしだったんだ。電池の消耗が激しいのも無理はない。仕方ない。手間だが、電池を入れ替えてやろう。
「和彦ちゃんの声がしたようだけど、あなた、また和彦ちゃんの邪魔をしたんじゃないでしょうね?」
俺が子猿の股間を蹴り上げようとしたとき、母猿が部屋に入ってきた。ちょうどいい、おまえも来い。
俺は母猿を張り倒した。すると、やはり魂でなく霊体が出てきた。やっぱり、そうだ。衝撃を与えると、魂でなく霊体が出てくるらしい。
『な、何? きゃあああ! 化け物お!』
檻から連れ出された母猿は、子猿同様大変な興奮状態に陥った。まったく、手のかかるエテ公どもだ。
『和彦ちゃん? 和彦ちゃんが、もう1人? 一体どうなってるのおお?』
母猿は半狂乱だ。どうやら、こっちにも鎮静剤が必要らしい。
『やかましい!』
俺は母猿の横っ面に、思い切り鎮静剤を打ち込んだ
『しゃ、しゃべった?』
母猿は目を見開いた。親子だな。反応が、小猿とそっくりだ。
『な、なんなの、あなた? どうして、こんなこと酷いことを? あたしたちが何をしたって言うの?』
子猿を抱きかかえながら、母猿が涙ながらに訴えてきた。やはりエテ公だな。酷いという言葉の意味を、まるで理解してないようだ。
『酷いだと?』
俺が射すくめると、
『ひっ』
母猿は身をすくめた。
『どの口で、ほざいてんだ、このエテ公どもが。おまえらが、今までその娘にしてきたことを考えれば、まだ甘いぐらいだろうが』
どうせ今までも、今日みたいなことを続けてきたんだろ、おまえら。
俺がそう言うと、母猿は鼻白んだ。
『そして、そう聞きゃ、どうして俺がおまえらの前に現れたか、察しがつくってもんだろう?』
『う……』
親子猿は、バツが悪そうに目を伏せた。
『とりあえず正座しろ』
俺は、親子猿を被告人席に着かせた。では、これより開廷する。




