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1―2 守護者たち

 王都にそびえる“王属騎士団”の拠点、騎士城ギルド。その巨大な建築物の最奥に存在する部屋に、四人の神騎士が座していた。騎士団の頂点、すなわち紛れもない騎士団最高戦力である四人だ。常人であれば無意識に体が強張ってしまうほどの濃密な覇気が辺りに広がっている。


 リング型の卓と椅子しかない、無機質な純白の部屋が使われるのはおよそ一ヶ月ぶり。今日は臨時で集合の命がかけられたのだ。


「急な呼び掛けに応えてくれたことに感謝する。ではこれより、臨時の四席会議を始めよう」


 四席会議の開始を宣言する男、カイル・ジークフェルト。威厳ある声は“王属騎士団”団長としての風格を存分に漂わせ、聞く者の対抗心の一切を削ぎとる。それぞれの価値観、判断基準を持つ個々人をまとめあげられることもまた、長に必要な能力であり、カイルが得意とするものだった。


 そんなカイルの左隣に座る剛毅な雰囲気の男、アムル・ネヴェルは、いつものように不機嫌そうな顔で腕と足を組んでいる。今日も騎士たちを扱く予定があったのだが、この会議のせいでその時間が奪われたのが気に食わないのだろう。

 鬣のような荒々しい髪や、頬に走る傷が、ただでさえ凄まじい威圧感をさらに高める。『豪腕』という呼び名の通り太い腕は、彼の激しい鍛練の象徴であると同時に、彼が鍛練へ注ぐ情熱の深さを表していた。


 そんなアムルの向かいの席にて静かに座すのは、『賢臣』のミカ・ケルメリア。片眼鏡モノクルに隠れた表情からは如何なる感情も読み取れないが、彼女もまた時間を奪われるのは好きではない性分だ。団長であるカイルの命によって仕方なく臨席しているようなものである。


「諸君らの不満については十分に理解しているよ。だが、今回ばかりは許してくれ。君たちにも参加してもらわなければならないことなんだ」


 カイルは柔和な言葉で二人を宥める。このところ臨時の四席会議が多いことはカイル自身も自覚しており、その半日の会議のために副団長たる者の貴重な時間が奪われているのは百も承知だ。実際に話し合う時間自体は大したものではないが、準備には各人の時間を割いているのだから。

 しかし逆に言えば、そうまでしても集まってもらわなければならない理由があるということ。騎士団をとりまく状況が動き始めていることをカイルは懸念していた。


「アムル殿もミカ殿も落ち着きなさい。四席会議を開く権利は団長殿にあるのですから。団長殿の決定に我らが不満を持つのは筋が違うというものでしょう」


 カイルに同調したのは、カイルの向かいに座っていた長髪の男。


 名をジニル・オニクス。ヘルビアが抜けた後に副団長に任命された男である。かつてヘルビアの世話役を務めた男で、カイルやアムルと同期の古参の神騎士ディバインだ。


 “王属騎士団”では新しく団員を迎え入れる際、新団員一人につき一名、世話役と呼ばれる団員を指定する。新たな団員は、その世話役の行動に随時付き従うことで、騎士団のルールや振る舞い方を学んでいくのだ。

 特に、新たな団員が神器使いのような実力者だった場合、世話役には騎士団内でも上位の騎士が指名される。ヘルビアが“王属騎士団”に入団したときの世話役がこのジニルであり、当時の副団長の一人であった。


「…………ふん」

「…………」


 騎士団の古参とあって、ジニルの影響力はカイルに次いで大きい。騎士としての実力も他の副団長が認めるほどである。剛を義とするアムルに対し、柔を義とするジニルは、温厚な性格も相まって団員から支持されていた。


 実戦指揮を担当し、また戦闘訓練などをアムルと合同で行うこともある。副団長を務めていた頃は、アムルと並んで騎士団の双璧と言われるほどの強さを誇っていた。

 しかし公域での悪魔デモン調査の際、団員を庇って負傷し、それが原因で副団長を辞任した。以降はその後をヘルビアが次ぎ、ジニル本人は傷が癒えた後に団員の養成に力を注いでいたのだが、今回ヘルビアが副団長を辞めたことによって、白羽の矢が立ったということである。


