異世界平凡冒険者のヒトコマ~本当に平凡なおっさん視点~
少し長くなってます。
5/24人名、誤字修正。
「依頼遂行お疲れ様じゃの。ホブゴブリン2、ゴブリン6の討伐並びに中位薬草5、下位薬草10の内容じゃから、銀板3、銀貨6、銅板1じゃ」
「いつもわりぃが、報酬はいつも通りにしてくれや、婆さん」
「はいはい。銀貨1枚だけ両替の銀板貯金じゃな」
じゃらじゃらと報酬を皮袋に入れ、ギルド備え付けの酒場を目指す。
お。今日はブラックコッコのから揚げが日替わりか。
晩飯はから揚げとエールでいいか。
酒場のエリーちゃんに注文をして一人カウンターに座ると
「おーい、おっさん、報酬出たんだろーメシおごってくれー」
ギルドの酒場でたむろってる若いのが酔って絡んでくる。いつものことだ。
「てめぇらの方がランク上で俺よりもらってんだろうが。俺におごれっつーの」
「「ぎゃはははははは」」
ったく。
新人教育したと思ったら数年で俺のランク抜いていきやがって。
苦笑しつつ、から揚げをかじりつつエールで流し込む。
今回の依頼もなんとか怪我無く済ませられた。
まぁ、一応体は鍛えてきたけど、年齢的にかなりきつくなってきたなぁ。とは思うんだが。
正式にギルド登録してもうそろそろ25年仕事してんだな。
さすがに潮時か?
俺は12歳で村から出てきた。
村を出た理由なんだが、村で飢饉がおきて、貧乏で子沢山な一般農家の4男だった俺は、このまま居たら口減らしに会うってことで3男の兄貴15歳とその双子の長女15歳、次女13歳の姉貴たちと一緒に家族に逃がしてもらった。
兄や姉たちは村の教会で勉強とかやってたお蔭で、なんとか商人の見習い奉公や侍女奉公で雇ってもらえたが、結局、兄姉たちにしても金が余る訳はなく、俺は俺で稼いで生きていかなきゃならねぇ。しかし、俺は農作業くらいしかやったことがなかったからな。頭を使わなくて良い日雇い仕事としてギルドの荷物運びに雇ってもらったんだ。
子供の頃から農作業の手伝いしてたからか、そこそこの重量物なら持ち運べたから15で正式にギルド登録するまではギルドの荷運びと魔物の解体の手伝いで、ギルド住み込み(集団生活部屋)はできた訳だ。当然貯金なんぞ出来なかったがな。
「おっさんよう~、なんかおいしい仕事ねぇのかよぉ。怪我の心配なくて楽で儲かるやつ~」
「あったら俺がやるわ。回復魔法でも使えりゃ、教会で楽出来るぞー」
「そうだよなぁ。あ、おっさん、魔法教えてくれよ~」
「生活魔法と下級の土くらいしかできんぞ」
「使えるだけいいじゃんよぉ」
絡み酒面倒だな。
なぜか俺は魔法が最小限だが使える。
大体1000人に1人くらいの確率で魔法が使える人がいるらしい。
もっとも使えることに気づいたのは8年くらい前の討伐で一緒になった臨時パーティの魔法使いが良いヤツで教えてもらったからなんだが。おかげで土属性魔法に才能があるって事で土魔法と生活魔法が使えるようになった訳だ。
まぁ、運がよかったんだろう。
魔法が使えるといっても、小さな火種やコップ一杯の水、10秒くらいの微風なんかの生活魔法。
土魔法にしても石礫や小さい落とし穴、土壁くらいしか使えない。
人伝に聞いた話だが、魔法ってのは使えば使うほど最適化するらしい。しかも、幼少から使えれば魔力容量も増えやすい傾向がある。
しかしだ、俺みたいな冒険者のおっさんが日常で魔力容量を増やそうと使いすぎると戦闘中でもぶっ倒れる。だから依頼遂行中は奥の手みたいな使い方しかできねぇ。そんな俺が魔力容量を増やすには必然、休みの日にでも街中の公園なんかで寝っ転がって、浅い落とし穴を作っては解除で埋めるを繰り返すしかない。はた目にはリストラされたおっさんだ。周囲の目が痛い。
しかもだ。魔法を覚えるにはよっぽどの才能がないと自然習得は出来ない。才能がない魔法使いはどうすれば魔法が覚えられるのか?
