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4―3 全てを零に

「……来たか」


 第一闘技場の舞台リングの上には、既にヘルビアが立っていた。


 数時間前――二段ベッドの上段で、レインは校章による通信を受けた。通信先はヘルビア。そのときに、深夜にここへ来るように指示されたのだ。


 目的は分かっている。現に、ヘルビアの腰には明らかに神器と思われる壮麗な鞘が吊られていた。レインも敢えて透明化は使わずに鞘を背に吊っている。

 これから行うのは互いの得物による一対一の試合。一撃が入ったところで制止する審判はいない。視線を向ける観客もいない。つまり、誰にも邪魔されることのない全力の試合だ。泣こうが喚こうが、どちらかが死ぬまで勝負は終わらない。


「それにしても不思議だ。まさか本当に来るとは思わなかった。お前に人の心があったとは」


 舞台に上がったレインに対して、ヘルビアは純粋に疑問に思っているらしい声でそう言った。


「それとも、自分がまともだと喧伝するためのカモフラージュか? ……まあ、どちらでもいい。お前がここへ来たことだけが重要だ。殺戮者よ」


 「殺戮者」。その言葉に含まれた敵意はもはや隠す気もないほどに濃い。殺意に等しいほどのそれがヘルビアの全身から放たれている。


「……俺は言われた通りにここに来た。お前も約束しろ。あいつらに手出しはするな」


 クラス戦の試合の最中に、ヘルビアはレインにこう呟いた。


 ――「友達」とやらが殺されたら、お前はどう思う?


 そのときの一瞬の動揺で、ヘルビアに決定的な隙を晒してしまったレインは負けた。

 あのときのヘルビアの声音に冗談の色はなかった。ヘルビアは本気だ。レインが意に沿わない行動をすれば、誰でも殺せると告げたのだ。事実、“王属騎士団”副団長という立場と、何よりあれだけの実力があれば、学園の生徒を片付ける程度は容易だろう。


「いいだろう。もともと罪なき人間を殺すつもりはない。俺が殺したいのはただ一人……お前だけだ」


 ヘルビアはレインを直視し、おぞましいほどの殺気を辺りに振りまいた。まるでここだけ重力が増したかのように体が重い。もっとも、そう感じるのはレインの錯覚だろうが。


 久しぶりに真の危機感を覚えながら、レインはヘルビアに問うた。


「……何故俺を憎む。会ってからまだ数日しか経ってないだろ」


 この質問がヘルビアの奥底の意思に触れるものであることは理解していた。だが、それでも確認するためにはこうするしかないのだ。


「……数日、か。そうだろうな。俺もお前が覚えているとは思っていない。だが……俺はお前を覚えている」


 静かにヘルビアは語る。しかし殺気は収まらない。むしろ秒を追うごとに強く、濃くなっていく。


「荒れ狂う破壊の衝動を秘めし神器よ。汝の力で我が心を染めよ。汝の力で全てを滅し、阻む一切を塵芥と変えよ。神臨――神器〈ハデス〉」


 そして、ヘルビアは剣を抜いた。美しくも残酷な、純白であり濃い影を持つ神器を。


「――俺の両親を殺した憎き存在として、俺はお前を記憶している」


 ――フッ、と。

 気付けばヘルビアはレインの眼前にいた。そこは既に――間合いの中。


「……“翔躍アドバンス”ッ!!」


 レインの首を狙う鋭すぎる一撃をレインは辛うじて防ぐ。“翔躍”にてエネルギーを飛躍的に高め、超高速で反応したのにも関わらず、相殺がやっとだ。

 吹き飛べば空中で追撃をくらう。幸いにもヘルビアの一撃に上方向のベクトルはなく、レインは地面を滑るように後ろに下がった。


 レインが持つ剣の刀身は白く、まだ〈タナトス〉として目覚めてはいない。しかし今の一撃で既に大きな亀裂が入っていた。まともに受ければ腕の一本や二本は簡単に両断されるだろう。