 『巨星』たるジニルの言葉は副団長二人も無下にはできない。渋々ながらも二人はひとまずは負のオーラを抑えた。


「……団長には敵意を向け副団長に従うというのはどういう了見なのか…………」


 ぼそりとカイルが呟いた言葉は、幸い誰にも聞こえていなかった。あるいは意図的に無視された。


「……で? 今日の議題は〈フローライト〉との合同作戦会議についてだったか? 俺たちが相談するも何も、それこそ全てその会議とやらで決めることではないのか」

「いや、“王属騎士団”としての立ち位置を予め決めておく必要がある。各自、背景にある情報は把握しているだろう?」


 カイルの確認の意味をすぐに理解したミカが答える。


「ミコトの未来予知……いえ、未来視の能力で得られた〈フローライト〉襲撃の可能性、でしたよね?」


 ミコトの異能“視知アンノウン”。危機を前もって察知できるこの能力で実際にゴルジオンが救われた例も何度かあり、その有用性については言うまでもない。神能や異能、特異体質といった推測不能な力が交錯する状況においては、相手の出方を事前に知ることができるというのは特に大きなアドバンテージとなるのだ。


 しかしどうやらカイルは、王国がミコトに頼っているこの状態を懸念しているらしい。ミコトが王国の敵である可能性を否定できない今では、むしろ当然のことと言えるだろう。


「……これまでのミコトの未来視に偽りはなかった。だが、それは信頼の証明にはなり得ない。ベルという特殊な個体を含めて悪魔デモンたちの動きが活発化している今、我々は慎重に動く必要がある」


 言葉と共にカイルの静かな気配が場に浸透する。副団長の面々も、これが投げやりに扱ってはならない問題だということを改めて認識した。


 ゴルジオンと悪魔の対立はこれまで長く、永く続いてきた。

 〈大厄災カタストロフ〉ほどとは言わずとも、多数の悪魔による襲撃は歴史上何度も起こっており、その度に王国は勢力を挙げてこれをはねのけてきた。ゆえに、襲撃自体に異常性があるとは言えない。突発的に行動する悪魔が、偶然にも好戦的な指揮個体に煽動された結果であるとも考えられるからだ。

 しかしベルという悪魔が存在するとすれば話は別だ。確かな知能と厄介な能力を持ち合わせ、悪魔には珍しい狡猾なやり方で王国の内部を暗躍している。既にかなりの情報が敵の手に渡っていると考えて間違いないだろう。このベルが意図的に悪魔を操り、何らかの目的を持って襲撃を指示することも恐らく不可能ではないはずだ。さらに言えば、人か悪魔かに関わらず、他にも協力者がいるのかもしれない。


 王に仕え王国を守るのが責務である“王属騎士団”としては、そんな悪魔の暗躍、それも王国内部を荒らされるという被害は屈辱以外の何物でもなかった。これ以上余計な損失を出さないためにも、より一層慎重に行動しなければならない。


 この部屋の近くには、カイルがレインとの交渉時にも利用した神能を行使する神器使いが控えており、ミコトに視られる心配はない。頻繁に呼ぶことはできないが、今回は隠蔽の必要があるために事前に招集しておいたのだ。


「ミコトの言葉が罠である可能性を念頭に置いておく必要がありますね。討伐作戦自体には参加するおつもりですか?」

「ああ。今回の合同会議の実現には神王様のお力添えがあったと聞く。体裁を考えても、ミコトの言葉を無視し一切の戦力を提供しないというのは悪手だろう」


 ミカの言葉にカイルは頷く。


 合同会議は神王の一声によって実現した。つまりは神王がミコトが視た未来を危険視しているということであり、神王の意向が含まれるということに外ならない。王に支える“王属騎士団”がその要求を無視するなどということはあってはならないのだ。


「とはいえ、討伐作戦に全戦力を向けるつもりはない。基本的には一部隊で十分だろうと思っているが、何か意見がある者はいるか?」


 カイルが見回すが異議はないようだ。〈フローライト〉が危機にあるとはいえ、“王属騎士団”の通常業務がなくなる訳ではないし、不測の事態に対応するための予備戦力も温存しておくべきだろう。