魔法書だ。
めっちゃくちゃ高い。低級の魔法書で金貨が飛んでいく。しかも、覚えられるかどうかは適正任せ。
なんとか貯蓄してた、なけなしの金で土属性下級の魔法書を幾つかと生活魔法を買って今に至る。
しかし、このおかげでギルドで曲がりなりにも討伐や採集仕事が出来ている。感謝感謝。
「エリーちゃん、ごちそうさん。代金ここ置いとくぜぇ。あー、あとあいつ等の料金の銀貨5枚分置いとくから値引きしといてやってくれや」
「はい。またご贔屓に~」
エール2杯でほろ酔い。ぷらぷらギルドの中を通って出口へ。
「ガウスリーさん、少しよろしいですか?」
「あん?」
ギルド受付で副ギルド長のルッカが声をかけて引き留めてきた。
「ガウスリーさんに指名依頼をしたいのですが」
「おいおい。急な話だな」
「まあ、いつものですよ」
「あ~、あれか。クラス講習」
「ええ。ガウスリーさんがいれば講師1人で済みますからね」
「ったく。バレルやテレスでもいいんじゃねぇか?」
「いやいや、彼らは別件で討伐に行ってますので」
「あー。そういや街道の盗賊がどうとか言ってたな。あぁ、なら、ガストたちは?さっき、飲んでたぞ?」
「ガストさんたちは明日から迷宮中層ですので」
「っかぁ~。ランクが上のパーティだと景気がいいねぇ」
「なのでお願いしたいんですよ。明日から3日間ある7級のクラス講習」
「おいおい。7級って、講習に来るやついるのかよ」
「ええ。といっても1パーティですが」
「あん?珍しいじゃねぇか。1パーティで講習開催なんざ」
「ええ。まぁ」
微妙な表情だなルッカ。
なんか嫌な予感がするぜ。
クラス講習。1~10まである冒険者クラスで6級クラスまで開催される任意の講習会である。
講習内容の10級は基本的な一般常識や街中での依頼実習。これは初心者講習って呼ばれ方もするな。
9級で初めて街から出ての近郊採集と採集物の知識習得。
8級で草食系魔獣討伐と解体、野営知識の取得。
で、今回の7級は雑食肉食系魔獣討伐と浅階層迷宮探索だ。
7級クラスの依頼で一番気をつけなきゃならねぇのは依頼内容に対する事前情報の収集と情報の取捨選択。次に慎重な行動。
戦闘力なんざ2の次だ。8級で多数依頼がある草食魔獣の討伐が出来る最低限あればいい。なぜなら、肉食系魔獣って言っても事前に情報を入手して罠にでもかければ真っ当に戦う必要さえない場合が多い。
迷宮探索にしても浅い階層なら地図や出現魔獣、魔獣の弱点から欠点、罠の位置や罠の種類、モンスターハウスの情報もギルドの資料室にある。しかも無料で見放題、写し放題だ。これは低クラスの若い人材が育つ前に死んじまわないようにする為の救済措置だ。
そういった内容を講習を通じて学び、実践する訳だ。
まぁ、別に講習を受講せずに、7級クラスを戦闘力でゴリ押しでクリアしても問題はない。依頼内容にしても所詮7級だし死ぬとしても1割くらいじゃないかな。ただ、そんな奴はよっぽどの才能がある奴以外は5級より上に上がったら7割くらいは死ぬ。生き残る2割は死んだ8割を犠牲にして生き残るんじゃねぇか。そのあとの生き残りの人生がどうなろうと俺は知らねぇ。
講習自体、任意で、冒険者は基本自己責任だ。
ただし、ギルドの判断で強制受講される場合がある。
「なぁ、ルッカ。もしかして今回の講習って強制のやつか?」
「あははは」
「いやいや、笑ってんじゃなくてどうよ?」
「さすがガウスリーさん、講習のベテランですね」
「褒められてもうれしくねぇ」
「強制の子たちですよ」
「やっぱりか・・・・・・」
