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#24 「2学期」
ボロボロの模試が終わると、2学期のテキスト配布が始まった。中田勇樹は一応早慶コースなので、2学期からは対応講座も始まった。また、ここからが中田勇樹の浪人生活において一番辛い時間の始まりでもあった。
具体的には、ついていけない、分からない、といった絶望を感じるようになっていくのだった。同時に河台塾をこのまま信じていいのか?と疑念を持つようになっていった。
そして授業中に気持ち悪くなって、吐き気のようなもの、呼吸困難、謎の微熱が起こるようなり、心だけでなく、体の方も不調になってきた。




