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1―3 集いし雄

 〈フローライト〉・“王属騎士団”合同特殊作戦会議の日。神騎士学園ディバインスクール〈フローライト〉の学園長室には、この部屋としては稀に見る大人数が並び立っていた。


「諸君、今日はよく集まってくれた。特に生徒の諸君には、今回の作戦に参加する覚悟を決めてくれたことに、心からの感謝と尊敬の意を示したい」


 巨大な執務机の前に立ち、〈フローライト〉代表として言葉を述べるミコト。その可愛らしい声が執務室兼応接間としては広すぎる学園長室に響く。


 今日この場に集ったのはおよそ三十人。ミコトを含めた一部の教官たちに、レインら二学年の神器使い五人、そして三学年の神器使いだ。もしも悪魔デモンが本当に攻めてきた場合の〈フローライト〉側の戦力はこれで全てとなる。

 いや、実際には教官の半数は避難指示を担当するため、純戦力としてはさらに少ない。確かにこの人数で悪魔と対峙するのは心許ないとレインも感じた。


 個々の戦闘力は十分に高いのだが、特殊な能力でも持っていないかぎり一人で守れる範囲には限界がある。恐らく大軍を率いて襲ってくるであろう悪魔に、少数で対応するのは難しいと言わざるを得ないだろう。


「会議の交渉自体は我々教官が行うため、生徒の諸君らはそこまで気負う必要はない。〈フローライト〉の生徒に相応しい誇り高い姿でいてくれ。会議が順調に進み、“王属騎士団”の協力を得られることが決まれば、具体的な作戦内容まで話し合うことも考えられる。そのときには集中して聞くように」


 生徒は基本的に話し合いには参加しない。利益やら権利やら体裁やらが絡んでくる件であるし、そもそも会議中の発言には大きな責任を伴う。到底未成年にこなせる役ではないだろう。


 今日のレインたちの役割は黙って話を聞いていること。「私たちは逃げずに戦う」という〈フローライト〉の姿勢を“王属騎士団”に明らかにすることだ。“王属騎士団”が協力を断るとはあまり考えづらいが、騎士団任せにするつもりはないという意思を示すためにもレインたちは毅然とした態度でいなければならない。


 と、レインがそんなことを考えているうちに話は終わり、「少し楽にしていてくれ」とミコトが告げた。ほんの少し場の緊迫感が緩んだ――ような気がする。


 会議を行う場所は騎士城ギルドの一室らしい。会議が行われることは基本的に内密なので、こうして集まってから一斉に移動するようだ。

 この学園長室の床には魔方陣が隠されており、転移魔法を使う際の陣として利用される。転移先は王国の様々な場所に設定されており、例えば神壁や他の神騎士学園に転移することも可能らしい。


 設定先には騎士城も含まれているので、ここから直接転移する。ミコトはそのための準備をしているのだ。


 多少緊迫感は緩んだとはいえ、かなりの実力を誇る騎士たちが集まって出発を待っているこの状況はかなり息苦しい。和やかに談笑するような雰囲気ではないとは分かっていつつも、レインは隣のアリアに小さく話しかけた。


「三年生の神器使いって意外と少ないんだな。もっといるかと思ってた」


 少し前に立つ三年生は二人のみ。いずれも並々ならぬ気配を放ってはいるが、恐らく〈顕神デュオライズ〉の域には至っていないだろう。もちろん〈顕神〉を使えなくとも確かな実力を兼ね備えた騎士はいるので、一概に戦闘力について言うことはできないが。


 少しも姿勢を崩さないアリアは直立したまま言葉を返した。


「神器使いなら他にもいるはずよ。この作戦への参加は任意だし、拒否したんじゃないの? ……学園最強・・・・もいないみたいだし」

「学園最強……?」


 アリアの話によると、どうやら三年生の神器使いはあの二人以外にもう二人いるらしい。その二人こそが学園でも群を抜いてレベルの高い騎士らしく、さらに一方はその隔絶した強さから学園最強との呼び声高い存在だという。