低クラスの場合、依頼を規定数達成することでクラスは上がる。
まあ最底辺のランク外に見習いがあるが、それは省く。
で、だ。
7級までは規定数の依頼達成で上がれちゃうんだわ。
そこまでの達成内容に応じて、最低限7級でやっていける場合は、任意の講習が勧められる。
問題はだ。このままやっていけない危険人物、または色んなしがらみで7級をクリアさせなければいけない人物とギルドに判断された場合。
強制の講習になるわけだ。
「あー。指名って事は逃げられ・・・・・・ねぇな。そんな目で見るなよ」
「はい。逃がしませんとも」
「あぁ、あ、明後日、俺の誕生日だから休みに・・・・・・ならねぇね」
「それはおめでとうございます。39歳最後の記念に講習をしてくださいね」
「まじかぁ。まぁ、いいや。指名依頼だとそこまで危なくねぇし、依頼料もそこそこあるしな」
「ええ、当然ですね。あの問題児たちが少しは役に立つようなればギルドとしても利益がありますし」
「げ、お前が問題児とか言うって事は相当か」
「ええ、もう。薬草採取で薬草コロニー壊滅4か所。しかも薬草も雑草もごちゃ混ぜで提出。切り刻まれたウサギ革、肉の中に矢じり交じり、毒混じり、またはミンチになった肉の提出、荷運びでさえ10件中1~2件で箱を開けた形跡あり。規定数入れてたはずのリンゴが数個ないとか。数えれば数えるほど不備が出ていますよ」
「やめさせろよ。そんな奴ら」
「出来るならやってますよ。パーティリーダーが貴族籍なんですよ」
「あちゃぁ。そいつぁ、最悪だ。俺が講習しても意味ねぇんじゃねぇか」
「ギルド規定上やらなきゃダメなんですよ」
「規定ねぇ」
めちゃくちゃ面倒な依頼だ。
本気で逃げてぇ。
指名依頼じゃないならぜってぇ受けねぇ。
くそ。ついてない。なんで今日依頼達成報告に来たんだ。
「あぁ、わかった。わーかーりましたっての。明日な。明日の何時にどこに行きゃ良いんだよ」
「依頼受諾ありがとうございます。では明日の昼1の鐘が鳴るときにはギルドの2階会議室にお願いします」
「あいよー。あぁ、受講するパーティの名前は?」
「『聖銀』ですよ」
「あー、なんか聞いた事あるな。20前の若いのばっかりのパーティだっけ?」
「剣士3人と魔導士2人のパーティですね」
「うぇ、バランスわりぃ。なんで剣士3人なんだよ。絶対他のパーティメンバーの邪魔だろ」
「剣士3人は騎士爵と子爵の子息で、6級以上にならないと爵位授与資格が出されないかららしいですよ」
「馬鹿じゃねぇの?冒険者舐めすぎだろ、そいつら」
「まぁまぁ、そう言わずに。お願いしますよ」
「あぁ、はいはい。そんじゃ、タグ渡すから」
「承りますね」
首から下げてる冒険者タグを渡して依頼受諾。
冒険者タグは最近流行りだしたタグの付いたペンダントネックレスだ。
冒険者カードだと無くす可能性があるし、スリなんかが盗むこともできる。
しかし、ネックレスにすれば、盗むことは難しく、無くす可能性は低くなっているらしい。
しかも、カードでの内容はすべて引き継ぎ出来ている。
「はい。ガウスリーさん登録しましたよ」
「あいよ。そんじゃ帰って寝るわ」
「はい、それでは。また明日よろしくお願いしますね」
「あいよー。お疲れー」
この時はまだかるーく考えてたんだよ。講習自体もう何十回も講師としてやってたからな。
カラ~~ン
カラ~~ン
カラ~~ン
昼3の鐘が鳴った会議室。
「これは遅刻とかじゃなくてボイコットじゃねぇか?」
昼1の鐘の前にギルドで受け付け済ませて、会議室に到着。
