第11話
第11話
やってしまった。
あれだけ白羽に止められてたし、事を荒立てんように注意していたというのに……。
だが、やってしまったものは仕方ない。
これで白河へのイジメは、とりあえず鎮静化するだろうし、結果オーライだ。
それに、激しい法廷闘争の末、白河の無実も勝ち取れたから、そこから白羽の責任問題に発展する可能性も、まずないだろう。
今回の事件は、被害者と加害者が入り交じる大変微妙な裁判となったが、最終的に裁判長が白河の正当防衛を認めたのだ。
俺の誠心誠意の弁護が、クラゲ判事の心を突き動かしたのだろう。
確かにクラゲは正しかった。人間、話し合えばわかり合えるものだ。うんうん。
まだ地方裁だから、高裁、最高裁で引っ繰り返る可能性もあるが、俺がロバの言質も取り付けたので、その可能性は限りなくゼロに近いだろう。
ただセコガニだけは、この判決に納得しないに違いない。しかし多数決で、セコガニの控訴は棄却されることになるだろう。それが日本の民主主義というものだ。
こいつらは、それを今日まで平然と実行してきたのだ。いつか立場が逆になる可能性を、想像できなかったほうが悪い。
裁判が閉廷し、無罪を勝ち取った白河は家路についた。
白河の家は、学校から2キロ程離れた住宅街にあった。
3階建ての一戸建。なかなか立派な家だ。
白河は家に入った。すると、2階から1人の女性が降りてきた。クラゲによると、白河の両親はすでに亡くなっていて、叔父に引き取られているという話だったから、おそらく叔母だろう。
年の頃は40前後といったところか。神経質そうな細面の顔だが、なにより印象的なのは、その目だ。眼鏡の奥から白河を見下ろす瞳の冷ややかさは、それこそ液体窒素も真っ青だった。
「た、ただいま帰りました」
挨拶する白河の声は、消え入りそうな小ささだった。
「あら、帰ってきたの? 遅いから、もう帰ってこないのかと思ってたわ」
伯母の言葉には、あきらかに毒がこもっていた。
白河は無言で立ち尽くすのみだ。
「何いつまでも、そんなところに突っ立ってるのよ。さっさと上がりなさい。まったく、何やらせてもグズなんだから」
「……はい」
白河は靴を脱ぐと、玄関に上がった。
「まったく、どうしようもない子ね。勉強もダメ。運動もダメ。まったく、なんのために生まれてきたんだか」
ジャブ! フック! ボディーブロー! 叔母の連打が、容赦なく白河を打ちのめす。
「……ごめんなさい」
すでに白河はノックアウト寸前だ。
「もういいわ。夕食はいつも通りだから、部屋で食べるのよ。あんたの陰気臭い顔は、見ているだけで気分が悪くなるから」
伯母が右ストレートを叩き込んだところで、第一ラウンドが終了した。
伯母は、意気揚々とコーナーポストに引き上げて行く。
白河もフラつきながら、なんとか自力でコーナーポストに引き上げた。よーし、よく耐えた。偉いぞ、よくがんばった。
俺は、白河について台所に入った。
白河は冷蔵庫を開けると、手前に置いてあったサンドイッチを手に取った。そして、その足で3階にある自分の部屋へと引き上げていく。
俺は部屋を見回した。
部屋は質素なものだった。あるのは勉強机とベッドだけ。鏡台ひとつ置いていない。とても女の子の部屋とは思えない色気のなさだ。
「いい加減にしろ!」
突然、部屋に男が踏み込んできた。年の頃は16、7といったところか。おそらく、あの叔母の息子だろう。顔が、あの叔母とそっくりだ。母親同様、眼鏡をかけていて、線が細く、いかにもガリ勉といった兄ちゃんだ。
「気が散るから、音は立てるなと、いつも言ってるだろ! 今週は大事な模試があるんだ!もし成績が落ちたら、おまえのせいだからな! このバカ女!」
メガネザルは母猿同様、猛ラッシュで攻め込んできた。どうやら知らない間に、第2ラウンドのゴングが鳴っていたらしい。
「……ごめんなさい」
白河は素直に謝った。しかし俺が見ていた限り、白河は隣に聞こえるほどの物音なんて、1度として立てていない。
「僕は、おまえみたいな負け組とは違うんだ! 死にたきゃ1人で死ね! 僕を巻き込むな!」
メガネザルは右ストレートを繰り出した。
「おまえなんて、あのときバカ親どもと一緒に死ねばよかったんだ! そうすれば、僕がこんな目に遭うこともなかったのに!」
「おまえが死ね!」
俺はメガネザルに飛び蹴りを食らわせた。いかん。思わずリングに上がってしまった。俺としては、もうしばらくはセコンドに徹するつもりだったのに……。