「その剣は何だ? “漆黒の勇者”の名は捨てたか」


 瞬く間に肉薄してきたヘルビアが剣を振るう。一撃でも直撃させる訳にはいかない。しかし、弾こうとしたレインの剣に、ヘルビアの剣が触れた瞬間。


「神能――“破滅ロスト”」


 激突の一瞬に輝いた〈ハデス〉。


 次の瞬間、レインの腕に激烈な衝撃が走った。


「――ッ!?」


 想定外の力をいなせずに剣が真後ろへと吹き飛ぼうとする。刹那の判断でレインは腕を折り畳み、剣を持つ腕の甲を胸に密着させて、反発力を体で抑え込んだ。

 それでも完全には威力を殺しきれずに体ごと押し込まれたが、宙に浮いてしまうことだけは避けられた。


 どう考えても人間の膂力ではない。見れば刀身のヒビはさらに大きくなってほとんど崩壊しており、その奥の黒い刀身があらわになっていた。


「……なるほど、神器であることを隠していた訳か。“破滅”をもってして容易に砕けないのも頷ける」


 ゆっくりとヘルビアは近付いてくる。


 神器〈ハデス〉の神能は以前にミコトやアリアから聞いたことがあった。

 “破滅”――それは万物を破壊する神能。触れたものを原型を留めないほどに破壊する、攻撃特化の神能だ。

 触れた全てを破壊するという単純な能力だが、真に恐ろしいのは対象が固体に留まらない点だ。“破滅”を宿した〈ハデス〉は固形以外のもの、例えば炎や水さえ破壊――つまりは消し去る。他者の神能さえも、神能の存在を確認し、かつその神能が大きさと座標を持つものであれば非物質であろうと破壊することが可能だ。

 つまり、ヘルビアを前にして楯や鎧、あるいは〈魔結界デウォール〉等の防御は無意味。唯一、神器そのものは神能への抵抗力を持つため耐えることができるが、それすら無限ではない。究極的には“破滅”は神器すら破壊することができる。


「さあ、本当の姿を現せ、殺戮者。化けの皮は全て剥いだ。隠す理由もないだろう」


 ヘルビアは既にレインの正体を確信している。どういう訳かは分からないが、何かしらの能力でレインの正体を見破ったのだろう。


 ヘルビアの言う通り、ここまで来てしまえば姿を隠す必要はなく、この状態のままで戦うにも限界がある。

 やむを得ずレインは制限を取り払った。


「……〈制限解除・祖リミットオフ〉」


 闇に包まれたレイン。数瞬後に闇は晴れ、そこには黒いコートを纏ったレインの姿があった。


 見る者が見れば、ただならぬ雰囲気に体が強張るだろうが、ヘルビアにはまるでそのような様子はない。“漆黒の勇者”の覇気を受けてなお平然としているのだ。


「ああ……そうだ、その姿だ。あの夜、俺の前に現れたのは……お前のような姿の殺戮者だった」


 うわ言のように呟くヘルビアは、一歩ずつゆっくりと距離を詰めてくる。集中などしていないように見えるが、剣先は乱れなくレインを向いていた。恐らく体が無意識に戦闘準備をしているのだ。つまりは、それだけの経験をヘルビアは積んできたということ。


 もとより油断などしているはずもないが、レインはさらに気を引き締める。


「――目覚めろ〈タナトス〉」


 刀身にまとわりついていた白い外殻が落ち、〈タナトス〉はその真の姿を現した。


 深く息を吐き、拍動を落ち着かせて剣を構える。過度な緊張は剣を迷わせるだけだ。これから始まる本当の剣戟を制するには、自然体でいることが必須条件。


 来るべきその瞬間に全力で臨む。それだけに意識を集中させて、レインは待った。


 ヘルビアは突撃することなく距離を詰めてきていた。カウントダウンのような足音が規則正しく舞台に響く。辺りは驚くほど静かだった。


 ――やがて、その時が訪れる。


 ヘルビアがまた一歩を踏み出す。

 そして、その次の一歩で互いの間合いに入り――


 ドンッ、とレインの胸に衝撃が走った。


「…………ッ」


 ハデスのボメル。持ち手の底にあたる金属部分がレインの胸を直撃――してはいなかった。


「……む」

「〈魔障壁〉……!」


 辛うじて間に割り込んでいた〈魔障壁〉。基本的に神能は刀身から作用するため、このような変則的な一撃で神能が発動することはない。ヘルビアの狙いを察知した刹那、敢えてレインは〈魔障壁〉で受けることを選んだのだ。