昼1の鐘の時点で、受付のナル婆さんに『聖銀』のメンバーが来たら通すように言った。
昼2の鐘が鳴った時は、帰ろうとしたら副ギルド長ルッカが来て、もう少し待ってと言うから椅子に座ってぼーっと講習用の低級迷宮『墓地』の資料をめくる。とりあえず地下4階までは改めて確認できたな。
そして今、鐘3。
「なぁ、副ギルド長さんよう、マジで帰りたいんだが」
「まさか、強制でも来ないとは。これは案件ですねぇ」
「いや、まぁ、眼鏡光らせてニヤニヤされると俺が怖いんだが」
「おっと、すみません、ガウスリーさん。ですが、これで除名の名分が立ったなぁと思いましてねぇ」
「で、帰っていいか?」
「そうですねぇ。私も仕事が溜まっていそうですし、今回の講習は辞めにしますか」
「おっしゃ。じゃぁ、報酬とかどうなんだ?俺、今まで何十回も講習したけどこんなの初めてで報酬どうなんのか知らねぇんだわ」
「こういった場合ですが、講師の報酬は本来の半分を渡すようになっていますね」
「ほほう。2時間椅子に座って、えーっと、7級講師の1日の半額だから銀板1か。儲けたな」
「ええ、どうぞ受付で申請してくださいな」
「よっしゃ、そんじゃお疲れー。報酬ぱっと使うぜー」
儲け儲けー。座ってるだけで銀板1枚~。
ハンガーに掛けてたフード付きのマントを革鎧に取り付け、壁沿いに置いてた背負いカバンを背負い、槍を背負いなおして会議室を出る。
講習用の準備用品一泊分一式とメイン武器の槍を合わせると結構な重量になるが、まぁ、仕方ない。明日以降の依頼で短期護衛でもあれば使うか。
一階に降りると相変わらず、若い受付のエミリアの列は溢れてるな。別の列に行きゃあいいのに。メンドクセェ。
俺はいつものナル婆さんの列に並ぶ。
この婆さん、俺が12で荷運びしてる頃から見た目変わらねぇで受付で座ってる猛者だ。
はっきり言って年齢不詳。見た目はマジでただの婆さんなんだが、何度か報酬でゴネル冒険者たちをぶっ飛ばしてるトコ見たことある。魔法なのか、殴ったのかわかんねぇ。座ったままで一切動かずに、冒険者だけがぶっ飛ぶんだ。アレは怖い。
「婆さん、講習の依頼キャンセルっぽいんで違約料もらえねぇかい」
「おやおや、ガウス坊じゃないか。聞いてるよ、あの子たち来なかったって」
「ガウス坊はやめてくれって、婆さん」
「ひゃっひゃっひゃ、あんたはいつまでもゲオ坊さ。違約料だね。ちょっと待ってな」
「ああ、頼む。今回の報酬は別に銅貨とかに両替しなくていいからさ」
「おやおや、珍しいね。いつもは銀板以上だと貯金、銀貨以下は持ち帰りで両替込みだったろうに」
「あー、まー、今回はなぁ。ちょっとアレだったろ。こういう報酬って持っていたくねぇからよ。ぱーっと使っちまおうかと思ってよ」
「あんた、前から思ったけど潔癖だねぇ。そんなだから彼女が出来ないんだよ」
「彼女出来ないとかいうなよ!」
「あぁ、若い女は信用できないから近付きたくないんだっけ」
「ちっ、良いから違約金出せっての」
「ひゃっひゃっひゃっひゃっ、あんた相変わらず、からかい甲斐があるねぇ。ほらよ。ぱっと使っちまいな」
「全く、ひでぇ婆さんだ。またな婆さん」
「またおいで」
ナル婆さんといつものやり取り。
嘘かホントか知らねぇが、ギルド長が現役の頃から受付してたってんだから、ここのギルドメンバー達の過去よく知ってる訳だよな。
まぁとりあえず、ギルド酒場に繰り出すか。
こんな夕方から飲むのも久しぶりだ。
しかも銀板1あれば酔っぱらうまで飲んでもお釣りが来る。
知り合いのパーティでもいねぇかね~?今なら奢っちゃうぜぇ~?
