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5―4 制する者

「……終わったの?」


 離れて様子を窺っていたアリアたちが舞台に上がる。ヘルビアは倒れたままだ。しばらく意識が戻ることはないだろう。


「ああ。〈飢憶の印メモリアディザイア〉は完全に消えたはずだ。しばらくは起きないだろうけど、目覚めても呪いの影響は残ってないと思う」


 〈飢憶の印〉による偽りの記憶は全て消えた。やがて真の記憶があるべき場所に嵌まり、ヘルビアは本来の人格を取り戻すだろう。彼の本性が正しいものであることは戦闘の最中の様子からも明らかだ。そこに関して心配はない。


 ただ唯一レインが恐れるのは、これからの事態。

 有り体に言ってしまえば、ヘルビアの処遇とレインの正体の問題だ。


 “王属騎士団”副団長の立場にあったヘルビアだが、今回の行動が団の総意だったとは考えにくい。恐らくはヘルビアの独断の結果だろう。つまりこの件が発覚すれば、ヘルビアはその罪を問われることになる。ヘルビアの“希憶”をもとに詳しい調査が行われ、過去の事実が明らかになるはずだ。

 そしてそれはつまり、レインに関しても調査の手が及ぶことを意味する。今までは決定的な証拠を残すことなく正体を秘匿することができたが、ここまで派手にりあった上で無関係を装うのは無理があるだろう。ベルの動向が不明な今、迂闊に騒ぎを起こすのは得策とは言えない。レインの正体が公に知られれば、それこそいまだに国内に残るヘルビアのような者たちがレインを殺そうと迫ってくるのは明らかだ。


 〈飢憶の印〉は厄介な呪いだが、少なくともレインの存在を明確に認識させなければ直接的な害はない。いずれ全員を呪いから解放するにしても、それは今ではないとレインは判断する。あるいは呪いの行使者であるベルを倒せば、一気に呪いを消せるはずだ。


「…………」


 ――つまり、これらの事態を回避するには、今ここで起こったことを全て隠匿しなければいけないということで。それがどれだけ困難なことかはこの場の誰もが知っていた。


「……これからどうするの? レイン君」

「…………」


 全てを察したアルスが問う。


 レインはしばらく無言でいた後、虚空に向かって言った。


「視てるんですよね、ミコトさん。それに神王も」

「え…………」


 過去と未来を視る“視知アンノウン”を持つ学園長ミコト。広範囲の情報を直接知覚できる“千里眼ルノウ”を持つ現神王ウルズ。この二人がこれだけ大きな戦闘を見過ごすはずはない。


 レインの予想通り、少しして二人から応えがあった。


『ああ、視ているさ』

『……ふん、気付いていたか』


 〈天声リベレーション〉を用いた神器を通じての声。この二人にはもともとレインの正体は知られており、戦闘を覗き視られていたとしても問題はない。そもそも、二人の目を誤魔化す術をレインは知らなかった。


「シャルレス、俺の思念を皆にも繋いでくれ」

「分かった。〈全方同期リンク〉」


 アリアやアルスとも思念を繋ぎ、ミコトたちの声が全員にも伝わるようになった。〈天声〉を使って音声を送受信するには神器を直に確認する必要があるが、レインの記憶の限りではアリアやシャルレスは神王と直接の面識はないはずだ。

 そうでなくとも〈天声〉で複数人と同時に接続するのは煩雑な集中を要する。ミコトたちの手間を減らすためにも、シャルレスの力を活用すべきだろう。


 全員に声が届くようになったことを確認したミコトは、至って平然とした様子でレインに問うた。


『……それで、どうするつもりだ? 学園内部に関しては私がどうとでもできるが、問題はそこではないだろう』


 口振りからするに、どうやらミコトはレインの隠蔽に協力する意思はあるらしい。むしろミコトの助力が得られない場合、レインは何とかしてこの舞台を一晩の内に修復しないといけなくなる訳だが、もちろんそんなことができるはずもない。ミコトの協力は素直に受けるとして、最も大きな問題は別にあった。