 ――得意な連撃に持ち込みやすい、密着した距離感を掴むために。


「……ふっ!」


 〈タナトス〉が振るわれる。瞬きほどのわずかな時間で、十あまりの剣撃が容赦なくヘルビアを襲った。


 しかし、ヘルビアは動じずに全ての攻撃を易々と防ぎきる。恐ろしいほどの反射速度、そして状況判断力だ。〈制限解除・祖〉と“翔躍”を行使してなお剣はヘルビアには届かない。


 それどころか、レインの最後の一撃に対し、ヘルビアは抜群のタイミングで刀身を横から叩いた。


「壊れろ。〈万物の崩壊ディスオーダー〉」


 “破滅”が発動し、雷が落ちたような轟音と共に〈タナトス〉が横に吹き飛ぶ。普通の剣ならばここで真っ二つに折れているが、〈タナトス〉は軋むだけで耐えた。そして、“破滅”の発動を予期していたレインは巧みに剣を操作し、〈タナトス〉に加わった横向きの力を、足を軸にした回転運動に変換した。


 勢いのまま一回転したレインの薙ぎが狙うはヘルビアの首。


 ヘルビアは驚く様子もなく〈ハデス〉を軌道に割り込ませ〈タナトス〉を阻む。さすがに弾くことはできずに鍔迫り合いになった。


 わずかに生まれた時間。鍔迫り合いのときは、相手が動き剣を外そうとした瞬間をより明確に捉えられ、反応しやすい。今ならば多少は他のことに集中を割くことができる。


 話せるとすればここしかないと判断して、レインはリスクを承知でヘルビアに告げた。


「……お前の両親を殺したのは俺じゃない」

「ならば誰だ? お前の姿も動きも声も全てをあの日のまま記憶している異能“希憶メモリー”がそう言っている。今さら誤魔化せるとは思うな」


 またしても殺気が強くなる。レインもこの会話がヘルビアを不機嫌にさせるものであることは分かっていた。分かった上で言っているのだ。


「記憶を保持する異能か……。……なら、そもそもその記憶が・・・・・・・・・間違っていたとしたら・・・・・・・・・・どうなる?」


 瞬間、〈ハデス〉の力が微かに弱まった気がした。


 しかしすぐに先程までと同じ、いや、それ以上の力で押し込まれる。


「下らないことを……耳障りだ。〈蝕壊コンタミネイク〉」


 途端、〈ハデス〉から溢れた白い光。光は靄のように漂い、接近していた〈タナトス〉を包み込むように広がった。


 やがて聞こえ始めたのはピキリ、ピキリという嫌な音。発生源が〈タナトス〉であることはすぐに分かった。“破滅”が〈タナトス〉を覆い、ゆっくりと破壊しようとしているのだ。


「く…………」


 この侵食は避けようがない。剣同士が接触している限り永遠に〈ハデス〉は〈タナトス〉を蝕み続けるだろう。このままではいずれ〈タナトス〉が壊れる。


 かといって迂闊に鍔迫り合いを外すこともできない。相手の動きを捉えられるのはヘルビアも同じだ。少しでも隙を晒せば、この密着状態で攻撃を受けることになる。


 ならば、この状態を抜け出すにレインがとり得る手はこれしかない。


「神能、“虚無エンプティ”……!」


 〈タナトス〉から溢れ出る闇が〈ハデス〉から溢れ出る白い靄とぶつかり合う。神能を含むあらゆる能力を消去する〈タナトス〉の神能“虚無”が“破滅”を消し去ろうとしているのだ。


 “虚無”と“破滅”の接触面付近で、バチバチと火花にも似た微小な爆発が断続的に発生する。

 “虚無”の本質は〈タナトス〉から溢れ出る闇に存在し、炎等と同じく、不定形ではあるが大きさと座標を持つ。つまりは“破滅”の対象となり得る要素だということだ。破壊と消去、似て非なる矛盾する能力が反発を生み出しているのだろう。