ギィ がたーーーん!!
「す、すまねぇ!だれか一緒にきてくれねぇかっ!!!」
!アレは、ガストのパーティの斥候じゃねぇか?!
ギルドの扉壊しながらってのは穏やかじゃねぇな。
「どうしたんだい!落ち着きな!!」
「どうしたも、こうしたも!俺らが潜ろうとしてた『墓地』でどっかのバカが1層の『家』、開きやがったっ!!」
「「「はぁっ?!」」」
よりにもよって『墓地』のモンスターハウスかっ?!
迷宮『墓地』の各階層に1か所づつある教会。教会はボス部屋であり、下階層への階段がある。そしてその裏には墓所が広がっている。
問題は、ボス部屋でボスを倒せず、逃げる事が出来るのだ。墓所の方にも出口にも。
通常は封印されているボス部屋の奥の扉、ボスさえ倒せれば再強化されて入ることは出来ない。
しかし、ボス出現中に限り封印が弱まっていて開くことができるのだ。
その墓所が『墓地』のモンスターハウス。通称『家』。
他の迷宮の『家』であれば、出現するモンスターは2階層下の魔物程度のランクで各種5匹が基本となる。
それが『墓地』の『家』の場合は。
「スケルトンアークマジシャン、スケルトンソードマン、ナイトスケルトン、スケルトンラット、スケルトンドック、ゾンビドック、ゾンビラット、ハイゾンビにグール、騒霊、レイス、ジャックランタン、その他多数が1層に溢れかえってやがる」
アンデット系の低位はスケルトン、ゾンビ、ウィスプ等基本3種しかおらず、対策が立てやすい。しかし、1段階上の魔物になると一気に種類が増えるのだ。それが各種5匹。しかも、物理耐性や無効が増える。動きも早くなる。武器や防具を着けたものも増える。状態異常攻撃してくる反面、相手は状態異常無効とくる。
魔法にしても、物理攻撃よりマシな程度で火属性や希少な聖属性でないとまともに対抗が出来なくなる。
それゆえ、1階層の『墓地』は7クラスの冒険者でも大丈夫だが、2階層以降は6クラス以上の冒険者でないとギルドの許可が下りない。無視して降りても良いが死んでも自己責任。というのが、ギルドの方針だ。
「おい、お前さん、ガストん所のヤツだろ。あいつは今どうしてんだ?」
「俺たちが迷宮入った時には、溢れる寸前だったから、リーダーたちはなんとか迷宮から魔物共が出て来ない様に入り口で粘ってる!」
「ってことは、ガストのパーティはまだ迷宮か」
これは、やべぇんじゃないか?小規模の氾濫かよ!
ちらっとギルド内に今いる奴らを確認する。
うーわー。俺よりクラスが上のヤツいねぇ。こっそり逃げるのも出来そうにねぇな。ナル婆さんめっちゃ見てるし。
「これっ!ルッカ!ぼーっとしてるんはないよっ!とっとと指示だしなっ!!こういう時に動かないで何のための冒険者ギルドなんだい!!」
さすがナル婆さん。冷静だ。ウチのギルドってギルド長(現在出張中)要らないんじゃないか?
「そうですね。クラス6以上の人はそれぞれ迷宮『墓地』へ急行してください。あ、聖水はギルドにある分は持って行って良いです。今回は非常事態ですので請求しませんよ!後、7,8クラスは傷薬や薬草を持てるだけ持って後方支援をお願いします。決して前線に出ない様に。9,10クラスは各所衛兵団に連絡を。領主への報告は私が向かいます。その他のギルドメンバーは受付以外は後方支援を。受付は帰還パーティがいれば『墓地』へ急行の伝達をお願いします」
やっぱ、頭いいわ。さすが副長!