『そうであろうな。既に奴は動き出しておる。早ければ明日の午後にでも四席会議が開かれるだろう』


 神王の言葉はレインにとっても想定の範疇にあるものだった。もっとも、起こりうる事象としては想定の範疇にあるだけで対策ができている訳ではないのだが。


 そう、最大の問題は“王属騎士団”――さらに言えばその団長、カイル・ジークフェルトであった。


 カイルがミコトや神王のような情報把握に長けた能力を持つという話は聞いたことがないが、相手はあの“王属騎士団”だ。何かしらの方法でヘルビアやその周囲の情報を探らせていたのは間違いない。

 神王の言葉から察するに、カイルは既にこちらの情報を得ているという。ヘルビア自身に何らかの術、あるいは魔法具アイテムなどを仕込んでおけばさほど難しいことではないだろうし、むしろそれらを全く仕掛けていないと考える方が不自然だ。今は〈天声〉を通じた非直接的な会話ゆえに盗み聞かれているとは考えにくいが、いずれにせよ油断はできない。


『俺といえど“王属騎士団”を自由に操ることはできん。奴らは基本的に独立し、国とは個別に任務に向かうからな。余程の緊急事態でなければ奴は止められんだろう』

「…………そうか」


 可能性の一つとしてレインは神王の威光を借りるという手を考えていたのだが、どうやらそれは無理な話であるらしい。神王直属の騎士団とは言われていても、実際は一介の騎士団だ。神王の命を受けて動くことは多くなく、神王が直接的に命令を下すのはかなりの大事が起こったときのみだという。

 命令権がないとは言わないが、国の命運に直接関わる事態が起きない限り使えない――というのが神王と“王属騎士団”の関係性らしい。


『そもそも奴は貴様の正体を知ってしまっている。今さら隠すことは不可能であろう。この状況において貴様は何を望むというのだ?』


 神王が問う。


 レインとてそれは分かっていた。カイルは既にレインの正体を知った。その上で今レインが望むのは、自分の正体の拡散を防ぐことと――


「……ヘルビアを赦してやってほしい。処罰は免れないとしても、できるだけ軽くしてやりたい」


 騎士団というものにおいて、規律違反は重大な罪だ。特に無辜の民を傷つけるという行為は、騎士団そのものの存在意義に反する重い罪である。まして“王属騎士団”となれば戒律の厳しさは有数であろうし、今回のヘルビアの行為がどれだけの処罰をもって対処されるのか、レインには分からない。結果的にレインは無事であるが、ヘルビアがレインに攻撃を仕掛けたのは確かなのだ。

 騎士団内での降格等で済めばいいが、最悪は刑に処されてもおかしくはない。それだけは避ける必要がある。


「神王、カイルはどこにいる?」

『今は騎士城ギルドにいるが……まさか直接会うつもりか?』

「それが一番手っ取り早いだろ。俺が向かうことだけ伝えておいてくれ」


 レインは〈顕神デュオライズ〉を解き、〈タナトス〉を鞘に収める。馴れない〈顕神〉と激戦の影響で正直体は限界が近いが、まだ倒れる訳にはいかない。カイルと直談判して、自身とヘルビアのことを終わらせなければならないのだ。


「レイン……大丈夫?」


 心配そうなアリアにレインは小さく頷く。どうやらこの赤髪の少女には、レインの状態はお見通しらしい。現にレインはもうまともに剣は握れない。もう一度ヘルビアと戦うことになったとして、まず勝てる見込みはないだろう。器であるレインの肉体の限界を察した〈タナトス〉も大人しくなっている。


 それでもまだ動ける。皆に不要な心配をかけさせてはいけないと、レインは気を張った。


『話はついた、奴は門前で待っているらしい。早く行くがいい、いつまで待っているかは分からんぞ』

「ああ、分かった」


 カイルとの話をつけてくれたらしい神王の通信に、レインは頷いた。


「じゃ、行ってくる。アリアたちは寮に戻っててくれ」

「…………うん」


 アリアはまだ少し不安そうだったが、何かを言うことなく引き下がってくれた。とはいえ死地に赴く訳ではない。騎士城に行って少し話をしてくるだけだ。その話こそ一筋縄ではいかないことは容易に想像できるが、少なくとも戦闘にはならないだろう。