「去年の校内戦を勝ち抜いて“騎王戦”に出場したのがその二人よ。しかもどちらも本戦でベストエイトに入ってる」

「え……去年ってことは、まだ二年…………」


 アリアは否定しなかった。つまりはそういうことらしい。


 当時の三年生を差し置いて本戦に出場し、さらにベスト八、王国内の八本の指に入っているということだ。もちろん“騎王戦”に王国内の猛者全員が参加する訳ではない――例えば神王や神騎士学園の学園長は出られないという――が、だとしても尋常ならざる強さであることは間違いない。


「何じゃそりゃ…………」


 すっかり忘れていたが、〈フローライト〉は常識が通用しない異常な場所なのだ。そのことをレインは再認識した。


 他の神騎士学園もこんな感じなのだろうか……とレインがゾッとしたとき、ちょうどミコトが準備を終え、再び皆の前に立った。


「これで準備は整った。それでは――行こうか」


 頷く一同を見回してから、ミコトが目を閉じ小さく詠唱する。床に浮かび上がったのは巨大な魔方陣。

 起動した瞬間転移陣テレポーターが淡い光に包まれ――次の瞬間、その上に乗っていた面々の姿は消滅した。


  ***


「ようこそお待ちしていました、〈フローライト〉の皆さま」


 転移した先、待合室のように見える部屋には、修道服に似た“王属騎士団”の制服を身に纏った男が二人立っていた。


 ミコトたちの来訪を迎えるべく待っていたらしく、最低限の身分確認を手際よく行った後に、会議が開かれる部屋へと案内される。以前アリアたちが招待されたときに通された棟とは異なるようで、道中には様々な用途の部屋が点在していた。


「では、こちらでお待ちください。私たちは部屋の外に控えていますので、何かご用があれば何なりと」


 やがて着いたのは学園長室ほどの大きさの部屋。中央を開けて左右三列ずつ長机が配置され、一列にはおよそ十脚の椅子が置かれていた。〈フローライト〉側の席は決まっており、案内役に最後に指示されたように着席する。


 部屋は来客用にあつらえられたもののようで、複数の調度品が置かれている。不必要に派手なものはなく、落ち着いた基調のそれらが〈フローライト〉の面々の緊張を和らげた。


 そのまま待つこと五分。微かに軋む音と共に扉が開かれる。


「…………!」


 扉の奥にいたのは青みがかった黒髪を揺らす男――カイルを先頭に、二十余名の騎士団員たち。一様に騎士団の制服を纏っており、その威圧感は凄まじいものがある。


 カイルが部屋に入るや否やミコトが立ち上がり、それにしたがってレインらも起立する。あくまで〈フローライト〉は助力を要請する立場だ。騎士城に招かれた客人とはいえ、粗末な態度でいることは許されない。


 カイルが自席――ミコトと向かい合う列の中央の席だ――の前に立ったのを確認して、すかさずミコトが一言目を告げる。


「今日はこのような会議の場を設けてくれたことに感謝する、カイル殿。〈フローライト〉一同、心からの感謝を申し上げる」


 ミコトの改まった口調にレインは目をしばたたかせた。外見にそぐわない堅い口調は、しかし不思議と彼女の雰囲気と調和し、幼いながらも凛々しく見える。


 対するカイルは、人を取り込むような柔和なあの笑みを浮かべて言った。


「こちらこそ我々を頼っていただけて光栄の限りです。皆さんも肩の力を抜いて、有意義な時間にしましょう。どうぞお座りください」


 カイルの言葉に素直に従い、ミコトを含め〈フローライト〉の面々が腰かけた。それを確認してから“王属騎士団”の団員らも揃って席に座る。


「……では、始めましょうか」


 カイルの一言と共に、合同特殊作戦会議が始まった。


  ***


 〈フローライト〉と“王属騎士団”の合同会議は、さしたる障害も滞りもなく進んでいった。“王属騎士団”側の対応はおよそ〈フローライト〉が望んだ通りのものであり、戦力提供も含め、ミコトの要請がほぼそのまま受け入れられたと言ってもよい。


 “王属騎士団”から一時的に提供される戦力は、第三部隊と呼ばれるらしい集団。部隊の長を務めるジニル・オニクス曰く柔軟な動きと連携を得意とする部隊らしく、敵勢力が不明で混戦になる可能性がある今回のような場面に強いという。