「事態収束すれば、非常事態報酬を出しますよ!迷宮に喰われないよう!!ミッションスタート!!!」
聖水をマント裏のポケットに入れられるだけ入れて、傷薬と解毒薬を背負いカバンに突っ込む。
そして俺は迷宮のある郊外に向かって走り出した。
街を一気に走り抜ける。事が出来るはずもない。荷物重過ぎるわ!!街も広すぎる!!!
40手前1日のおっさんに無理させるな!
ぜぇぜぇ言いながら、なんとか街の西門を抜けて地面にぽっかり空いた洞窟状の迷宮入り口へ到着。
背負いカバンから1本傷薬を取り出し一気飲みする。喉乾いたし、喉痛いし。膝とかも痛いし。
少し息が整ってから洞窟を下る。何時もいるはずの守衛もいなくなってる。中で防戦中か?
ある程度下るといつも通り空気が変わる。冷たいのにジメジメする空気。
あぁ、迷宮に入ったな。
更に下る。もう少しで広間に出るくらいの通路で戦闘音が聞こえだした。
「おーい。ガスト君粘ってるかー?!」
「おー、おっさん、来てくれたのかーっ!」
「ケガ人とかいるかー?今のとこ俺しか追加で来てないがもうすぐ応援来るぞー」
アラフォーおっさんの俺が一番に到着って今どきの若いのはっ!
「おっさん出来れば交代願いたいわー。うちのパーティそろそろ崩壊しそうっ!」
「マジかっ!」
どうやらギリギリで間に合ったっぽいな、こりゃ。
急いでガストのパーティに合流する。
うわ。魔術師座り込んでるし、槍士も倒れてる。槌士と盾士と守衛の人が2人でなんとか前衛を持たせてる。
鐘1つ以上持たせてるのは大したもんだわ。さすが4クラスパーティ!
背負いカバンを座り込んでるイズに渡す。
「カバン中に傷薬と毒消し入れてきた。毒になってる奴は順番に使いな!」
「は、はい!」
「そんじゃ、前にお邪魔しますかねっとっ!」
担いだ槍を構えて走り出す。
「はい。到着っと!ゲイル以外は一度休憩してきな。怪我多そうだし毒も食らってるでしょ」
「おっさん、助かったっ!」
「おっさん、俺も結構ヤバいんだけどっ!ってあぶなっ!!」
「ゲイルはまだダメー。なぜなら守ってもらわないとおっさん、ヤバいから!」
「ちょ、まじかよぉ!」
無駄口叩きあいながら盾士の後ろからハイゾンビの右肘を打ち抜く。次いで左肘。
ゲイルは盾打ちで頭を吹き飛ばして、次に備える。
次の相手はスケルトンソードマン。円形の金属盾と剣を装備したスケルトンだ。
「はい。ゲイル君。問題です。スケルトンソードマンの戦闘行動順位は何が優先されますか?」
「はぁ!?今それ重要なのかよー!!?」
「はい。残念。答えは攻撃されそうなら盾で防御が優先」
ゲイルの後ろから飛び出して、槍を打ち下ろし。スケルトンソードマンは盾を前に押し出す。俺は一歩前に出て盾に槍を当て、そのまま盾外周を滑らせる。すると。
「長い武器だと丁度相手の膝辺りを攻撃できるってなものよ」
両膝を両断し、倒れるスケルトンソードマン。倒れた間に持っていた剣を槍で引き寄せつつ、ゲイルの後ろに退避。
「さっきの戦い方は盾士にも使えるからゲイルも注意なっ」
「いやいや、あんな戦い方するのおっさんくらいだろ」
「クラス4以上になると戦争とか強制参加あるぜぇ。集団戦闘だとヤバい。それに同じクエストで競合したら、クラス3の冒険者とかマジ化け物よ?俺の攻撃技術なんざ目じゃねぇから。むしろ目で追えないくらいの速度でやるから」
「まじかぁ」
次はーっと、うぉ。レイスと騒霊かよ。非実体アンデットかぁ。
「はい。ゲイル君、第2問。非実体系アンデットに有効な魔法は聖属性の聖浄化。ではアイテムは?」