 深く息を吐いてから、レインは“翔躍アドバンス”を発動させる。消耗しきった体に鞭を打って、レインは騎士城へと向かった。


  ***


 “翔躍”を行使して、人目のないところ――具体的には屋根の上などを駆け、文字通り一直線に騎士城へと辿り着いたレインを待っていたのは、騎士城の門前に一人立つカイルだった。


「ようこそ、レイン君。こうして直に話すのは初めてだね」

「……どうも」


 服装は以前学園に来たときと同じ修道服のような白い衣装。近くに門番らしき人影はない。レインとの密会を知られないためにカイルが下がらせたのだろうか。


 相変わらずの人のいい笑顔は夜の暗がりの中でもよく映える。警戒しようとしているはずなのに、不思議と緊張感を失ってしまう感覚があった。ただでさえ脳に血が回っていない今は、早く話を終わらせたいのがレインの本心だ。


「本題に入りましょう。内容は分かっていますよね?」

「ふふ、そう焦らずともまだ夜は長いよ。……少し歩こうか。見たところ、騎士城に留まりたくはないようだ」

「…………」


 レインに拒否権はないらしく、返事を聞く前にカイルは歩き始めた。騎士城から離れ、街の方へと向かっていく。少ししてからカイルが耳元に手をやり何かを指示すると、門の内側から鎧に身を包んだ男が二人現れ、門前に立った。どうやら彼らが門番だったらしい。


 カイルは別段急ぐでもなくゆっくりと歩を進めていた。どこか目的地があるのかどうかは分からない。少なくともレインがついていくのに苦労する速度ではなく、レインは真横から一歩下がった位置でカイルと歩いた。


「……さて、では用件を聞こう。私も把握しているつもりではあるが、念のためね」


 数分後、カイルはそう切り出した。待ちくたびれていたレインは答える。


「ヘルビアが俺を襲ったことはご存知だと思います。……同時に俺の正体も」

「そうだね。“漆黒の勇者”がこんなにも若い青年だったとは驚きだよ。……いや、『大厄災カタストロフ』の日にはまだ少年と呼ぶべき年齢か」


 カイルが一歩を踏み出す度に、腰に吊った鞘が微かな音を立てる。そんなことにさえ気付けてしまうほど周囲は静かだった。二人以外に人は――否、どんな生物もいないように思えた。


「――俺の正体は誰にも明かさないでほしいんです」


 そんな静寂を可能なかぎり壊さないように、レインはそう告げた。


「ヘルビアと同じように苦しんでいる人は恐らくまだまだいます。俺が……“漆黒の勇者”がいることが知られれば、その人たちをまして苦しめてしまう」

「……なるほど」


 カイルはあくまで表情を変えず、前だけを向いて歩き続ける。何かを考えているのだろうか、鞘の鳴る音が少し大きくなった。


「……それと、一つだけ聞きたいことが」

「何だ?」

「…………ヘルビアは、これからどうなるんでしょうか」


 そこで初めてカイルが反応し、歩きながら視線だけをレインに向けた。何もかもを見通すようなその瞳がレインを射抜く。


「どうしてそんなことを?」

「今回の件について、彼に非はありません。彼が刑に処されるようなことだけは赦してやってほしいんです」


 それは偽らざるレインの本心だ。さらに言えば、ヘルビアが〈飢憶の印〉をかけられる理由となったのはレインである。自分のせいで、罪のない人々が苦しむことだけは避けたい。


「……打算などなしに、ただヘルビアを助けたい、と? 殺されかけたにも関わらず?」


 カイルの質問は、純粋な疑問の色を含んでいた。どうしてそこまでするのか――と思われていることはレインにもよく理解できた。

 だとしても、レインは真実を答えるだけだ。


「はい。そのために俺はここに来ました」

「…………」


 しばらくレインを見続けていたカイルだが、ようやく視線を前に戻し、小さく笑った。


「……どうやら君の言葉は真実らしい。随分と立派な信念だ」


 カイルの異能“真言トゥルース”。発言の真偽を見破るその力が、レインの「真」を証明した。


 カイルの小さな笑みに込められたのは尊敬と嘲笑。「ただし」とカイルは言葉を付け加える。


「ただし、君の信念は時として君を縛る鎖にもなるだろう。“優しさ”だけで大切なものは守れない。そのことを覚悟しておいた方がいいよ」


 カイルの口振りは単なる忠告に留まるものではなかった。レインに対する嘲笑は、いつしかカイル自身に向けられた自嘲のようにも聞こえた。虚空を見やる彼の瞳にどんな光景が映っているのかはレインには分からない。