 そのとき、互いを飲み込まんとする力がついに一際大きな爆発と反発を生んだ。二人は反発力に抗わず後退し、素早く体勢を整える。剣を構え直すタイミングは全くの同時で、どちらもそこで動きを止めた。


 一瞬たりとも気は抜けない。瞬きすら躊躇われる極限の緊張が二人の間に漂った。


 ヘルビアの殺意は微塵も弱まらない。会話はもはや不可能だろう。何を言ってもヘルビアは納得しないとレインは確信していた。


 ゆえにレインは決断する。これまでと同じように、またしても罪なき者の命を零に還すことを。


「……許せよ」


 唐突な言葉にヘルビアが微かに眉を潜めたのと同時、レインは剣を舞台へと突き刺した。


「〈無能空間オールゼロ〉」


 〈タナトス〉から濃密な闇が辺り一帯に放たれた。闇は自らで包んだ空間内のあらゆる能力を消去し尽くす。


 効果範囲は第一闘技場内全て。ヘルビアももちろん効果範囲内だ。


「何のつもりだ……?」


 とはいえこの闇は一過性のもの。闇で包んでいる間は能力を消せるが、この闇が晴れれば再び能力は発動可能となる。設置型の魔法などの解除には有用でも、ヘルビアが神器を持っているこの状態ではレインには何の益もないはずだった。


 しかしレインの目的は〈ハデス〉の神能を解くことではない。


 本当の目的は、ヘルビアそのものに・・・・・・・・・作用している術式・・・・・・・・の消去。


「…………がっ……? ぐ、あ…………」


 突如、ヘルビアが頭を抱えて呻き声を上げる。

 あれだけ精神制御に秀でるヘルビアが戦闘中にもがくほどの苦しみ。その辛さは想像に難くない。今まで何人もの最期を見てきたレインの胸がまた痛む。


「何を……した…………!?」


 激しく呼吸を繰り返すヘルビアが途切れ途切れの声で問う。


 レインは表情を消して答えた。


「……お前にかかっている術式を解いた。かつての俺の仲間が行使した……呪いの術式をな」


 呪いの名を〈飢憶の印メモリアディザイア〉。対象に見られた自らの姿を特定の存在へと書き換えて記憶させる術だ。呪われた対象は書き換えられた存在へ強い憎しみを抱くようになり、呪いが自然に消滅することはない。


 ヘルビアはレインのことを両親を殺した殺戮者と言った。つまりヘルビアはあの夜、この呪いの行使者に両親を殺されたのだ。その上で〈飢億の印〉をかけられ、憎しみは記憶上で刷り変わったレインへと向けられることになった。


「俺は『大厄災カタストロフ』の夜、北の神壁から大街道沿いの大きい町を回って王都へ向かったはずだ。悪魔デモンは人が多いところに群がるからな。俺が辿り着いた町にほとんど生存者はいなかったことは覚えてる。それと……わずかに助けられた人だけは」

「嘘だ……そんなはずはない……! ならば……ならば俺は…………!!」


 ヘルビアの故郷は第二街区の南東に位置する村だ。王都にはそれなりに近いものの、北の神壁から王都に繋がる大街道からは明らかに離れている。

 レインの言葉が本当だとすれば、“漆黒の勇者”はヘルビアの故郷である村にはいなかったことになる。つまり、自分が今まで憎んできた者は。


「お前に呪いをかけた者の名はベル。かつて俺の仲間だった奴だ」

「…………!!」


 否定したい。レインの言葉を全て否定したい。そうしなければ、今までヘルビアがやってきたことは一切無駄だったことになるのだから。


 だが――“希億”の異能で保持してきた記憶さえ消えていく。これまでずっと憎んできたはずのレインの姿が薄れていく。その奥に映るのは、全く見たことのない男の姿――


「あ……あ、あ……ぁあ……………………」


 ヘルビアの口から、言葉にならない声が漏れでた。


 〈飢億の印〉は、呪った当初の影響力はさして大きくない。あるいは呪われてすぐならば“虚無”にて消去することもできた可能性がある。だが、時間をかけて〈飢億の印〉は偽の記憶を定着させていき、やがて本来見たはずの光景を完全に上書きして術式が完成する。この段階に陥った者を救うのは不可能だ。