「聖水だろ!」
「ハイ正解。ですが、効率良くやるためには土壁」
レイスの正面に土壁を作る。当然抜けてくる。そこ目掛けて聖水をビンごと叩きつける。
すると。
「おっさん、レイスが真っ二つになってるんだが。どういうこった?」
「聖水は聖浄化された水なんだ。その水を土に染み込ませれば、染み込んだ場所は狭いけど聖域で聖浄化出来る。そこにアンデットが侵入しちゃったらどうなる?」
「あー。おっさん、魔物博士号取ったら?」
「論文めんどくせ」
「おっさんらしいや」
「そんじゃぁ、ゲイル。今聖水を染み込ませた壁を盾打ちでぶっ飛ばせっ!」
「おっけーおっさん!」
ドンッ
砕ける土壁。飛散する聖水混じりの土。散弾状の聖域に巻き込まれて消し飛ぶ騒霊。
「うわぁ。おっさんすげぇ」
「よっしゃ!予想通り!これで少しは周辺マシになったか?」
その調子でどんどん魔物を削る。
アンデットの土魔法耐性は高い。直接の攻撃魔法はほぼ効かない。だってスケルトンはスカスカ。ゾンビは削れるだけ、非実体系には無効。
でもね。
「落とし穴落とし穴落とし穴落とし穴落とし穴落とし穴」
浅くて狭い落とし穴だと魔力効率も良いし、結構広い範囲で地面凸凹に出来る。地面を凸凹すると非実体アンデット以外は足を取られてコケちゃったり、踏ん張れねぇ。
今回みたいな大量のアンデット相手に時間稼ぎ目的だと便利っつうわけだ。
特に四つ足のアニマル系統アンデットには効果的だわな。
アンデットの割には足が早いから足をとられたり、折れて転がってきたり。
転がってきた奴を重点的に狙って処理する。
「おっさん、まじ、魔法の使い方、神懸ってるわー」
「いやいや。本当なら1穴1殺で倒すのが本当の土魔法使い。おっさん的全力がコレ。しかも、魔力ギリギリ」
「それでもうらやましいぜ」
「お前らのパーティにも魔法使いの嬢ちゃんがいるだろうが」
「あー水魔法も良いよなー」
「水とか汎用性めちゃくちゃ高いからなっと、魔力ギリギリだし、魔物も大分減ってきたし、そろそろ一時引くぞ」
「了解だ。おっさん」
「じゃ、カウント3で下がれよ。3・2・1・下がれ! 土壁土壁土壁!!」
三面壁を作りマントから聖水を3本取り出し叩きつける。
「これで一息つけるな。とりあえずお疲れー」
「おっさんマジ助かったわ。お疲れー」
ゲイルと二人揃って座り込む。
あーヤバい。マジ歳だな。短時間の戦いで腰痛いわ。
「うぁー。やべ。腰痛い」
「ぶはっ?!おっさん、マジおっさんじゃん」
「いや、間違いなくおっさんだぞ」
「くっくっく、なんだそりゃ」
「それにしても、だ。まだ応援こないのかねぇ」
「低ランクの連中はある程度来てるらしいっす。今は入り口でキャンプ設営してるっす」
「ほぅほぅほぅ。じゃ、交代で休憩しますかね」
それからは特に大きな問題も無く、3日がかりの迷宮内部後始末が終わった。
騒動の発端になったバカ供は全員ゾンビになって出てきた。やっぱりというかなんというか、俺が講習依頼されてた受講者供だった訳だ。
ギルドと貴族間で色々すり合わせがあったらしいが、詳しくは知らん。知る気もない。
この小規模氾濫に関わった全組合員に賞与がでた。
ゲイル達のパーティーはそれぞれに二つ名(恥ずかしいやつ)が送られ、喜んでいる。まあ、まだ若いからな。俺はゴメンだ。
「ガウスリーさん、いらっしゃい。今日のオススメはオークジンジャーですよ」
「そんじゃ、それとエールたのむわ」
「まいどありー」
賞与もらって今日もギルド酒場へ。
気付けば40歳。おめでとう俺。
ここまで読まれた方、お疲れ様でした。