 情けや優しさが必ずしも人を救うとは限らない。時として、それらは全く逆の結果をもたらしてしまうことだってある。そんなことは誰にでも分かることだ。

 だがしかし、それでもなおレインは「優しさ」を捨てきれなかった。例え自らの命を賭けてでも守るべき誓いとして、常に胸に秘めているものだからだ。


「……分かっています」


 レインが返した言葉は一言だけ。ただしその一言は、混じり気のない覚悟を孕んでいた。


「…………。では、話を戻すとしよう」


 カイルはわずかに間を置いてから本題へと入った。


「君の要求は二つ。自らの正体を秘匿することと、ヘルビアの処遇を軽くすること。他にはないね?」

「はい」


 レインは頷く。


 もとより無茶な願いであることは重々承知している。前者の願いはともかく、後者に関しては完全にレインの私情を挟んだ願いである。カイルにとってはこの願いを聞いたところで何のメリットもなく、叶えてやる理由がない。

 だが、カイルは話を聞いてくれている。にべもなく断られることも想定していたレインからすれば望外の態度だ。


「うん……簡単な話ではないが、どちらの願いも私の権限を以てすれば叶えてやることは可能だ。ある程度の制限はついてしまうが」


 ゆえに、カイルのその言葉はレインの予想を超えたものだった。


「本当ですか!?」

「“王属騎士団”団長の名にかけて嘘はつかないさ。ヘルビアの処遇は……そうだな、副団長からの降格は避けられないだろうが、“王属騎士団”から追放するつもりはない。ここで失うにはあまりにも惜しい人材だからね。あとは本人の意思を尊重しよう。それと、君の正体についても世間に公表することはしないと約束する。他の副団長にだけは周知させてもらうが、他言しないように指示しておく。いずれも信用できる者たちだ、了承してくれ」


 カイルの案はまさしくレインが望んでいたものだった。この通りに実行されるのであれば、これ以上の要求はない。レインとしては頷く外なかった。


「ただし――分かっているとは思うが、条件を提示させてもらおう。こちらにも利がある話がなければね」


 カイルは道を曲がり、細い路地へと入っていった。レインも後を追い、道を曲がる。

 昼ならば人通りもあるのだろうが、深夜である今は人の気配などあるはずもない。先程までは道端に幾らか灯っていた灯りも消え、路地はかなり薄暗かった。人に話を聞かれるのを警戒したのだろうか。


 意識を話に戻してレインはカイルに聞き返す。


「条件……とは?」


 レインとて無条件でカイルがレインの願いを聞いてくれるとは思っていない。むしろ、この条件とやらを呑ませるためにレインと接触したと考えるのが普通だ。そして、それを承知でレインはここに来ている。


 例えどんな条件だろうと基本的には受け入れるつもりだ。犯罪行為や誰かを傷つけること以外でレインにできることであれば、の話だが。


 かくして、カイルが提示してきたのは少々拍子抜けするものだった。


「“王属騎士団”に入ってもらいたい」


 言葉の真意を探ろうとレインが思考を巡らせること一秒。どんな意図も読み取れず、レインは素直に聞き返した。


「俺が……“王属騎士団”に?」


 あまりにも単純で簡単な条件だ。そんなことのためにレインの願いを叶えるとは到底思えない。

 何故、という疑問は口にせずともカイルには伝わっていたらしい。


「何故そんなことを? と思っているだろう。だが、私にとっては君こそ重要でね。……言い方を変えよう。君が今後知りうるミコト・フリルの情報を“王属騎士団”に渡してほしいんだよ」

「……! ミコトさんの……、っ?」


 そのとき、レインは周りの空気が変わったのを感じた。危険を感じとったのではなく、純粋に場の雰囲気が変化したのだ。まるで何かに包まれているような違和感があった。

 違和感の理由はカイルが教えてくれた。


「ここで起こる全ての事象は如何なる術を以てしても外部からは探られない。例え過去を見る力があったとしても、例外なく防ぐことができる。安心して話すといい」


 何らかの能力か、この一定範囲内での出来事は、範囲外の存在からは知覚できなくなるらしい。能力の特異性からするに魔法ではないように思われるが、カイルが行使した訳ではなさそうだ。近くに協力者がいるのだろうか。