 総勢三十人あまりの騎士たちからなり、全員が強化聖具以上、さらに上位数名は神器使いとのこと。団員一人一人の力は〈顕神デュオライズ〉を用いる神器使いには敵わないが、習熟した連携によって全体としての戦闘力は十分に高いらしい。


 時間が限られているこの状況では、〈フローライト〉側の戦力と“王属騎士団”側の戦力で十分に連携を高められるとは思えない。そういった意味で、既に完成された戦力が増えるというのは頼もしいことこの上なかった。遊撃に長けるというのも利点の一つだ。


 意外なほどに話し合いはスムーズに進行し、いよいよ最終的な合意を得る段階にまで達しようとしていた。


「……最後に、確認したいことがあります。よろしいですか?」


 戦力提供の件もいよいよ大詰めとなった終盤、カイルが発言した。

 ミコトが無言で続きを促し、カイルは言葉を続ける。


「未来を予知する能力で得られた情報は、悪魔の襲来に関係することだけなのですか? 例えば、敵の情報ではなく、こちらが被る被害や犠牲については何も分からない、と?」

「現時点では、結果はほぼ確定していない。そもそも襲撃が起こらない可能性があるからだろう。だが……一つの未来として、少なくない犠牲が生じる未来も確かに存在している」


 ミコトの返答に、場の温度が低くなった気がした。誰もが予想する未来ではあるが、実際にその未来を視ることができる者からの宣告はまるで意味が違う。どこかで一歩道を間違えれば……あるいは間違える必要もなく、そんな未来が訪れるかもしれないのだ。


 しかしミコトは毅然として言った。


「もちろん、そんな未来を受け入れるつもりは毛頭ない。一人の犠牲もなく悪魔を退けるのが私の責務だ。今はまだ、最悪の未来を否定することはできないが――この命に代えてでも守り抜くと誓おう」


 断固とした宣言に迷いは微塵もなかった。

 未来を見通せるがゆえの重圧は他者の何十倍も重いだろう。自分一人の命ではなく、数十人、それも未来ある有望な騎士たちの命を預かっているのだ、責任の重大さは想像を絶する。その小さな体にどれだけの重荷を背負っているのか、考えることも恐ろしい。

 それでも一片の揺るぎもなく「守り抜く」と言い切れるのは、長としての矜持を胸に秘めているからだ。数多の困難を乗り越えてきた自負と自信、そして何より絶対的な意思力。失敗を視界から除外し、成功だけを直視する。今まで越えてきた壁と同じだと、ミコトは自分に言い聞かせるのだ。


「…………」


 カイルはしばらくミコトを見据えていたが、やがて小さく微笑んだ。


「……その言葉に嘘はないようですね。いいでしょう、“王属騎士団”は〈フローライト〉に協力することを正式に約束します」


 “真言トゥルース”は、ミコトの真意を否定しなかった。それを以て、カイルは〈フローライト〉を真に認めることを決めるのだ。


『いいのですか? ミコトを信じて』


 カイルの脳裏に響くミカからの〈天声リベレーション〉。いついかなる時も冷静な『賢臣』の言葉に、カイルも〈天声〉で答える。


『会議の中でミコトは虚言を発しなかった。それに、少なくとも今のミコトの覚悟に偽りはない。ならば――同じ長として、せめてもの敬意は払わなければな』


 カイルがミコトに向けるのは心からの敬意。


 本来カイルの前で「宣言」に類する言葉を発するのは悪手に等しい。結果が確定しない未来についての言葉は潜在的に嘘を内包しているからだ。よって“真言”はほぼ大抵の宣言を虚偽だと判断する。

 それをはね除けるには、未来に対する疑いを排除する必要がある。言い換えれば、宣言した未来だけを実現するという強い意思が必要不可欠なのだ。わずかでも疑心や不安が混じれば“真言”はたちどころに虚偽と喚き散らすだろう。つまりカイルには、宣言についての発言者の態度が手に取るように分かる。どれだけ真摯に向き合っているのか、どれだけ真剣に考えているのかが明白なのである。