 副団長らの同意を得たカイルは、騎士団の基本的な方針について確認を進めた。今回の戦力提供はあくまで一時的なもので、〈フローライト〉と友好関係を結ぶつもりはないことを主とし、会議での騎士団側の振る舞いもそのようにする、という旨だった。


「では、〈フローライト〉に派遣する一部隊についてだが……」


 カイルはそこで言葉を区切り、もう一度副団長らを見回す。


 両隣の二名は非常に嫌そうな――あくまで表情には出さず、場の雰囲気だけを下げるという巧妙な手法だった――オーラを放っている。カイルも表情には出さずに苦笑した。


 戦力提供についての詳しい日程や方法は合同会議で決めるつもりなのでまだ未定だが、少なくとも常時よりは拘束時間が発生するだろう。当然アムルやミカが喜んで受け入れるはずはなく、カイルに対して明確な意思表示を行っているという訳だ。


 臆せず長に意思を伝えられるというのは組織として喜ばしいことである。しかし如何せんこの二人は自分本意すぎる嫌いがあった。いや、自分本意と言っても結果的には組織のためという目的に帰結はするのだが。


「……でしたらその任は、第三部隊が引き受けましょう」


 と、手を挙げたのはジニル。


「第三部隊は遊撃を得意とする部隊です。もしも本当に悪魔が攻めてきた際も優位に立ち回ることができるでしょうし、何よりアムル殿やミカ殿、そしてお二方が指揮する部隊は多忙を極める。比較的余裕がある我ら第三部隊が適任かと」


 淀みなくさらさらと述べられるジニルの申し出は、カイルが承認するのに最適のものだった。事実、誰からも申し出がなければカイルはジニルに任せるつもりだったのだ。


「なるほど。他の二人はどうだ?」


 言葉にはせずともジニルに感謝しながら、カイルは最後の確認をとる。もっとも否定するはずはないだろう。


「いいんじゃないか、それで」

「ええ、私も賛成です」


 カイルが予想した通り、二人はジニルの提案を受け入れた。


 有事の際の主戦力となるアムル率いる第一部隊はもちろん、諜報分野を担当するミカ率いる第二部隊も騎士団の通常の業務には欠かせない。それに比べ第三部隊は特別に役割が設定されている訳ではなく、基本的に第一部隊の補佐を務めるのが主である。ジニルが言うように遊撃部隊としての側面が強く、場合によっては第二部隊の手助けをすることもある。専門性を有した部隊ではないので、今回の戦力提供にはうってつけだろう。


 純粋な戦力としては他部隊に劣ってしまうが、〈フローライト〉にも悪魔への対抗戦力はあるはずだ。協力すれば多少の悪魔の襲撃などとるに足らないものと言える。


「では、大筋として第三部隊のみの協力を許可することにする。無論、状況によっては他部隊の投入も考えなければならなくなるだろうが、合同会議においては以上を骨子としよう」


 カイルがとりまとめ、さらに子細な条件を確認する。ジニルが第三部隊の詳しい予定を決定できるため、騎士団全体の予定を考慮した上でどのように動けるかを主に確認した。


「……よし。では、そのように。ジニルは合同会議後の予定を再度確認しておいてくれ」

「はい。改めて組み直し報告します」


 戦力提供をした場合、第三部隊が今後どのような予定になるのかを相談し、今回の四席会議の議題はひとまず終了した。アムルやミカのためにもカイルは短く会議を締めくくった。


「これで臨時の四席会議を終了とする。長い時間ご苦労だった。各自、戻ってくれ」


 形式である礼をしてアムルやミカが席を立つ。遅れてジニルも立ったところで、カイルは「そうだ」と思い出したように言った。


「時間があれば、合同会議の後に期待の新入団員の試験・・をするかもしれない。一応、頭に入れておいてくれ」


 ぴくりと反応したアムル。ミカは微かに片眼鏡モノクルを光らせ、ジニルもまた微笑んだ。


「分かった。楽しみにしておこう」


 そんな言葉とともにアムルが部屋を出た。ミカやジニルもそれに続く。


「では、失礼します」


 最後のジニルの言葉と共に、扉は一人でに閉まった。

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