 どうやらミコトにも話の内容は伝わらないという。戦闘に活かせるのかは分からないが、情報の秘匿にはかなり有利な能力だ。


「どうしてミコトさんの情報を……?」


 またしても道を曲がりながらカイルは答える。


悪魔デモンと繋がっている可能性がある、と言えば分かりやすいか? 彼女の存在にはあまりにも不明なことが多すぎる。王国に関わっていながら身元が分からないような存在を放置しておく訳にはいかない」

「な……そんなこと……!」

「ないと言える確証があるとでも?」

「っ…………」


 カイルの正論に、レインはおし黙ることしかできなかった。


 ミコトが悪魔に関与している、とはとても考えられない。自分を助けてくれたという恩を別に考えたとしても、怪しいそぶりを見せたことはないはずだ。

 だが確かに分からないことが多すぎる。考えてみれば、レインはミコトのことをほとんど知らないのだ。つまりはミコトと悪魔の繋がりを否定することもできず、カイルの懸念を払拭できる確たる証拠はない。


「……なら、俺が悪魔と繋がっていない理由もないですよね。どうして俺を?」

「君についてはおおよそ調べがついている。出身地や略歴から、君自身について危険度は少ないと判断した。もちろんそれでも悪魔との接触は絶対にないとは言えないが……少なくとも私は、どうして君が悪魔と戦うのかは理解しているつもりだよ」

「は…………?」


 カイルの言葉の意味が分からず疑念の声を上げたレインに告げられたのは、これまで一度も他人に触れられたことのない領域の話だった。


「義姉の仇……だろう?」

「…………!!」


 瞬間、レインの体が強張る。


「どうしてそれを……!」

「“王属騎士団”の情報網を甘く見ない方がいい。君の義父と義母にも直に会って話を聞いたよ。ただ、私たちでさえ君の所在を確認できなかった期間がある。そこについてはまた後で聞かせてもらおう」

「――」


 レインは何も言うことができなかった。全て見透かされていると本能的に感じとった。このカイルという男には隠し事などできないのだと理解した。


「いずれにせよ、ここまで話をした段階で君に断るという選択肢はない。もっとも、そんな愚かな選択をするとは端から思っていないが」


 カイルは路地の突き当りにある古びた建物の扉の前で足を止めた。倒壊寸前とも思えるほど朽ちていて、屋根があるのかも分からない。どうやら最初からここを目指して歩いていたらしい。


 全てのピースが繋がり収束する。レインは小さく呟いた。


「まさか……ヘルビアを俺の監視に向かわせたのも、このために…………」

「……さあ、どうだろうね……?」


 カイルが扉の取っ手を掴む。しばらく使われていなさそうに見える扉は、しかし予想に反して滑らかに開いた。


「“王属騎士団”は、三人の副団長がそれぞれ指揮をとる三つの部隊からなる。『豪腕』率いる第一部隊、『賢臣』率いる第二部隊、『新星』率いる第三部隊……そして、実はもう一つ、団長である私が直接指揮する部隊があってね。君にはそこに入ってもらいたい」


 建物の中は路地よりもさらに薄暗かった。だが、そこに何者かがいることは容易に分かる。凄まじいまでの気配が計三つ、その空間に座していた。


「紹介しよう。彼らこそが“王属騎士団”最強の部隊……第零部隊だ」


 そのとき、月を隠していた雲が流れ月光が屋根の隙間から射し込む。ようやくレインは中にいた三人の姿を捉えられた。


 部屋の隅の壁にもたれかかり腕を組む長身の男。

 天井の梁に足を引っかけ逆さまにぶら下がる幼い女子。

 中央の机に腰かける、長髪で目が隠れた青年。


 そのいずれもがカイル並みの覇気を放つ、異常な空間。


「ようこそ第零部隊へ。歓迎するよ……レイン君」


 レインが足を踏み入れると同時、扉は低い音を立てながら、ひとりでに閉まった。

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