 呪われた者は復讐を果たすために身を修羅の炎に焦がし、いずれ燃え尽きる。ヘルビアも恐らくもうすぐ朽ち果ててしまう頃合いだろう。その先にあるのは絶望だけだ。呪いは魂をも侵し、叶わぬ復讐心を抱いてこの世を彷徨うことになる。燃え尽きる前に外的要因によって死んだ場合もそれは同様だ。


 唯一ヘルビアの苦しみを軽減できる方法があるとすれば、呪いを消し去ってしまうこと。呪縛を消去できれば、少なくとも魂は自由に逝くことができる。しかし術式を解いた上で生き延びるのは不可能だ。刻まれた偽の記憶が完全に消えることはないため、修羅の炎から逃れることはできず、その上で脳を含む体が燃え尽きたとき、魂だけが解放されることになる。


「が……あ……ぁ、ああ……あ…………」


 呪いを消した際の記憶の混濁は、呪われていた者に激しい混乱をもたらす。今のヘルビアはもはやまともに動くことすらできないだろう。


 静かにレインはヘルビアの元へと歩み寄った。


「…………俺には、こうしてやることしかできない。お前の敵は絶対に討つ。だから……もう休め」


 振りかぶった〈タナトス〉が狙うのは、うずくまるヘルビアの首。呪いを消した今ならば死ぬことで魂が解放される。今のレインにできるのは、ヘルビアを苦しみから救ってやることだけだ。


 せめて安らかな最期を――そう、レインが剣を振り下ろそうとしたとき。


「嫌、だ…………」

「…………!?」


 ヘルビアが発した言葉。激しい頭痛と焼かれるような苦しみがヘルビアを苛んでいるはずだが、声には確かな意思があった。


 まともに何かを考える余裕などないはずだ。思考は拡散し意識は極限まで乱れているはず。しかし――


「“漆黒の勇者”を……殺す…………!」


 ――ゾワッ、とレインの全身が怖気だった。


 次の瞬間にレインの視界に映ったのは、高速で前に流れていく景色。


 次いで、衝撃。


「…………かは……ッ」


 肺の中の空気が無理矢理押し出され、自分の意に沿わない息が吐き出される。気道から逆流してきた赤い液体が口から飛び出し、痛みとも感じられない不快感が身体中を駆け巡った。


「な…………に、が…………」


 無意識に〈治癒ヒール〉を発動させながら、レインは前を見る。すると、さっきまで立っていたはずの舞台はずっと先にあった。つまり自分は観客席の壁に激突したということか。


 そして舞台にたった一人立つのは純白の鎧を纏う男の姿。神々しい覇気の中には濁った禍々しい気配が混在している。


「〈顕神デュオライズ〉…………だと……?」


 瓦礫から抜け出しながら、レインは驚きを禁じ得なかった。


 ヘルビアのあの変化は間違いなく〈顕神〉によるもの。しかし〈顕神〉は本来限りない集中の先にある境地。今のヘルビアが達することができるとは到底思えない。


「殺、す……殺さなければ、俺は…………」


 俯くヘルビアの表情は見えない。いずれにしろ、ヘルビアが〈顕神〉を発動させたのは紛れもない事実のようだ。そうでなければ、レインが反応できないほどの一撃を放てるはずがない。


 それよりも、このままでは危険だ。今の一撃でレインの体は満身創痍。この状態で〈顕神〉を放ったヘルビアを相手取るなどできるはずが――


「……ごあああああっ!!」


 ――眼前にヘルビアの姿。剣は既に振りかぶられている。


 ――間に合わない。


 ――死ぬ?


 ―――アリア――


 様々な判断と感情が断片的にレインの脳裏に浮かび。


 轟音が第一闘技場に響き渡った。

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