 その点でミコトは“真言”に打ち克った。それも、一度は敗北する未来を目にしたにもかかわらず、である。並大抵の意思ではこんな芸当はできないだろう。


 少なくともミコトは本気で悪魔と対峙するつもりだ。ならばカイルも否定する理由はない。


『悪魔と繋がりがないとは断定できない。しかし今回の件に関しては、人類に与する者として信頼に足ると判断した。異議はあるか?』


 明確にカイルが言葉に乗せた圧。副団長を相手にしても有無を言わせない、長たる者の一言だ。


『……いえ、団長の言葉とあらば』


 ミカも反論することなく引き下がった。普段の態度はどうであれ、ミカがカイルに絶対的な信頼を寄せているのは紛れもない事実だ。そんなカイルがこれほど強く主張するのならば、ミカはそれに従うまで。


 他の副団長や団員からも反対意見は出なかった。これを以て、“王属騎士団”と〈フローライト〉の協力関係が正式に結ばれたのである。


「……では、今日はここまでとしましょうか。詳細についてはまた後日、あまり日を開けずに行いましょう。時間は限られていますからね」


 そんなカイルの言葉で、合同特殊作戦会議は、協力関係の成立という大きな成果と共に終わりを告げた。


  ***


 会議が終わり、〈フローライト〉の面々が騎士城ギルドを去った後。


 広い修練場に設置された舞台の内の一つに上がる七人。


「さて、では始めようか。準備はいいかい?」


 舞台の中央、やや東寄りに立つのはカイル。手にする神器は鞘からは抜かれているものの、特殊な覆いがしてあり刀身は露出していない。


 対して舞台中央西寄りに立つのは、アリア、アルス、シャルレスの三人。抜剣された神器は、その神秘的な輝きを存分に辺りに振り撒いている。


 そして、舞台の端にはアムル、ミカ、ジニルの三人。こちらは剣は抜いておらず、静観する構えだ。


 異様な雰囲気の中、カイルはいつもの穏やかな口調で言った。


「君たちの実力を見るためにも、本気で……そうだな、私を殺すつもりでかかってくること。私が君たちに一撃を入れたら試験は終了だ。死なないとはいえ、かなりの痛みだろうから緊迫感は忘れないように」


 今から行われるのは、“王属騎士団”にて、全ての新入団員に対して課される試験。端的に言えば、新入団員の力を測るための試合だ。


 適当な団員が新入団員と試合を行い、その実力を判定するためのものである。この試合の結果から適切と思われる世話役が付けられることとなり、騎士団内での初期の位が決定される。

 実力至上主義である“王属騎士団”では在籍年数よりも単純な強さが重要視されるため、適性さえあれば、入団早々に一部の隊への指揮権を持つこともある。ヘルビアのように、確かな実力と長となるための適性を持っていたことで、入団時点で既にかなり高位の騎士とされる例も存在するほどだ。


 普通、この試験は“王属騎士団”の一般騎士、あるいは隊長級の騎士が行うが、新入団員となる予定のアリアたちの実力を考慮してカイルが行うこととなった。騎士団長直々に試験を行うのは異例中の異例と言える事態であり、それだけアリアたちが期待されているということを示していた。


「一応、一人ずつ試験を行うのが普通だけれど、君たちの連携力を見るためにも三人まとめて相手をしよう。一撃でも私に当てられるよう頑張るといい」


 神器使い、それも〈顕神デュオライズ〉を扱えるアリアたちをカイル一人で相手する。到底不利どころか自分に勝機があるのすら分からない――などという心配はカイルには微塵もないようだった。離れて傍観する副団長にも不安の色はない。


「……いいんですか? 三人で」


 半ば挑発じみたアリアの確認は、カイルに何の動揺も与えなかった。微笑みを少しも乱さずにカイルは言い放つ。


「心配はいらないよ。君たちの剣が私に触れることはないからね」

「…………」


 明らかな挑発を含んだ言葉は、少なからずアリアたちの癪に障った。神器使いとしてのプライドがそうさせたと言うべきか、知らずアリアたちの放つ気配がピリつく。


「……準備はできたみたいだね。じゃあ、始めようか」


 ほんのわずかに笑みを薄めたカイルは、やはり穏やかにそう言った。

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